11月24日(木)
週末に名古屋で角田光代さんのイベントを行うため、どうせなら書店さんを廻ろうと二泊三日の出張へ。
名古屋といえば「本の雑誌」の常連投稿者でもある二人の書店員さんがおり、そのうちひとりのヒサダさんは、本屋大賞の発表会などで面識があり携帯のメールアドレスも知っている。というわけで新幹線の中からメールを送る。
「急遽、名古屋へ向かってます」
新幹線が品川を通過する前に返事が戻ってくる。
「今日休みなので名古屋の書店を案内してあげますよ!」
素晴らしい提案をいただく。私が以前名古屋の書店さんを廻ったのはもう5年以上前で、その頃の書店員さんはほとんどいないであろう。また新しい書店もたくさん出来ているのだ。
「よろしくお願いします」と返事を送ると「大船によった気分で名古屋へお越しください」と力こぶの絵文字入りのメールが届いた。大船に「よ」った? 「の」ったのミスタイプであろうが、実は酔う以前にその大船が泥船だと気づくまでに、たとえ「のぞみ」に乗っていたとしてもまだしばらく時間がかかるのであった。
名古屋駅から私鉄に乗って5駅のところにヒサダさんが勤める書店はあった。駅から徒歩十分。国道に面し、二階はレンタルビデオショップになっていた。ワンフロア200坪ほどの典型的な郊外店である。ヒサダさんは、週4日、一日4時間、扶養控除の範囲内で働き、文芸、ビジネス、新書を担当している。
「このお店が10年前にできたんですけど、そのとき友だちから面接を受けに行くので付いてきてくれって言われて。全然働く気もなかったのに一緒に受けたら、友だちが不採用で、私が受かっちゃって」
そう話しながらも売り場には手書きPOPがたくさん並び、ある一角には全国の書店員さんが作ったフリーペーパーのボックスも置かれている。もちろんその真ん中に置かれているのは、ヒサダさん自身が作るフリーペーパー「次コレ」だ。
昼食を食べた後、ヒサダさんに名古屋の書店を案内していただくべき移動を開始する。
まず向かったのは同じく常連投稿者の書店員シミズさんのいる書店だった。そこは名古屋駅から桜通線に乗って4駅のところにあるのだが、路線図を手にするヒサダさんにそのことを伝えると「えっ!?」と驚かれ、「そうか、そういう行き方もあったのか」と路線図をくるくる回し始めたのであった。
そういう行き方も何も、それ以外よほど無理な乗り換えをしないと行きようがない場所であり、そもそもヒサダさんはそのお店を訪れたことがないのだろうか。そのことを訊ねると「一度行ってみたかったんですよ。シミズさんにも会ってみたいし」とニッカリと笑った。
一度も行ったことがない? しかも初対面?
それでどうやって案内するんだろうか。いや案内するどころか名古屋駅に着いて、桜通線に乗り換えようとするのだが、「あれどこだったけな?」と右へ左へ文字通り右往左往し始めるではないか。
そういえばヒサダさんは毎年本屋大賞の発表会に来場されるのだが、その際信濃町駅から明治記念館の、あのたった300メートル程度の直線でも迷い、私の携帯に「どこにいるかわからない!」と連絡してくるのだった。私がヒサダさんを探しに走ったのは一度や二度のことでなはない。しかしあれは見知らぬ街・東京のせいではなかったのか。
駅のコンコースには顔を上げればきちんと「桜通線」と書かれた看板が出ており、私が「あっちじゃないですか」と指さすと「ああ、そうだった」と私の後をついてくる。それはシミズさんが勤める書店のある駅に着いても一緒だった。丁寧にカラープリントしてきた地図を片手に「えーっと、えーっと」と地下鉄の改札にある案内板の前に立ちふさがり、延々とあっち向いてホイをしているのだ。私がその地図を覗き込み、「1番出口ですね」と歩き始めると「そうだった、そうだった」とつぶやいて、また私の後をついてくる。
残念ながらシミズさんはお休みで、明日再び訪れることを約束してお店をあとにした。明日は仕事のヒサダさんは「ああ、これでもう二度とこのお店に辿りつけないだろうなあ。シミズさんに会いたかったなあ。また誰か連れてきてくれないかな」と肩を落とすのであった。
ヒサダさんのお店は規模や立地のわりに新潮社や集英社、あるいは幻冬舎や文藝春秋などといった新刊の入りづらい出版社の本がきちんと並べられていた。
そのことを指摘すると、「昔は全然入って来なくて、注文を出しても出版されて1ヶ月くらいしてやっと来るって感じだったんです。それが毎年本屋大賞に投票していたら、出版社から新刊のゲラが届くようになって、それを読んで感想を書いて出版社に送っていたらきちんと入荷するようになって来ました」と相変わらず路線図を眺めながら話す。
そうやって読んだゲラや本の感想は、出版社だけでなくお客さんにも伝えている。
「ウチのお店はご近所の常連さんばっかりなんですけど、『なんか面白い本ない?』って棚整理とかしていると訊かれるんですね。相手の趣味にあわせてお薦めしているんですけど、きちんと覚えていないと『それ、この前薦められて読んだよ』なんて言われちゃって」
次の駅に着いて私が地図を見て歩き出すと、ヒサダさんは突然「逆です!」というのである。てっきりこちらのお店は過去に来たことがあり、今度はしっかり案内してくれるのかと思ったら、「前も逆に行っちゃって辿りつけなかったんです」と地図をくるくる回しながら、適当な方向を指さすのであった。
しかしどう考えても私が歩いていった方向が正しいように思え、絶対こっちですと手を引っ張って無理やり連れていくと、突然「あっこの道、知ってます」と訳のわからないことを言い出す。
そういえばここに来る前、「名古屋で好きな本屋さんはどこですか?」と訊ねたら「古本屋さんなんですけど、ウチから左に1回曲って、そのあと右に曲って、だいたい車で30分くらい走った場所にあるお店がいいんですよ」とまるでアマゾンに住むヤノマミ族のような答えが返ってきたのであった。
おそるおそる「名古屋に住んでどれくらいなんですか?」と確認すると「いやあ、私、名古屋の人間じゃないんですよ。もともと四日市の生まれで、名古屋に出てきたのは25年くらい前なんです」と口に手を当て笑った。25年といえば四半世紀ではないか。
そうやって連れてきてもらった書店は七五書店さんで、確かにここは私が元々練っていた訪問予定書店であったので助かる。ここの店長さんとヒサダさんは名古屋の書店員が集う「NSK」という会でしょっちゅう顔をあわせているのそうなので、きちんと私を紹介してくれるであろうと期待していたのだが、ヒサダさんはお店に入るとこちらで待ち合わせしていたらしい別の書店員さんと話しだし、私を店長さんに紹介するでもなく、いきなり「一度来てみたかったんですよ~」と棚を徘徊しだす。
入り口に残された私を不審そうに見つめる店長さんに、私は改めてご挨拶。その後ゆっくりお店を拝見させていただく。古処誠二のファンなのかその著作と戦争本を関連付けられた棚が魅力的だった。
「さっ次はシマウマ書房に行きましょう」
ヒサダさんは七五書店さんをあとにすると、新たに加わったヤマザキさんの背中を押すようにして歩き出す。
「行ったことあるんですか?」
「いやあ、一度行って見たかったんですよ」
もう今日慣れっこになってしまった会話が続く。
ヤマザキさんと共に電車に乗り込む。ヤマザキさんはヒサダさんと違ってきちんと路線図が頭に入っているようで、まったく迷う様子もない。やっとこれで案内していただける身分になれたわけだ。
幾つかの駅を通過し、目的地にたどり着く。
シマウマ書房は私の予習にも一切引っかかって来なかった書店であり、おそらくこのお店が地元名古屋で愛される隠れた名書店なのであろう。果たしてどんな書店だろうか。往来堂書店みたいなお店だといいなと考えていると、半分地下に埋まったようなお店の前にいた。
「こちらです」と指さされたお店を覗くと、確かにものすごくいい雰囲気を醸しだした書店なのであった。
しかし看板に大きく「古本 買います 売ります」と書かれているではないか。
「名古屋で人気の古本屋さんなんです」
うちの本を古本屋に営業しろってことだろうか......。
日が暮れた頃、私たちは名古屋駅に戻っていた。くたくたの私を置き捨てるようにして、ヒサダさんは「夕飯の買い物をして帰ります」と言って、高島屋の地下食品街に向かった。「高島屋は目をつぶっても歩けますよ」と豪語したわりには、なぜか足は反対方向に向いていた。
そんなヒサダさんは明日の朝、早く起きると子供たちのお弁当を作り、早朝から深夜まで働く旦那さんを見送り、歩いて5分の書店に出勤するだろう。ダンボールを開け、新刊に一喜一憂し、売れてる本は注文し、売れない本は残念ながら返品し、お客さんの問い合わせには親切丁寧に答えるはずだ。勤務時間はたった4時間しかないから、休むまもなく手を動かし、昨日よりも少しでもいい売り場をつくろうと汗を流す。
一見どこにでもある本屋さんにしか見えないけれど、どこにでもある本屋さんを維持するのは大変だ。地元のお客さんはそんな売り場を、30分、1時間と滞在し、絵本やコミックスやビジネス書や文庫本を嬉しそうに抱えてレジへ向かう。なかにはヒサダさんの手書きPOPが付いた『ふがいない僕は空を見た』窪美澄(新潮社)を手にしているお客さんもいるかもしれない。
たとえ地図は読めなくても本は読める。たくさん道に迷っても本を愛する気持ちに迷いはない。
ヒサダさんの夢は、家の一角を小さな本屋にすることだ。おそらくそのお店は町の駄菓子屋さんのように、子どもから老人まで集まる場所になるだろう。いつもその中心にヒサダさんがいて、「ねえねえこんな面白い本が出たのよ」とおしゃべりしているはずだ。
ヒサダさんは今、その夢の途中にいる。
もしかしたらいまだ道に迷って帰宅途中かもしれないが──
名古屋といえば「本の雑誌」の常連投稿者でもある二人の書店員さんがおり、そのうちひとりのヒサダさんは、本屋大賞の発表会などで面識があり携帯のメールアドレスも知っている。というわけで新幹線の中からメールを送る。
「急遽、名古屋へ向かってます」
新幹線が品川を通過する前に返事が戻ってくる。
「今日休みなので名古屋の書店を案内してあげますよ!」
素晴らしい提案をいただく。私が以前名古屋の書店さんを廻ったのはもう5年以上前で、その頃の書店員さんはほとんどいないであろう。また新しい書店もたくさん出来ているのだ。
「よろしくお願いします」と返事を送ると「大船によった気分で名古屋へお越しください」と力こぶの絵文字入りのメールが届いた。大船に「よ」った? 「の」ったのミスタイプであろうが、実は酔う以前にその大船が泥船だと気づくまでに、たとえ「のぞみ」に乗っていたとしてもまだしばらく時間がかかるのであった。
名古屋駅から私鉄に乗って5駅のところにヒサダさんが勤める書店はあった。駅から徒歩十分。国道に面し、二階はレンタルビデオショップになっていた。ワンフロア200坪ほどの典型的な郊外店である。ヒサダさんは、週4日、一日4時間、扶養控除の範囲内で働き、文芸、ビジネス、新書を担当している。
「このお店が10年前にできたんですけど、そのとき友だちから面接を受けに行くので付いてきてくれって言われて。全然働く気もなかったのに一緒に受けたら、友だちが不採用で、私が受かっちゃって」
そう話しながらも売り場には手書きPOPがたくさん並び、ある一角には全国の書店員さんが作ったフリーペーパーのボックスも置かれている。もちろんその真ん中に置かれているのは、ヒサダさん自身が作るフリーペーパー「次コレ」だ。
昼食を食べた後、ヒサダさんに名古屋の書店を案内していただくべき移動を開始する。
まず向かったのは同じく常連投稿者の書店員シミズさんのいる書店だった。そこは名古屋駅から桜通線に乗って4駅のところにあるのだが、路線図を手にするヒサダさんにそのことを伝えると「えっ!?」と驚かれ、「そうか、そういう行き方もあったのか」と路線図をくるくる回し始めたのであった。
そういう行き方も何も、それ以外よほど無理な乗り換えをしないと行きようがない場所であり、そもそもヒサダさんはそのお店を訪れたことがないのだろうか。そのことを訊ねると「一度行ってみたかったんですよ。シミズさんにも会ってみたいし」とニッカリと笑った。
一度も行ったことがない? しかも初対面?
それでどうやって案内するんだろうか。いや案内するどころか名古屋駅に着いて、桜通線に乗り換えようとするのだが、「あれどこだったけな?」と右へ左へ文字通り右往左往し始めるではないか。
そういえばヒサダさんは毎年本屋大賞の発表会に来場されるのだが、その際信濃町駅から明治記念館の、あのたった300メートル程度の直線でも迷い、私の携帯に「どこにいるかわからない!」と連絡してくるのだった。私がヒサダさんを探しに走ったのは一度や二度のことでなはない。しかしあれは見知らぬ街・東京のせいではなかったのか。
駅のコンコースには顔を上げればきちんと「桜通線」と書かれた看板が出ており、私が「あっちじゃないですか」と指さすと「ああ、そうだった」と私の後をついてくる。それはシミズさんが勤める書店のある駅に着いても一緒だった。丁寧にカラープリントしてきた地図を片手に「えーっと、えーっと」と地下鉄の改札にある案内板の前に立ちふさがり、延々とあっち向いてホイをしているのだ。私がその地図を覗き込み、「1番出口ですね」と歩き始めると「そうだった、そうだった」とつぶやいて、また私の後をついてくる。
残念ながらシミズさんはお休みで、明日再び訪れることを約束してお店をあとにした。明日は仕事のヒサダさんは「ああ、これでもう二度とこのお店に辿りつけないだろうなあ。シミズさんに会いたかったなあ。また誰か連れてきてくれないかな」と肩を落とすのであった。
ヒサダさんのお店は規模や立地のわりに新潮社や集英社、あるいは幻冬舎や文藝春秋などといった新刊の入りづらい出版社の本がきちんと並べられていた。
そのことを指摘すると、「昔は全然入って来なくて、注文を出しても出版されて1ヶ月くらいしてやっと来るって感じだったんです。それが毎年本屋大賞に投票していたら、出版社から新刊のゲラが届くようになって、それを読んで感想を書いて出版社に送っていたらきちんと入荷するようになって来ました」と相変わらず路線図を眺めながら話す。
そうやって読んだゲラや本の感想は、出版社だけでなくお客さんにも伝えている。
「ウチのお店はご近所の常連さんばっかりなんですけど、『なんか面白い本ない?』って棚整理とかしていると訊かれるんですね。相手の趣味にあわせてお薦めしているんですけど、きちんと覚えていないと『それ、この前薦められて読んだよ』なんて言われちゃって」
次の駅に着いて私が地図を見て歩き出すと、ヒサダさんは突然「逆です!」というのである。てっきりこちらのお店は過去に来たことがあり、今度はしっかり案内してくれるのかと思ったら、「前も逆に行っちゃって辿りつけなかったんです」と地図をくるくる回しながら、適当な方向を指さすのであった。
しかしどう考えても私が歩いていった方向が正しいように思え、絶対こっちですと手を引っ張って無理やり連れていくと、突然「あっこの道、知ってます」と訳のわからないことを言い出す。
そういえばここに来る前、「名古屋で好きな本屋さんはどこですか?」と訊ねたら「古本屋さんなんですけど、ウチから左に1回曲って、そのあと右に曲って、だいたい車で30分くらい走った場所にあるお店がいいんですよ」とまるでアマゾンに住むヤノマミ族のような答えが返ってきたのであった。
おそるおそる「名古屋に住んでどれくらいなんですか?」と確認すると「いやあ、私、名古屋の人間じゃないんですよ。もともと四日市の生まれで、名古屋に出てきたのは25年くらい前なんです」と口に手を当て笑った。25年といえば四半世紀ではないか。
そうやって連れてきてもらった書店は七五書店さんで、確かにここは私が元々練っていた訪問予定書店であったので助かる。ここの店長さんとヒサダさんは名古屋の書店員が集う「NSK」という会でしょっちゅう顔をあわせているのそうなので、きちんと私を紹介してくれるであろうと期待していたのだが、ヒサダさんはお店に入るとこちらで待ち合わせしていたらしい別の書店員さんと話しだし、私を店長さんに紹介するでもなく、いきなり「一度来てみたかったんですよ~」と棚を徘徊しだす。
入り口に残された私を不審そうに見つめる店長さんに、私は改めてご挨拶。その後ゆっくりお店を拝見させていただく。古処誠二のファンなのかその著作と戦争本を関連付けられた棚が魅力的だった。
「さっ次はシマウマ書房に行きましょう」
ヒサダさんは七五書店さんをあとにすると、新たに加わったヤマザキさんの背中を押すようにして歩き出す。
「行ったことあるんですか?」
「いやあ、一度行って見たかったんですよ」
もう今日慣れっこになってしまった会話が続く。
ヤマザキさんと共に電車に乗り込む。ヤマザキさんはヒサダさんと違ってきちんと路線図が頭に入っているようで、まったく迷う様子もない。やっとこれで案内していただける身分になれたわけだ。
幾つかの駅を通過し、目的地にたどり着く。
シマウマ書房は私の予習にも一切引っかかって来なかった書店であり、おそらくこのお店が地元名古屋で愛される隠れた名書店なのであろう。果たしてどんな書店だろうか。往来堂書店みたいなお店だといいなと考えていると、半分地下に埋まったようなお店の前にいた。
「こちらです」と指さされたお店を覗くと、確かにものすごくいい雰囲気を醸しだした書店なのであった。
しかし看板に大きく「古本 買います 売ります」と書かれているではないか。
「名古屋で人気の古本屋さんなんです」
うちの本を古本屋に営業しろってことだろうか......。
日が暮れた頃、私たちは名古屋駅に戻っていた。くたくたの私を置き捨てるようにして、ヒサダさんは「夕飯の買い物をして帰ります」と言って、高島屋の地下食品街に向かった。「高島屋は目をつぶっても歩けますよ」と豪語したわりには、なぜか足は反対方向に向いていた。
そんなヒサダさんは明日の朝、早く起きると子供たちのお弁当を作り、早朝から深夜まで働く旦那さんを見送り、歩いて5分の書店に出勤するだろう。ダンボールを開け、新刊に一喜一憂し、売れてる本は注文し、売れない本は残念ながら返品し、お客さんの問い合わせには親切丁寧に答えるはずだ。勤務時間はたった4時間しかないから、休むまもなく手を動かし、昨日よりも少しでもいい売り場をつくろうと汗を流す。
一見どこにでもある本屋さんにしか見えないけれど、どこにでもある本屋さんを維持するのは大変だ。地元のお客さんはそんな売り場を、30分、1時間と滞在し、絵本やコミックスやビジネス書や文庫本を嬉しそうに抱えてレジへ向かう。なかにはヒサダさんの手書きPOPが付いた『ふがいない僕は空を見た』窪美澄(新潮社)を手にしているお客さんもいるかもしれない。
たとえ地図は読めなくても本は読める。たくさん道に迷っても本を愛する気持ちに迷いはない。
ヒサダさんの夢は、家の一角を小さな本屋にすることだ。おそらくそのお店は町の駄菓子屋さんのように、子どもから老人まで集まる場所になるだろう。いつもその中心にヒサダさんがいて、「ねえねえこんな面白い本が出たのよ」とおしゃべりしているはずだ。
ヒサダさんは今、その夢の途中にいる。
もしかしたらいまだ道に迷って帰宅途中かもしれないが──