座談会の立ち会いを終え、夜遅く家に帰ると、珍しく妻が起きていた。
こういうときはたいてい嫌味が待っている。「サッカーに行き過ぎなんじゃないか」とか「サッカーを見過ぎなんじゃないか」とか「サッカーを撮り過ぎなんじゃないか」など。
面倒くさいのでなるべく顔を合わさないように食事をとっていると、妻は真正面に座り、私の顔をじっと見つめ話しだしたのであった。それは嫌味ではなく、その日の夕方、娘の身に起きた小さな事件だった。
学校から帰って来た娘は、家から離れた公園で友達と遊ぶ約束をしたと自転車で出ていったらしい。小学5年生だからもうひとりで行動して当然なのだが、時代は私達が育った頃と変わっており、週に1度や2度は不審者情報が携帯に届く時代なのだった。
心配した妻は5時半には帰ってくるようにと念を押したそうなのだが、その5時半になっても娘は帰ってこない。夕飯の準備も終え、妻は帰り道だと思われる、いや帰り道も指定していたようなのだが、その途中に息子と立って待っていた。
しかし娘は6時になっても帰って来ない。
街灯が灯り、オレンジ色の光が道を照らす。手をつないだ息子は、涙声で「ママ、警察に電話したほうがいいよ」と言ったそうだ。
いったん家に帰って、自転車で探しに行こうと思った時、携帯電話が鳴った。相手は娘の同級生のお母さんで、どうも娘は自転車の鍵を失くしてしまい、後輪の動かない自転車を引きずって帰っていると教えてくれたそうだ。
そこまで妻から話されたとき、私の胸は締め付けられるような痛みでいっぱいになった。
家から遠く離れた公園で、自転車の鍵をなくし、約束の時間に帰れなくなってしまった娘。母親に怒られるだろうと考えながら、走りまわった公園のなかを一生懸命探していたはずだ。あたりは暗くなり友達はひとり、ふたりと帰っていく。どこかで諦め、でも自転車を置いていくという判断はできず、重い後輪とふらつくハンドを持ちながら、とぼとぼと帰って来たのだろう。
「無事で良かったわよ」と妻は空になった私のコップに麦茶を注いで、寝室に入っていった。
『笑い三年、泣き三月。』木内昇(文藝春秋)を読了。
戦後すぐ浅草に集まった訳ありの男たち(少年含む)が、ひょんなことから演劇場で共同生活を開始する。特別何かの謎があるわけでもないし、一気にストーリーが動き出すわけでもない。それなのにページをめくる手が止まらないのは、明らかにこの著者・木内昇の表現力と物語る力の凄さだろう。浅草の町並みや戦後の人の営みなどが、まるで目の前で動いているようだ。木内昇は、宮部みゆきなどと同様に、まさに小説を書くために生まれて来た人だと思う。
強烈な台風が近づいており、出社前、発行人の浜本から「会社は休みにしようか?」とメールが届いた。しかしすでに会社に行く準備をしていたので、「これくらい震災に比べたら何でもないです」と答えたのだが、いざ会社に行ってみるといつ電車が止まってもおかしくない天候。
しばらく営業をしていると「帰っていい」とお達しが届き、喜んで家路につく。その時点で我が頼りなき武蔵野線は15分ほど遅れていたのだが、それから一時間後、運転を中止していた。間一髪セーフ。
家ではこちらも早く帰っていた子どもたちと騒いで遊ぶ。
「パパ、もしかして酒飲んでる?」
「なんで?」
「パパがこんなテンション上げるなんて酒飲んでいるときしかないから」
娘はそうやって私の口に鼻を近づけるのだった。
私のテンションが高かったのは酒のせいではなく、台風のせいだと思われる。
先週までの猛暑が嘘のように肌寒くなり、あわてて長袖のシャツを着る。それでも寒いのでジャケットを羽織る。
通勤読書は、『笑い三年、泣き三月。』木内昇(文藝春秋)。まだ100ページだが、冒頭の一行目から物語に一気に引き付けられてしまった。噂どおりの傑作のようだ。
週末に手に入れたスマートフォンを社内で見せびらかす。本の雑誌社で一番最初にスマートフォンを手に入れた人間ということで、その名を歴史に刻むが、これで何か「本の雑誌」のネタができないかと壊しそうな勢いで浜本が触りだしたのであわててカバンにしまう。
午前中に富士山マガジンサービスと打ち合わせを終えたのち、大竹聡さんの新連載「ギャンブル酒放浪記(仮)」の取材のため、多摩川競艇場へ。
生まれて初めての競艇だったが、モーター音の唸りを上げて走るボートに魅了され、あっという間の7レース。なんだか生まれて初めて浦和レッズのゴール裏に行ったときのような興奮を覚える。
そういえば私の通勤途中に競艇場があったような気がする......。
通勤読書は、3.11の震災後、というよりは福島第一原発の問題後「群像」に発表され話題になった、川上弘美『神様2011』(講談社)。単行本には、1993年に発表された「神様」も一緒に収録されているのだが、著者が「日常は何かのことで大きく変化してしまう可能性のもつのだ」と記すとおり、書き直された作品はほんの小さな変化でありながら、世の中が決定的に変わってしまったことを印象づける。
三連休前ということで、仕事を終えた後、改めて本屋さんに立ち寄る。
『笑い三年、泣き三月。』木内昇(文藝春秋)、『大衆食堂パラダイス!』遠藤哲夫、『ドングリの謎』盛口満(ともにちくま文庫)を購入。
金曜日の夜、これら新たに手にした本と積ん読本の中から、休日中に読む本を選び出している瞬間はまさに至福のときだ。本棚や床から5冊、6冊と抱えて寝室の出窓に並べ、背表紙を見つめる。ただし、それらが週明けに片付いていることはほとんどない。何せ休日はほとんどサッカーやランニングで予定が埋まっており、本など読む間もなく眠ってしまうからだ。
それでも私は金曜日の夜、本を選ぶことをやめない。なぜならそれこそが読書だと思っているからだ。
本日も引き続き猛暑。いったいいつまでこの暑さは続くのだろうか。ただし節電が緩和された電車は今までの分を取り戻すためかガンガンクーラーをかけていて寒いほど。
通勤読書は『歓喜の歌は響くのか 永大産業サッカー部 創部3年目の天皇杯決勝』斎藤一九馬(角川文庫)。
1970年代、ワンマン社長の一言によって始まった永大産業サッカー部が、その社長の厳命どおり短期間で日本のトップを目指した軌跡である。サッカー版「スクールウォーズ」のようで面白かった。
『だいたい四国八十八ヶ所』宮田珠己著、『世にも奇妙なマラソン大会』高野秀行著に続き、2011年3冊目の編集&営業本『下町酒場ぶらりぶらり』大竹聡著の見本が出来上がったので、頬ずりしながら、取次店を廻る。
取次店の窓口は、出版業界のドラマが凝縮されており、ある電話では「もう1000部どうにか納品いただけないでしょうか」とか「1万部でも欲しいくらいですよ」と取次店の方が頭を下げて在庫を手に入れようとしているのに、別の窓口では「この返品率を見てください、こんな本を作っていても商売にならないでしょう。編集者にも伝えておいてくださいね」なんて言われているのであった。
ほんとかウソか経験したことがないのでわからないのだが、ベストセラーを出すと取次店の方が、わざわざ会社まで本を確保しにやってくるという。一度でいいからそういう経験をしてみたい。
まあそんな経験は、仕事をサボって埼玉スタジアムに駆け込んでいるようでは、一生できないだろう。
2011年に就任した監督ペトロビッチ(以後「ペ」と略す)は、開幕から今までその頭の悪さを露呈し続けてきたが、この日の試合で私はその頭の悪さが筋金入りの本物であることを理解したのであった。
「ペ」にとってサッカーとは、おそらく1対1で絶対負けないということが根底にあるのだ。だから攻めにおいても守りにおいても数的有意を作るという概念はまったくなく、フリーランニングやポジションチェンジなど考えられないのであった。
確かに「ペ」の現役時代、1対1で負けそうになったら相手選手をぶっ飛ばしてでも止めていたが(それによって多くのイエローカードやレッドカードをもらい浦和レッズは10人で戦うことが多々あった)、そもそも日本のサッカーは、1対1で勝てないことを前提に戦術が練られているのではなかった。それは日本のサッカーに限らず、世界のサッカーの潮流といってもいいのかもしれない。恐るべき「ペ」。
というわけで中断期間に監督が代わるのと信じていたら、なぜかいまさらGMが代わり、埼玉スタジアムはたった1万3千人という、浦和レッズ埼スタ史上最小観客数を記録したのであった。よほど恥ずかしかったのか、電光掲示板に映るその人数はいつもより短い時間で消されたように思う。
ああ、この勝利はリーグに加算されないのかとうなだれて家路につく。
とあるベテラン書店員さんと会うと、開口一番「文庫の売れ方が変だよ」と言われた。
それは数日前に書いた沼田まほかるフィーバーや『ピース』樋口有介(中公文庫)だけでなく、こちらのお店では『迷宮』清水義範(集英社文庫)がバカ売れしており、それも元々は別の書店さんで仕掛け販売したものを展開しているのだった。
要するに毎月大量に出版される新刊よりも、何年も前に出版された文庫がどこかの書店員さんによって掘り起こされ、それがそのお店だけでなく全国で売れるという流れが完全にできているのである。
かつて文庫といえば、まず棚(既刊)の売上があり、そして新刊があり、また映画化などで注目された作品が売れたはずと思うのだが、このところは何より仕掛け販売であり、その次に新刊で、最後に既刊が来ているように思われる。
出版業界にいる人間はこれらの状況に慣れつつあるので何ら不思議に思わないかもしれないが、他の商品で、何年も前に作られたものがお店の1枚のパネルによって、10万個、20万個も売れたりすることがあるだろうか。例えば沖田浩之の「E気持ち」に「本当にE気持ちになるんです!」というパネルを立てただけで、CDが20万枚も売れたりすることがあるのだろうか。
それにしてもこの流れ、出版社は売上の予測がつかず大変だろう。
朝、銀座K書店Yさんからメールが届く。
「もうすぐ出る木内昇さんの『笑い三年、泣き三月。』(文藝春秋)は、大傑作だから絶対読んでね!」
そう薦めてきた書店員さんは3人目なのだが、発売は17日らしい。
★ ★ ★
錦糸町から半蔵門線に乗り込むと、車両にいた約20人ほどの乗客全員が、スマートフォンか携帯電話を見つめていた。青白い光を顔に反射させ、寄り目になっていじくっている。通勤時にも気になっていたのだが、やはりスマートフォンの登場以来、電車のなかでそれをいじくっている人が異様に多い。
もしかしてあの機械からはアヘンやタバコのように中毒性の強い何かしらの物質が放出されているのではなかろうか。あるいは触れた指先から股間を刺激する快楽物質が伝達されているのかもしれない。一度触ったら最後、指先を画面から離すことができなくなり、読書人という人種から栄養分を吸収し死滅させる冬虫夏草の一種だと思われる。
都心部で本が売れなくなっている理由の、ぶっちぎり第1位は、やはりこのスマートフォンの影響だろう。元々都心で本が多く売れていたのは、それだけ知的な人が多かったというわけではなく、たんに人口が多いのと通勤時間が長いからだと思うのだ。ついにその社会人にとって唯一無二の読書時間である通勤時間もスマートフォンに奪われてしまった。
去年のあの熱病に浮かされたかのような電子書籍フィーバーは、どちらかというとiPadやKindleなど大型の読書端末を想定したものだったと思うけれど、ここまで一気にスマートフォンが普及してしまうと、もはやよほどの人以外、もうひとつ端末を買うとは考えられない。
ということは電子書籍を読むためのハードは、あの小さな画面のスマートフォンに限られてくるわけで、そうするとおのずと売れるもの売れないもの、レイアウトなども決まってくるだろう。
そして何よりも去年のフィーバーが、電子書籍VSリアル書籍だったのに対し、これらの普及から考えてみると電子書籍&リアル書籍VSその他のスマートフォンを経由した娯楽という構図に変わってくるはずだ。何せあの冬虫夏草には、様々な刺激物が取り込まれているのだ。どんなに電子書籍のタイトル数が増えたとしても、その他の魅力あふれるコンテンツに勝たなければ、それが売れることはない。
私たち出版社が作る文字だけの(時には絵や写真もあるけれど)かなり能動的な要素が必要となる本や雑誌から生まれる「読書」という行為は、twitterやフェイスブックやゲームやYouTubeなどの受動的な要素の強い、刺激あふれる娯楽に勝てるだろうか。
話は少し変わるのだけれど、先日とある集まりに参加すると、そこでは「読書」を啓蒙するための新たなイベントが話し合われていた。
その企画書の一行目に「本を読む楽しさを伝えよう」と書かれており、イベントの内容も本当に本の読み方や選び方、あるいは本を読む意味などが記されていた。あまりに初歩的な話で思わず笑ってしまったのだが、もしかすると本を読むという行為は、もはやそこまで世間と離れてしまったものなのかもしれないと途中で気づき、背筋が寒くなったのである。
今、多くの家庭が新聞を購読しなくなり、子どもたちが新聞というものをわからなくなり始めていると聞く。そのうち新聞を子どもたちに説明すると「ああ、Yahoo!ニュースが毎日紙になって届くの?」と答えられる日が来るかもしれない。読書という行為もそうやっていつか人々から忘れられていくのだろうか。
スマートフォンから得られる喜びや愉しさよりも、もっと大きな喜びや愉しさを本は包み込まなければならない。そんなことができるだろうか。いや、それをやらなければ、私たちに明日はない。そしてその愉しさを伝えていかなければならない。
本日発売の出版営業マンが主人公の小説『平台がおまちかね』大崎梢(創元推理文庫)に文庫解説というか、営業マンの叫びというか、なんだかわからないあやしい文章を書かせていただいた。
謎の国ソマリランドから帰国した高野秀行さんと会う。
開口一番「何? その日焼け!」と驚かれたのは、アフリカ帰りの高野さんではなく、サッカーコーチ焼けしている私であった。高野さんは想像以上に真っ白で、おそらく日中は噛めば噛むほど心地よくなる葉っぱ「カート」三昧だったのだろう。
ファミレスで、今回の旅の話を伺っているとあっという間に3時間が過ぎていた。
私の仕事において、数少ない役得だ。
何だか会社にでっかいダンボール箱が届いたので、開封しようとすると、事務の浜田がずかずか歩み寄ってきて、まるでジョン・テリーのようなショルダータックルをしてくるのであった。ちなみにジョン・テリーとはイギリスのサッカー選手で、チームメイトの奥さんと浮気するという凄腕の持ち主だ。
「新製品なんで、触らなでください!」
と叫んだ浜田は、ダンボール箱を手刀で開けると、中から真っ白いトートバッグを取り出した。
「じゃじゃーん! 『三時のわたし』トートバッグが完成しました!」
むむむ、いつの間にかそんなものを作っていたのか。随分とオシャレじゃないか。
「杉江さん! 私は今日から営業部の事務員じゃありませんから。新事業開発部の部長です。これからこのトートバッグを手始めに、Tシャツに、手ぬぐいに、バターに、チーズに、アイスクリーム、それからえーっとえーっと、本よりも儲かるものをドドドーンと開発していくんですよ。杉江さんの出版営業部とは売上で対決ですからね」
そう言っていつの間にか刷っていた「新事業開発部 部長」と肩書きのついた名刺を差し出すのであった。
「ところでこれ、どこでどうやって売るの?」
「あっ、それは杉江さんが探して来てください」
どうも新たな営業品目が加わったらしい。
★ ★ ★
三省堂書店有楽町店さんを訪問。
私が訪問しているお店のなかでは、秋葉原の有隣堂さんとともにもっとも本を売るのを楽しんでいるお店であり、そこかしこに手作りのパネルやPOP、そして文庫売り場では他の書店さんが作ったフリーペーパーまでもが配布されていたりする。
なんて言ったらいいのかわからないのだけれど、私がこれまで触れてきた書店あるいは本屋さんという枠組みを超えて、本屋さんの新たな潮流というかエネルギーに溢れており、衒いのない売り場にいつ訪れても圧倒される。
こちらのお店が現在熱烈プッシュしている文庫が『殺人鬼フジコの衝動』真梨幸子(徳間文庫)で、そのポップの力強さと、他の書店でも売れていく様を記した文章には思わず笑ってしまった。
『コンニャク屋漂流記』星野博美(文藝春秋)を読了。『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』中島岳志(朝日新聞出版)とともに、今のところ2011年ノンフィクションのベスト1。
緊急入院した相棒とおるは、検査の結果、仮病と判明し、緊急退院していたらしい。
本当に「困ったひと」だ。
上大岡のY書店さんを訪問。店長のHさんから、テレビ放送の翌日、すでにあれほど売れていたにも関わらず『体脂肪計タニタの社員食堂』があっという間に売り切れていった様子を伺う。Hさんお薦めの時代小説『春嵐立つ』芝村凉也(双葉文庫)を購入。
また次に訪問したM書店Yさんから指摘されたのだが、読者の嗜好が変わったという話。
私はそれは『告白』湊かなえ(双葉文庫)が本屋大賞を受賞した頃からと考えているのだが、青春小説や家族小説などの読み心地のよい一般小説から、もう少し心がざわつくミステリーなどがもてはやされるようになっている。その流れの最たる例が、沼田まほかるのヒットではなかろうか。
それと文庫の売れ方も随分変わってきており、新刊よりもベスト1帯のついた沼田まほかるの著作や『ピース』樋口有介(中公文庫)など書店さんが仕掛ける既刊本ばかりが売れ行きベストに並んでいる。どのお店もそれらの文庫が同じパネルの下に多面展開しており、とある書店さんで「みんな同じものを並べて売れるんですか?」と伺ってみると、「今はね、面白いってことよりも、ベスト1や売れているって情報の方が読者の購買意欲を刺激するんですよ」とのこと。
私は営業になった頃、「◯◯書店で売れてます」という営業トークは諸刃の剣で、「じゃあ置いてみようか」と判断してくれる書店員さんと同じくらい「だったらうちのお店は売らないよ」と断る書店さんもいたのだが、世の中随分変わるものだ。
夜、横浜で、泣きながら酒を飲む。
埼玉を営業...が、なかなか人に会えない。
そんななかやっとお会いできたK書店Sさんとお話。先月訪問した際、神保町で昼飯を食べるのにどこかいいお店がないかと訊かれたので、目黒さんも愛した「うどん丸香」を紹介したのだが、その感想を伺う。「美味しかった〜」とのこと。
直帰しようと会社に連絡をいれると突然のゲリラ豪雨。笹塚は降っていないらしく、ネットで降雨量がチェックできるHP「東京アメッシュ」を覗いた事務の浜田が「杉江さんのいるところだけ真っ赤ですよ」と笑う。
確かに私のいる街は、赤いんだが。
漁師の末裔なのになぜかコンニャク屋と屋号がついていた自分の先祖をたどるノンフィクション『コンニャク屋漂流記』星野博美(文藝春秋)の冒頭を読んで思わず笑ってしまった。
星野博美氏の祖父は漁師町から上京し、町工場で働き、そしてバルブ屋を興したそうなのだが、なんと星野氏は寿司が嫌いだとある。その祖先の歩みと寿司嫌いがまったく私と一緒なのだった。
ちなみに私の家のルーは南伊豆の小さな集落で、屋号はたしか「へーべー屋」だった。こちらの屋号は大した理由もなく、「杉江平兵衛」という人が祖先にいたらしい。それにしても読み進むうちに、我が家のルーツとあまりにも似ていて、おそろしくなってくる。私の父が読んだら号泣するのではなかろうか。
営業は千代田線。残念ながら北千住では担当者さんにお会い出来なかったが、千駄木の往来堂では、店長のOさんとじっくりお話。相変わらず店内は行き届いた品揃えで、数十坪の店内ながら発見の連続。そんななかOさんは年配のお客さんに読まれる本を探しているようだった。「有吉佐和子がいいんじゃないかと思うんですよ」と言いつつ、『悪女について』(新潮文庫)を一等地に並べていた。
その後、お茶の水の丸善にお届けものをした後、神保町の上島珈琲店で、我が専属組版職人兼デザイナーのカネコッチと打ち合わせ。カネコッチの持っているiPodは改造された上、外付けのアンプと高額のイヤフォンが装着されていた。
カネコッチは、ハンダ付けの苦労を切々と語っていたが、私はすでに始まっている講談社エッセイ賞の贈呈式に向かうため、タクシーに飛び乗り、東京會舘へ。『身体の言いなり』(朝日新聞出版)で受賞された内澤旬子さんから「あたし友達が少ないから絶対来てね」と言われていたのだが、贈呈式もお祝いの会も人酔いするほどの大勢の人で、その注目度が伝わってくる。内澤さんのおかげで東京會舘名物「ローストビーフ」と「オムレツ」にありつけ、感謝。
宴たけなわの中、翌々日から行くカナダの取材準備をされる宮田珠己さんと一足先に帰宅す。
朝、起きるなり息子が「パパ、今日は『てれびくん』の発売日なんだよ!」とガッツポーズをしてくる。1つ前の号の予告ページをめくっては、どんな付録がついてくるだの、イカのような姿の新しい仮面ライダーについて興奮気味に語っている。「今日は絶対早く帰ってきてね」というのもその付録を作って欲しいからだ。
それにしても「てれびくん」の編集者のなんと幸せなことよ。
おそらく日本中の子どもたち数万人あるいはそれ以上が毎月その発売日を楽しみにしていることだろう。付録に限らずキャラクターのページ、読者プレゼントのおもちゃのページにいたるまで、子どもは食い入るように見るのであった。それらを編集・制作できることの誇りは相当なものだと思う。
雑誌とはそういうものだ。
月の、あるいは毎週の、なんでもない日を特別な一日に変化できるアイテムだ。発売日を心待ちにし、次号予告からいろんな世界を想像し、読み慣れた連載に笑ったり泣いたり考えさせられたり。
私もそれぞれの年代で、コミック誌、スポーツ誌、サッカー雑誌、アウトドア雑誌などの発売日を心待ちにして生きてきた。時には授業中に、時には深夜に我慢しきれず買いに行ったこともあった。
「本の雑誌」の発売日は、心待ちにされているだろうか。
その日が特別な日になるような雑誌を作っていきたい。
台風接近により猛烈な湿気。
何もしなくても汗が出てくるのであったが、夜は雨が降りそうなので、朝RUN。8キロ。
相棒とおるから「また入院するこになったので本を貸してくれ」とメールが届く。もう絶対拾い喰いをするなとあれほど注意したのに、おそらくまた道に落ちているものを食い、へんてこなウィルスがお腹で増殖したのだろう。高野秀行さんがプロデュースした闘病記『困ってるひと』(ポプラ社)が売れているようなので、私も相棒とおるをプロデュースし、『困ったひと』という闘病記を出そうか。
下北沢の三省堂書店さんは、一見その下北沢という立地から客層が若くに見えるが、実は地元のお客さんがメイン。時代小説が売れるお店で、その時代小説の特集をする『本の雑誌』10月号の紹介とフェアのご案内しつつ、担当のMさんとしばし宮本昌孝の話題で盛り上がる。
そのまま渋谷へ行くがあいにく担当者さんにお会いできず、表参道の青山ブックセンター本店さんへ。担当のTさんから「棚、作りなおしてみたんですよ」と案内していただいたのが、外国文学の棚。国別なのはもちろんだが、岩波文庫やちくま文庫などの文庫も一緒に並び、しかもそこかしこに岩波少年文庫などの子ども向け翻訳ものも並んでいて、素晴らしい。
休みの日にはINAXブックギャラリーなど他の本屋さんを覗いて、自店の棚に欠けている本を探しているそうだが、まだまだ足りない本がいっぱいで注文を出しているとか。それにしても相当手間がかかるはずなのに、書店員さんは棚を触っているとき、本当に幸せそうな顔をする。
そうして私がいま一番注目している流水書房青山店さんへ。注目を浴びた小沢書店フェアの後は、書肆山田や思潮社などの詩の本のフェアが行われていた。青山ブックセンター本店さんとこの二軒を回遊すると日本文学と外国文学の発見がありそうだ。
夜、給料が出たので、いつものとおり新宿のブックファーストさんへ。
営業モードからスイッチをひねり、頭のなかを空っぽにして棚を俳諧。
購入したのは、
『コンニャク屋漂流記』星野博美(文藝春秋)
『北海道の鱒釣り』奥本昌夫(つり人社)
『居酒屋おくのほそ道』太田和彦(文春文庫)
の3冊。
いや、本当はもう1冊旅本を買ったのだが、これは帰りの電車のなかで読みだして、あまりに自己陶酔の強い自分語りばかりで、買ったことを後悔したのだった。