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5月26日(木)

 通勤読書は、『日本ボロ宿紀行』上明戸聡(鉄人社)。
 「はじめに」に書かれているが、ボロ宿とは決してどうしようもないボロい宿というわけではなく、著者が愛情を持って泊っている古い宿である。外観はボロボロに見えても、中は当然ながらきっちり整理整頓されており、食事も思いの外良い宿が多い。

 それにしても那須湯本にあるらしい「気楽旅館」はすごい!これはどう見ても廃墟だ。そして予約の電話に出た宿の主人とのやりとりに爆笑してしまった。

 特記事項もないまま、たんたんと書店さんを廻る日々が続いている。

5月25日(水)

  • 猫鳴り (双葉文庫)
  • 『猫鳴り (双葉文庫)』
    沼田 まほかる,ヌマタ マホカル
    双葉社
    576円(税込)
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 先日訪問した書店さんで伺った、出版社が作るパネルやPOPの良し悪しについて。
 当然ながらカバーや書名、著者名だけのものはまったく意味がなく、帯のコピーを補完しつつ、手に取りたくなるような文章を考えないとダメとのこと。労を惜しまず、作っていかないといけない。

 最近成功しているのは......と指さされたのは、沼田まほかるの『ユリゴコロ』(双葉社)の販促パネルだった。確かにコピーがいいな。沼田まほかるといえば、『猫鳴り』(双葉文庫)が、書店員さんの手によって作られたパネルによって大ヒットしている。

 夜、大竹聡さんと単行本用のぶらり酒。

5月24日(火)

 久しぶりの訪問となった所沢のH書店さんで、かつて高田馬場店でお世話になっていたMさんと再会。ベテランのMさんから、かつての書店の棚の作り方や今現在の問題点などを伺う。

 以前はどのお店を訪問してもこんな感じだったのだが、いつの間にか自分が歳を取ってしまい、見渡せば書店員さんは年下の方ばかりになってしまった。

 そんな状況で営業として何が求められているのかわからない日々が、ここのところずっと続いている。

 家に帰ると娘が玄関に顔を出した。
 今日まで2泊3日の林間学校に行っていたのだ。

「部屋にカメムシが16匹もいてさ!」
 なんだか怒っている様子だが、私のそばから離れない。

5月23日(月)

 昨日、埼玉スタジアムで行なわれたクラブ運営に失敗したチームと代替わりに失敗しつつあるチームの対戦は、2対2で引き分けだった。2点差を、たった2分で追いつく展開だったのだが、まったく気持ちは盛り上がらない。相変わらず秋が心配だ。

 縮小されたとある書店さんを訪問すると、書店員さんが落ち込んだ様子で話される。
「つい、あれも置けない、これも置けないって考えちゃうんですよね」

 確かに3分の1のサイズになったら、今まで並べられていた本も置けないだろうし、またお店の役割も変わってくるだろう。

「お客さんが本を手にして買わなかったときとか、何で買ってもらえなかったんだろうと悩んじゃうんですよ。それで棚を直してみたり、いろいろ試行錯誤しているんですが......」

 先月訪問したときと各所の棚が変わっており、その努力のおかげか、別の棚からはササッと本を手にしてレジに向かう人もいた。

 おそらくすぐには結果がでないし、しばらく手探りの状態が続いていくだろう。しかし手を入れている棚には必ずお客さんが付くはずだ。

5月17日(火)

 営業部長の肩書きを取り上げられ、なぜか節電部長を任命されたのが先週のこと。

 というわけで週末に作った「本の雑誌社節電対策案」を社員全員に配る。

1)湯沸しポットの使用禁止。お湯は飲むときのみ自分で沸かす。
2)使用していないパソコンは速やかに消す。
3)倉庫の電気を消す。
4)営業マンが外出している間は、クーラーをオフにする。
5)冷蔵庫の使用禁止。

 元々そんなに電気を使っていない会社なので15%ダウンというのは大変なのであるが、なぜか4と5に猛烈に反対の声があがるではないか。

「せめて28度」とか「残業のビール」がと言っているが、知った事ではない。

5月16日(月)

 WEB白水社で連載している「蹴球暮らし」第7回「入団」を更新。

 通勤読書は、講談社文芸文庫で復刊された『笛吹川』深沢七郎。
 以前から気になっていて、まさに待望の復刊なのだが、予想を超えるあまりの素晴らしさに言葉を失う。
 これから「好きな小説は?」と訊かれたら、まず最初にこの『笛吹川』と答えるだろう。
 オールタイムベスト1!

 『笛吹川』は時代小説で描かれる賑やかな表舞台の裏側で暮らす、ある農民一家六代の暮らしを淡々と描いた作品であるが、そこにあるのは人間のいい面も悪い面も含めたむき出しの生と死だ。親方様の逆鱗にふれ殺されたり、笛吹川の反乱に逃げ惑ったり、子を身ごもらないことを悩んだり、まさに妬み、恨み、苦しみ、悲しみ、喜びなど生きる上でのすべての感情が、甲州弁で表現されている。

 解説で町田康氏が書かれているが、まさに「こんな小説を読んでしまって私はどうしたらいいのかわからず途方に暮れ」る小説だ。例え文庫で1400円しても圧倒的に安い!

 常磐線を営業。
 松戸のR書店さんで散々話をした後、「では」と挨拶をし背中を向けた瞬間、「浦和レッズ大変ですね」と心臓を突き刺すような一言をかけられる。そういえばここは松戸で、先日このお店のツイッターで、柏の連勝を喜ぶツイートがされていたのだ。

 ふと顔をあげると担当のTさんは、黄色いTシャツを着ているではないか。
 今まで本とロックと子どもの話しかしていなかったのだが、もしやと確認すると「北嶋がね」と言って、笑うのであった。あわててお店から退散す。

 この秋、私は平常心で過ごすことができるだろうか。
 今から心配だ。

5月13日(金)

  • Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年 5/26号 [雑誌]
  • 『Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年 5/26号 [雑誌]』
    文藝春秋
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 通勤読書は『ご先祖様はどちら様』高橋秀実(新潮社)。著者自身の先祖を辿るルポで、戸籍を調べたり、家紋をたどったり、話を聞いたり、人間、誰もが誰かの末裔なのは間違いないのだが、その不確かさが面白い。そういえば私の父親もバブル期にすっかり騙され高額な家系図を購入していたのだった。あれも結局平家に辿りついた。

 ここのところ営業は大スランプ。
 もはや私のような営業スタイルは時代錯誤なのではないか、あるいは私自身がダメなのではないかと悶々と悩んでいたのだが、「Number」の三浦知良特集「カズに学べ。」を読んで、迷いも悩みも吹っ飛んだのであった。

5月12日(木)

 桜庭一樹の『ばらばら死体の夜』(集英社)読了。
 多重債務ものということで、宮部みゆきの『火車』(新潮社)を無性に読み直したくなる。

 とある書店さんが「今、書店に一番求められているのは接客かも」と話されていたのが、印象に残る。

5月11日(水)

  • サムライブルーの料理人 ─ サッカー日本代表専属シェフの戦い
  • 『サムライブルーの料理人 ─ サッカー日本代表専属シェフの戦い』
    西 芳照
    白水社
    1,760円(税込)
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    honto
 あー、ダメだ。
 涙が止まらない。まだ朝の8時で、これから仕事でたくさんの人と会うのに、私の目玉は真っ赤に充血し、まぶたも腫れてしまった。しかもここは満員の埼京線で、涙だけではなく鼻水も止まらない。恥ずかしい。恥ずかしいけどページをめくる手も止められず、数行読んでは涙が溢れてくる。

 私がそうやって今朝号泣しながら読んだのは、『サムライブルーの料理人 サッカー日本代表専属シェフの戦い』西芳照(白水社)だ。この本は、2004年3月31日にシンガポールで行なわれたドイツW杯アジア予選からサッカー日本代表チームに帯同したシェフの回想録である。

 シェフであるから当然、日本代表チームにどのような食事を、どのような理由で提供してきたか、あるいは世界各地でどうやって食材を手に入れてきたのかが綴られているのだが、食欲とメンタルを刺激するために導入されたライブキッチンでラーメンやパスタを作りながら、西さんはフラットな視線で選手を見つめてきたのである。

 西さんは地元Jヴィレッジの料理人になるまでサッカーも知らなければ、後に接することになるジーコのこともよくわからないほどサッカーに無関心の人だった。だからかどうか選手を変に持ち上げることもなければ、逆に批判的になることもなく、まさに一職業人(料理人)と一職業人(サッカー選手)の関係で、どんなスポーツライターもかなわない最強の観察者なのであった。

 選手に美味しいおにぎりを食べさせたいがために、一般の人のブログを頼りに自腹覚悟で圧力鍋を購入するまでの西さんをプロとして認める選手たちの想いは、カバーに使われている日本代表のサイン入りユニフォームや、裏面の代表エンブレム入りシェフコート、そして帯の推薦コメントから伝わってくる。

 特に私を号泣させたのは、2010年南アフリカW杯を日記形式で綴られた文章だ。
 ここから垣間見える選手を含めた代表チーム全員の想い、あのPK戦にいたるまでのふんばり、そのなかで格闘する西さんの姿が、私を涙に誘うのであった。

 サッカー本は大きな大会ごとに傑作を残してきたが、この『サムライブルーの料理人 サッカー日本代表専属シェフの戦い』が、間違いなく南アフリカ大会を代表するサッカー本になるだろう。

 そしてまた「あとがき」に追記として記された7行の文章がものすごく重い1冊にするのであった。
 3.11以後、これから目にするサッカー日本代表チームは、同じように見えて実はある意味決定的に違うのであった。しかし私たちは、南アフリカ大会のパラグアイ戦で敗れた後、夕食の席で岡田武史監督が選手にかけた言葉を何度も何度も読み直し、生きて行くしかない。

5月10日(火)

「本の雑誌」6月号搬入。
 なぜかよくわからないけど新潮社の特集で、出版社が他の出版社の特集をするという前代未聞の出来事ではなかろうか。

 事務の浜田に「一緒に新潮社の前に売りに行こう」と誘うが、「恥ずかしいからイヤ」と断られてしまう。酒を飲んで逆立ちしたり、瓶ビールの王冠を歯でこじ開けたりするくせに、まだ羞恥心が残っていたのだ。

 仕方なくひとり矢来町に行って、押し売り......のはずが、あまりに暑いので通常営業す。
 
 リニューアルされた東京堂書店ふくろう店では、冨山房百科文庫が面陳されており、担当のKさんに話を伺うと森銑三『おらんだ正月』などたいそう売れているそうだ。それにしても訪問するたびに、そこかしこに手を入れた形跡があり、こんな本があったのかと毎度驚かされる。流水書房青山店とともに、この2店が、今、私の大好きな本屋さんだ。

 6月の新刊、草森紳一『記憶のちぎれ雲』を案内すると「うわっ」と言って、大きな数字を注文いただく。直で仕入れた『草森紳一が、いた。』もたいそう売れているそうで、その後訪問した渋谷の書店さんでは、草森さんの本が出るだけでもうれしいと書店員さんに涙目になられてしまった。新刊チラシで泣かれたのは初めてのことだ。

 編集部の宮里は、いい本を作る。

5月9日(月)

 5月の新刊、坪内祐三著『書中日記』に見本が出来上がったので、直行で取次店さんを廻る。

 今回も今までのシリーズ(昼バージョン『三茶日記』『本日記』、夜バージョン『酒日誌』『酒中日誌』)と合わせて多田進さんに装丁していただき、その美しさに思わずナデナデしてしまう。版元は異なるが、このように装丁が統一されているのは、本棚に並べたときたいへん落ち着くのであった。

5月6日(金)

  • 仕事(ワーキング)!
  • 『仕事(ワーキング)!』
    スタッズ・ターケル,Studs Terkel,中山 容
    晶文社
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    honto
 ゴールデンウィークは、サッカーをやったり、サッカーを見たり、サッカーを教えたりで終わってしまったが、毎日ヘトヘトになるまでボールと戯れていたので、夜の9時には眠ってしまっていた。そのおかげで早起きの癖がつき、本日も4時半に目が覚めてしまう。

 6時までは家でウダウダしていたが、もはやどうすることもできなくなり、思わず「会社に行きます」と書き置きを残し、家を出、出社。7時半。

 ところが、そこで気づいたのだが、果たして今日は会社がある日なのだろうか。よくよく考えてみるとゴールデンウィークがいつからいつまでというのを誰にも確認しておらず、もしかしたら来週の月曜日から再開するはずだったのではなかろうか。

 各自の机に置かれている卓上カレンダーを確かめてみるが、誰も休暇のことは記しておらず、結局何もわからないまま仕事をしていると、浜本が出社してきたのであった。

「ああ、よかった。今日会社ありますよね?」
「うん? よくわかんないけど、家にいるのもかったるいから会社に来たんだけど」

 定時の10時になると、全員出社したので、全員が勘違いしていない限り、本日が出社日だったと思われるのだが、そこでハタと不安に陥ったのである。

 私がすっかりゴールデンウィークだと思って休んだ5月2日は、もしかしたら会社があったのではなかろうか。何となく朝から不機嫌そうに私を見つめる事務の浜田は、私が無断欠勤したことを怒っているのではなかろうか。

 しかし例え2日が出社日だたっとしても、みんな忘れている可能性も高く、休みだったのか聞くこともできない。

 なので私のゴールデンウィークの大収穫である、『仕事!』スタッズ・ターケル(晶文社)を浦和の古本屋さんで100円均一で購入したことを自慢し、一段とみんなの記憶を薄めたのであった。

4月30日(土)

 不忍ブックストリートでの一箱古本市に「本屋 本の雑誌」として出店する。
 出店場所はつつじ祭りが行なわれている根津神社の近く根津教会前で、私、浜本、宮里の3人で売り子となる。顛末は「本の雑誌」7月号に掲載の予定。

 市の終了間際に、この一箱古本市の主催人のひとりである往来堂のOさんがやって来て、「どうでしたか?」と感想を尋ねられた。

 私は素直に「いやあ本を売るのは楽しいですね」と答えたのであるが、なんだか書店ごっこをしてわかったようなことを言ってしまった気がして、慌てて「いや一日だけだからかもしれませんが......」と付け加えたのだった。

 私は当然その後、Oさんの口から実際の本屋さんの苦労が語られるかと思ったがそうではなく、Oさんははっきりとこう言ったのである。

「いやあ、本、売るのは楽しいですよ」

 Oさんと私は同年代であるが、また別の同年代の書店員さんと先日メールでやりとりをしていたら、そこにはこんな言葉が添えられていた。

「40代のこの十年を、私の本屋人生の集大成にしたいな、と大袈裟なこと考えたりしてる今日この頃です」

 最近なんだか、ひとり取り残されているような気がしている。

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