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9月24日(金)

 時代小説の気分が止まらない。

『新徴組』佐藤賢一(新潮社)を読了。新撰組の沖田総司の義理の兄で、新徴組の沖田林太郎とその新徴組を預けられた庄内藩の天才・酒井吉之丞の二人を主人公に、著者佐藤賢一が地元意識たっぷりに幕末から戊辰戦争を描く。

 ちょっと盛り込み過ぎたきらいはあるが、弟の総司から「どうして後ろ足で構えるんだよ」「本来の義兄さんは、前のめりの剣だよね」と嘆かれ、家族が出来てから守りの人生を送っていた林太郎が、本来の自分の姿を取り戻そうともがく姿には思わず目頭が熱くなった。



 6連休が終り、出社。気分が重い。

 私と入れ替わりに事務の浜田が夏休みを取っているので、午前中は注文の処理と溜まっていたメールの返事など。午後からは浜本、宮里とともに来月号の「本の雑誌」の企画でブックカフェめぐり。夕方、大竹聡さんから電話が入り、急遽ぶらり取材へ。休み明けのリハビリもなく、走りだす。

9月17日(金)

  • 三屋清左衛門残日録 (文春文庫)
  • 『三屋清左衛門残日録 (文春文庫)』
    藤沢 周平
    文藝春秋
    726円(税込)
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 好村兼一の魅力に気づいたときには刊行からしばらく時が経っており、そうなると単行本を買うのが惜しく文庫になるのを待っていたデビュー作『侍の翼』。それがついに文庫になったので、早速購入、そして読了。

 還暦を越えた浪人宍倉六左衛門は、労咳の妻を抱え、日雇い仕事でどうにか暮らしを支えている。かつては島原の乱で活躍したのだが、お家断絶で武士として生きれず、ならば武士らしく死ぬことをと模索しているのであったがそんな六左衛門についに死に場所が......。

名作・藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』と似たテーマなのであるが、どこかおかしみのあるというか、だからこそ人間らしい物語で、まさに好村兼一らしい作品だった。しかしこの結末には思わずたまげてしまったな。



 営業は、田園都市線から東横線。
 なんだかこの路線は運がなく、なかなか担当者さんに会えない。無念。

 明日から6連休。こんな時期に夏休みを取っても子どもは休みじゃないから家族旅行も行けないのだが、なんだかいったん頭をリセットしたく、無理矢理取ることにした。ランニング&サッカー三昧の予定。

9月16日(木)

 新作が発表されるとあわてて「小説新潮」を購入し、むさぼるように読んでいた志水辰夫の時代小説<蓬莱屋帳外控>シリーズだが、いざ単行本になると、なんだか読むのがもったいなくて、積ん読にしていたのであった。

 しかし、もう我慢できないとページをめくる。
『引かれ者でござい』(新潮社)。

 前作の『つばくろ越え』のときにも書いたとおり、もはや志水辰夫の時代小説は日本の宝である。今後何十年も読み継がれるのが、今からわかる。それくらい素晴らしいのである。

 物語はすべて「通し飛脚」の目を通して描かれているのだが、たいていこの手の物語はその主人公のヒーロー小説になるだろう。必ず届けなければならない荷物を手にした主人公、そこに様々な困難が待ち受けていて、力と能力で解決するという。

 ところが志水辰夫の主人公はそこまでのヒーローではない。仕事は全うするが、百戦錬磨の強さはない。無頼の徒に襲われれば逃げることもあるし、うまくいかずに反省したりもする。それなのにそんな主人公がものすごくカッコいいのは、真っ当に生きているからだろう。

 そしてもうひとつの大きな魅力は、背景として描き出される様々な人間の暮らしであろう。武士と農民だけでなく、炭焼きや商人、絵師、木樵といろんな職業の人たちが登場し、例え数行であったとしても、彼らがどのように生きているのかしっかり伝わってくる。志水辰夫が書こうとしているのは、江戸時代の人の営みそのものなのかもしれない。そしてそれはどんな時代も変わらないはずなのだ。

 もはや傑作とかそういうレベルを超えた作品だ。



 9月末でいったん閉店してしまう上野のブックエキスプレスを訪問。Hさんにご挨拶。いつもあまりに忙しそうで声もかけずに店内を見るにとどめているお店なのだが、いやはやこのお店が無くなってしまうなんて想像ができないし、相棒トオルは勤務先が上野で、毎朝晩、こちらのお店で本を物色していたのだそうだ。「頼むから再開してくれ」と節なる願いのこもったメールが私あてに届いていた。

 この規模でありながら、文庫や新書の売り上げは全国ランキングでベスト10に入ることも珍しくなく、だから今回の閉店は出版社にとっても大問題で、多くの営業マンがここの売り上げをどこで埋めたらいいのだと頭を抱えているのであった。

 そんな数字だけでなく、このお店の展開はいつも素晴らしく、発見にあふれていた。しみじみと棚を見つめる。

 夜、もうかれこれ十年以上も続いているとある飲み会に参加。
 この飲み会は年齢層が高く、私なんかひよっこも同然。50代、60代の現役営業マンの興味深い話を食い入るように伺う。私もいつかこういう営業マンになりたい。

9月15日(水)

  • ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョージ・R・R・マーティン,ガードナー・ドゾワ,ダニエル・エイブラハム,Stephan Martiniere,酒井昭伸
    早川書房
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  • 透明人間の告白〈上〉 (新潮文庫)
  • 『透明人間の告白〈上〉 (新潮文庫)』
    H.F. セイント,Saint,H.F.,浩, 高見
    新潮社
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  • 透明人間の告白〈下〉 (新潮文庫)
  • 『透明人間の告白〈下〉 (新潮文庫)』
    H.F. セイント,Saint,H.F.,浩, 高見
    新潮社
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 目黒さんと椎名さんが絶賛していたジョージ・R・R・マーティン他『ハンターズ・ラン』(ハヤカワ文庫)を読了。SFであり冒険小説でありサバイバル小説でもあるのだが、何よりそういうジャンルを超えた超面白エンターテインメントであった。ずーっと昔、これまた目黒さんと椎名さんの絶賛本であった『透明人間の告白』H・F・セイント(新潮文庫)を読んだときのような、ドキドキワクワクを感じながら最後まで読み終える。



 相変わらず売れている『キムラ弁護士、小説と闘う』の直納で、池袋の旭屋書店さんへ。そういえば西武百貨店に三省堂書店さんがオープンしたのだと覗いてみる。

 池袋に三省堂といえば、以前ピーダッシュパルコにお店を出しており、当時は写真集やサブカルものなど、渋谷のパルコ(ブックセンター)とはまた違った、なるほど池袋感たっぷりの売れ方をしていた面白いお店だったのだ。

 今回の開店は西武百貨店のほうであり、客層はデパート客になるので、まったく違う売場づくりになるだろう。それにしてもここに来て書店さんの出店・閉店が忙しくなってきたのはなぜなんだろうか。

9月14日(火)

  • 日曜日のピッチ 父と子のフットボール物語
  • 『日曜日のピッチ 父と子のフットボール物語』
    ジム・ホワイト,東本貢司
    カンゼン
    1,848円(税込)
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  • マンチェスター・ユナイテッド クロニクル 世界で最も「劇的」なフットボールクラブの130年物語
  • 『マンチェスター・ユナイテッド クロニクル 世界で最も「劇的」なフットボールクラブの130年物語』
    ジム・ホワイト,東本貢司
    カンゼン
    3,080円(税込)
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 通勤読書は『サッカー批評』48号(双葉社)。
 なんと500字の書評だが、原稿を書かせていただいたのであった。
 まさか愛読している雑誌に自分の名前が印刷されるとは感動の一言。しかし文章が妙に浮いている......。

 ちなみに紹介した本は、『日曜日のピッチ』ジム・ホワイト(カンゼン)で、ジム・ホワイトといえば今年の始め、過剰な愛情いっぱいでマンチェスター・ユナイテッドの歴史を描いた大作『マンチェスター・ユナイテッド クロニクル』(カンゼン)が出版された著者なのであった。

『日曜日のピッチ』は少年サッカーを舞台にした小説なのだが、少年スポーツといえば一見きれいで爽やかなものというのは大間違いであり、私も現在女子サッカーチームのコーチをしているからわかkinoko.JPGるのであるが、子ども、親、コーチ陣などまさに魑魅魍魎としたものすごい世界なのであった。

 その世界のありのまま、しかし英国人ならではのユーモアたっぷりに描かれており、おそらくこの本は少年少女スポーツに携わっている人は、いろんな意味で涙なしに読めない作品だと思われる。

 営業は中央線。
 立川や国立など順調にお店を訪問していたのだが、三鷹駅で、突然の大雨に見舞われ、傘を持っていなかった私は、すぐそこのK書店さんに飛び込めず、あえなく断念。

 仕方なく吉祥寺へ歩を進めるが、こちらでもB書店さん以外は道を渡らなければならず、しばらく駅のベンチで『ハンターズ・ラン』の続きを読んでいるうちに雨があがる。

 リブロさんでイベントの打ち合わせをした後、ブックスルーエさんを訪問すると、「ルーエらしさを追求したフェアを開催しているんですよ!」と文庫売り場のHさんが、ある棚前に連れていってくれたのだが、そこで開催されていたのは「きのこ本VSトイレ本」フェアであった。思わず爆笑してしまう。

9月13日(月)

  • ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ハンターズ・ラン (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョージ・R・R・マーティン,ガードナー・ドゾワ,ダニエル・エイブラハム,Stephan Martiniere,酒井昭伸
    早川書房
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  • 食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)
  • 『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)』
    エリザベス ギルバート,那波 かおり
    武田ランダムハウスジャパン
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  • 巡礼者たち (新潮クレスト・ブックス)
  • 『巡礼者たち (新潮クレスト・ブックス)』
    エリザベス ギルバート,Gilbert,Elizabeth,正恵, 岩本
    新潮社
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 通勤読書は、北上次郎さんが「本年度ベスト1冒険小説」(「本の雑誌」9月号)と賞賛し、椎名さんが「読み始めたらこれがなるほど面白くてとまらない」(「本の雑誌」10月号)と絶賛したジョージ・R・R・マーティン他『ハンターズ・ラン』(ハヤカワ文庫)。

 辺境の星に移住した飲んだくれ主人公が、酒の失敗から街を飛び出さざる得なくなるのだが、逃げた山奥で異星人につかまり......と書いているとトンデモ本のようだが、これが目黒さんのいうとおり道具立てを取っ払うとものの見事な冒険小説になっており、確かに読み出したら止まらない。おかげで営業先までの一時間の移動がまったく苦にならないどころか、電車を降りるのが嫌になるほどだった。

 横浜を営業。
 M書店Yさんを訪問すると、顔見知りの営業マンF社のTさんと商談中であった。邪魔にならないようにと思ったのだが、「今ね、出版業界も暗いばっかりじゃなくて、もうなるようにしかならないけど本はなくならないだろうし、そのなかで頑張っていこうよって話していたのよ」と話しを振られ、そのまま3人でお話。

 文芸書も一頃の氷河期を越え、いくらか回復してきたようだ。9月には伊坂幸太郎やその他人気作家の新作が目白押しらしい。

 文芸書に雑誌にその他もろもろの担当を抱え、大変なはずのYさんなのだが「雑誌売るの楽しいね!」と心底売るのを楽しそうに語られると自然とこちらも元気になってしまう。ふと気づいたら10年以上のつき合いなのだが、私は恐らくYさんによって相当救われていると思う。

 そごうブックセンターが紀伊國屋書店になり、あおい書店が出店してから横浜の書店は落ちついていたのだが、この7月、ジョイナスの栄松堂が閉店したり、有隣堂ルミネ店がワンフロア上にあがったりとバタバタ変化しているのであった。栄松堂の後にはリブロが今週金曜日にはオープンするそうなのだが、そうなるとあの栄松堂を贔屓にしていたおじさんたちはどこの本屋さんへ行くのだろうか。

 帰りがけに恵比寿のY書店を訪問すると、ジュリア・ロバーツ主演で映画化される『食べて、祈って、恋をして』(武田ランダムハウスジャパン)がバカ売れしているようだった。うん? この著者のエリザベス・ギルバートって、『巡礼者たち』のエリザベス・ギルバート?

9月10日(金)

 椎名さんの渾身のSF作品『チベットのラッパ犬』(文藝春秋)読了。
 椎名さんといえば当然エッセイや紀行文、私小説作家として多くのファンを獲得しているのだが、『アド・バード』(集英社文庫)や『ひとつ目女』など、そのSF作品も独特な世界観を持っており、私を含め多くのファンがいるのである。

 サイン会に立ち会っていると「またSF書いてください!」とファンから声をかけられるシーンを何度も目撃しているし、それに対し椎名さんがうれしそうな顔をしつつも「SFは書くのには集中力がいるかなあ」と答えているのも何度も耳にしているのであった。SFとは椎名さんにとって一番大好きなジャンルであるから、そこで作品を書くときには相当な覚悟がいるのだろう。

 そうして出版された最新SF作品『チベットのラッパ犬』は、著者本人が「状況設定としては他のSF作家には絶対書けない世界だろうと思う。おっ大きく出たな、と思う人はぜひ読んでくれええ。」と「本の雑誌」10月号で書いているほどの自信作であるのだが、まさに荒廃と猥雑と未知にあふれたシーナワールドが展開されており、読み終わったあとしばし呆然となるほどの世界観であった。

 あまりの興奮にこれは本人に伝えないといけないと思いつつ、夜、M書店Tさんを囲む会で新宿・池林房に向かうとそこで椎名さんがビールを飲んでいるではないか。

 「死ぬまでSFを書き続けてください!」

 突然そんなことを言われて困惑する椎名さんだったが、私は気持ちを伝えられて満足なのであった。

9月9日(木)

 通勤読書は、『切れた鎖』田中慎弥(新潮文庫)。私が今最も注目している小説家のひとり田中慎弥の三島由紀夫賞・川端康成賞受賞作にして、初文庫作品。著者とは同年代なのだが、この"引きこもった"感じというか、閉塞感というか、都市とも呼べない地方都市の暮しというか、そういうものがたまらないのであった。

 今月の新潮文庫は、この『切れた鎖』だけでなく、我が最愛の作家でもある前田司郎の『グレート生活アドベンチャー』や美しすぎる傑作小説集、池澤夏樹の『きみのためのバラ』が並んでおり、どれも単行本を持っているにも関わらず購入&再読してしまった。

 本の感想とはまったく関係ないが、私は埼京線を使って通勤しているのだが、ここ最近、電車のなかで本を読んでいる人がじわじわと増えている気がするのである。毎朝の、首を振って見える範囲での調査だが、必ず5人ぐらいは文庫本や単行本を開いている。もちろん一番多いのは携帯電話をいじっている人だが、携帯ゲーム機よりはずっと多い。ただし毎朝、ほとんど同じ電車の同じ車両に乗っているため、同じ活字中毒者かもしれないが......。

 涼しい一日だったが、社内でダイレクトメールづくりに勤しむ。

 夕方、高野秀行さんと高野さんの探検部の先輩が来社し、1月刊行予定の単行本用写真をセレクト。西サハラの砂漠を、まるで町内を走るかのようにタオルを首に巻いて走る高野さん。それだけでも大笑いなのだが、これが正真正銘のドキュメンタリー映像になっており、そのギャップがたまらない。

9月8日(水)

  • 東南アジア四次元日記 (幻冬舎文庫)
  • 『東南アジア四次元日記 (幻冬舎文庫)』
    宮田 珠己
    幻冬舎
    713円(税込)
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    honto
 もはや呪われているとしか考えられない「本の雑誌」搬入日雨問題。
 ここずーっと雨雲どころか雲ひとつない灼熱の東京だったのに、「本の雑誌」10月号搬入日の本日は台風接近による大雨。カッパを着ながら雑誌を濡らさぬよう運んでいる事務の浜田に、「久しぶりの雨だけど前回降ったのって......」と訊ねると、「『本の雑誌』9月号の搬入日です」との答え。雨乞いのお供え物として「本の雑誌」を売りだしてはどうか。

 その雨のなか完全防備で『月の下のカウンター』の見本を持って、著者の太田和彦さんの事務所へ向かう。他の編集者はどうなのかわからないが、私にとって見本を著者に渡す瞬間はまるで通信簿をもらう生徒のような気分だ。

 著者とはゲラを介して何度もやりとりをしているし、カバーデザインも見てもらいOKいただいているにも関わらず、本という"もの"になった瞬間の評価はまったく違うものになってしまうのはなぜなんだろうか。

 おそらく良い材木を集めただけでは、いい家にならないのと一緒で、いい家を作るためにはいい家の具体的なイメージをもち、そこに必要な素材を集めていかなければならないのだろう。

 袋から『月の下のカウンター』を出し、太田さんにお渡しすると、しばしの沈黙が事務所を包む。胃が痛くなるような瞬間なのだが、太田さんはじっくりと本を見、ページを捲る。デザイナーである太田さんは、"もの"としての本に一段とこだわりのある人だ。

 その太田さんが、本をテーブルに置き、居住まいを正される。
「ほんとうに素晴らしい本を作っていただきありがとうございました」

 その言葉を聞いた瞬間の私の気持ちを言葉にすることはできない。
 ただひとつ思ったのは、編集者としては今がゴールだが、営業としてはこれからがスタートだということだ。いつまでも歓びに満足している場合ではない。

 というわけで、雨のなか営業。

 夜、幻冬舎の編集者Sさんと宮田珠己さんと食事。解説を書かせていただいた『東南アジア四次元日記』(幻冬舎文庫)が、二次文庫とは思えぬ売れ行きを示しているそうで、そのお祝いと『ときどき意味もなくずんずん歩く』(幻冬舎文庫)5万部突破記念。

 エッセイで5万部!と驚く私の隣で、「全然実感がわかないし、生活も......」と嘆く宮田珠己さん。いったいどうしたら宮田さんに満面の笑みをプレゼントできるのか。書いた小説が100万部?!

9月7日(火)

 9月の新刊『月の下のカウンター』太田和彦著の見本が出来上がってきたので、直行で取次店廻り。取次店廻りといえば出版社の営業マンにとってとても大切な仕事であり、ここでその本がどれだけ書店さんに届けられるか厳しい交渉が行われる場なのであった。

 銀行のような窓口になっており、私は自分の順番が来るのを緊張しがら待っていた。すると胸ポケットに入れていた携帯電話がブルブル震える。汗で曇った液晶画面には「父親」の文字が映し出している。朝のこの時間に、父親が電話をかけてくることなんてそうそうないことだ。

 私の両親ももうふたりとも65歳を超えており、いつ何があってもおかしくない年齢である。父親が電話をしてきたということは母親に何かがあったんだろうか。私は順番待ちの席を一旦離れ、エレベーターホールで電話を受ける。

「もしもし父さんだけど」
「ああ」
「今、ちょっと取引先の人が来ているんだけどさ」

 私の父親は小さな小さな町工場を経営している。そこは不況の煽りと中国やアジアの成長をもろに影響を受ける厳しい環境にある。もしや取引先から今後の製品は中国で作るとでも言われたのだろうか。父親の会社は、その発足時からすべて見つめているので私にとっても大事な場所なのだ。そこに何かあったら駆けつけないわけにはいかない。

「いやあのね、その取引先の人がもつ焼き大好きな人でさ、そういえばお前この間西日暮里に美味いもつ焼きがあるって言っていたじゃん。教えてくれよ」

 肩の力が抜けるのと同時に、朝の9時半からロクでもないことで電話してきた父親に怒りを覚える。ただこんなところで親子ケンカをしてもしょうがないので、店名を教える。そこは私が連載をさせていただいている「散歩の達人」で紹介されていたお店だ。

「ああ、菊一ね。住所はインターネットで調べてみ」
「わかった、わかった、お仕事頑張ってください」

 父親はのん気な様子で電話を切るのであった。そこには追い込まれた中小企業の厳しい経営者の様子はまったくなかった。

 昼、冬に出版を予定している宮田珠己さんの『だいたい四国八十八ヶ所』のイラストを担当していただいている石坂しづかさんと打ち合わせ。想像通りの素敵な方で、一緒に本づくりができるのがうれしくなってしまった。

 そのまま営業にでかけ、ひと息つく夕刻4時を迎えた頃だった。また私の携帯電話が震え、「父親」の文字が浮かんでいる。

「もしもし父さんだけど」
「何? 店わからないの?」
「いや店はちゃんとわかってね、そこに行くことにしたんだけど、お前も一緒に行かないかと思ってさ」

 酒の誘いであった。行きたいところだけれど、今日は神宮球場で野球観戦なのだ。

「ああそうなんだ。忙しいねぇ。じゃあお父さんひとりで楽しんできますよ、ハハハ」

 相変わらずのん気に電話を切るのであった。

 まさか野球が6時から始まるとは思っておらず、神宮球場に着いたときには、お互い点が入ったあとだった。試合は追いつ追われる展開で結構面白く、久しぶりに会った横溝くんとビール片手は話が弾む。そうしているとまた携帯電話が震えだし、またも「父親」の文字。今日私の携帯は「父親」以外からの着信はなかったんじゃなかろうか。

「もしもし、私はあなたを産んだ片割れの父さんです」
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ、父さんですよ」

 父親のろれつが怪しい。

「えーっとですね、こういうことはきちとん報告しないといけないと思いまして、電話しているんですがね、私の二人目の息子に教わったもつ焼き屋さんがものすごく美味しくて、今、感動しているんです。いい店を紹介していただきまして、ありがとうございました」

 相当酔っ払っているようであった。

「わかった、わかった。飲み過ぎないで帰るんだよ」
「いや飲み過ぎますね。こんなに美味しいもつ焼きがあったら」
「わかったから。俺、野球、見てるんだよ」
「野球よりもつ焼きだね」

 酔っ払いの電話はしばらく続いたのであったが、外野席から聞こえる応援の音によってそのほとんどが聞こえずに終わったのであった。

 そういえば、高野秀行さんの爆笑インタビューが載った「酒とつまみ」第13号が出たのであった。

9月6日(月)

 横溝青年から郵便物が送られてくる。
 中身を確認すると明日のヤクルト戦のチケットであり、今回は「雨天予備券」の文字もなく間違いないようだ。良かった良かったと財布にしまおうとすると、事務の浜田が覗き込んでくる。

「杉江さん、それは明日の券ですか?」
「そうそう、横溝がおくってくれたの」
「杉江さんと横溝くんは確かに仲が良かったと想いますけど、私も横溝くんの面倒を結構見たと思うんですよ」
「そうだね。あの頃助っ人学生がいっぱいいて大変だったもんね」
「だったらそのチケット私が貰ってもいいんじゃないですか?」
「へ?」
「私、ヤクルトファンなんです」
「えっ? 確か桑田が好きで巨人ファンじゃなかった? 浜本さんと一緒で」
「巨人ですか? もう忘れました。いろいろあって、今はヤクルトなんです! ファンクラブにも入っているし、つば九郎だって大好きなんです。しかもバックネット裏なんて!!」

 そう言って浜田は、財布に入れようとする寸前のチケットを引っ張るのであった。
「やめなさいって。切れちゃうでしょう」
「ウガガガガ!! ガルー」

9月3日(金)

 常磐線を営業。
 松戸の良文堂書店さんでは、恒例となっている出版営業ガチンコ対決のフェアが始まっており、私も末席ながら参加させていただいているのであった。ただしこのフェアは、売り上げが悪かった出版社は次回参加券を剥奪されるという恐ろしいフェアであって、思わず自分で本を買ってしまいそうになる。matudo.JPG

 続いて柏のA書店さんを訪問。児童書担当のIさんとお茶を飲みながら話す。「なかなか本が売れないよねぇ〜」どこにいっても話題は一緒だ。

 夜、はらだみずきさんと「サッカーストーリーズ」の連載の打ち合わせ。
 連載も21回を迎え、当初の予定では24回だったのだが、あと3回プラスして27回で終了の予定。しかしこのグラウンドで起こる様々な「サッカーストーリー」をこれからも書き続けていただけるようお願いす。


9月2日(木)

 朝、新聞を見て、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店のオープン日だと気づく。
 営業マンとして失格ではないかと屋根裏部屋から叱られているような気がしたが、オープン日に新聞に全段広告を出すなんて相当な気合の入りようだ。

 というわけで午後、時間を作って訪問してみると、そこはあまりに広い本屋さんであった。坪数でいえばもっと広い本屋さんはたくさんあるのだが、やはり1100坪ワンフロアーは広い。思わずサッカーボールを蹴り出したくなってしまうほど広い。

 お店の方はジュンク堂にしては面陳が多いというか、担当者さんが「まだ来ないで〜」と叫んでいたように、作り込みはこれからということなのだろう。

 しかしいつまでこの「広さ」が売りになる時代が続くのだろうか。
 都心部はもうすでに飽和状態であり、郊外ではこの広さを維持する売り上げがあるとは考えにくい。しかもネット書店を使えばどこでも専門書が手に入るようになってしまっており、そろそろその時代は終焉に向かっているのではなかろうか。

 このMARUZEN&ジュンク堂のある東急本店にお客さんがまったくいないのと同じようなことが書店で起こるのではないか。だからこそ、MARUZEN&ジュンク堂には次なる段階の大型書店の未来を見せて欲しかったのだが、今回の渋谷店は今までどおりのお店であった。

 いろんなことを考えながらお店を出ると、正面は以前ブックファースト渋谷店のあった場所だった。大型店でありながらかなり手のはいった棚を作っていたブックファースト渋谷店。あの充実度が懐かしい。そしてそれを作っていたのは書店員=人だったのだ。

9月1日(水)

 相変わらず『キムラ弁護士、小説と闘う』の注文が止まらない。

 『ひとつ目女』以来の椎名さんの新作SF『チベットのラッパ犬』(文藝春秋)を読み始める。冒頭から「知り球」やら「人造スルべ肉」だの異世界辺境感たっぷりのシーナワールド全開で、仕事をサボって読み進めたいところ。上司の本を読んで仕事をサボった場合、私は怒られるのだろうか。

 元・助っ人アルバイトの横溝青年から電話。
「炎の営業日誌10周年おめでとうございます! 僕がちょうど今年就職して10年なんで、ちょうど僕が卒業する年に書き出したんですね。それをずーっと続けているなんてすごいですよ」

 そう言われてみると本当に長い時間書き続けてきたんだなあと実感がわく。

「それでお祝いじゃないんですけど、杉江さんの好きなヤクルトスワローズのチケットが手に入ったんで、一緒に行きませんか?」

 横溝青年は年に一度くらいどこかで手に入れてきたボックスシートのチケットを私に送ってくれるのだが、しかし......。2008年5月27日の日記にあるとおり、信じられないぐらいおっちょこちょいをやらかす男なのである。

 もしやまた「雨天予備券」で誘っているのではなかろうか。もしそうならここ1カ月雨が降った記憶がないから、そのチケットで野球が見られるとは思えない。

「お前さあ......」
「いや大丈夫です! 今、僕、チケットを前にして話してますから。9月7日、東京ヤクルト対広島、間違いありません」

 結果は9月7日。

★   ★   ★

 とある書店を訪問し、ここ数カ月何だかお店がものすごくよくなっていることを不思議に思っていたのだが、店長さんが変わっていたのだ。オーソドックスな店作りながら、棚整理がきちんとされており、接客もしっかりしている。ベテランの店長さんの背筋を伸ばした姿勢そのままのお店で、なんだかうれしくなってしまった。

 そういえば先日書店員さん3人と待ち合わせするのに、丸善お茶の水店を待ち合わせ場所にしたのだが、入ってきた書店員さん3人が3人とも開口一番「きれいだなあ」と呟いたのには笑ってしまった。

 ここでいうきれいとは棚や内装が新しいことではなく、本がきちんと積まれ、並べられていること、また視界を考えたレイアウトしていることを指しているのだ。きれいでいられる理由はただひとつ、それだけ書店員さんが本を触っている、ということだろう。

 きれい、というのはお客さんの購買意欲を上げる大事なもののだと思うのだが、人が減らされる一方の書店さんでは、なかなかそれが出来ないのも現状だ。

★   ★   ★

 啓文堂府中店で見つけた『勝手にふるえてろ』綿矢りさ(文藝春秋)のPOPが、イラスト入りで素晴らしい。また好例の「おすすめ文芸書大賞」の予選が始まっており、候補作は『 ロスト・トレイン』中村弦(新潮社)など絶妙なラインナップであった。

★   ★   ★

 夜、飯田橋で深夜プラス1浅沼さん、お疲れ様会。
 最後の最後まで浅沼さんは浅沼さんだった。
 戻って来て欲しい。いや戻ってくる場所を探さないと。

8月31日(火)

  • 散歩の達人 2010年 09月号 [雑誌]
  • 『散歩の達人 2010年 09月号 [雑誌]』
    交通新聞社
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 深夜プラス1閉店の日。
 浅沼さん、ほんとうにお世話になりました。

★   ★   ★

「散歩の達人」の次回分の原稿を送ると編集長の山口さんから原稿OKとともにこのような文章のついたメールが届いた。

「ところで先日、永江朗さんから取材を受けまして、散歩の達人って自由ですよね、いろんなことができて。とくにこの、杉江さんの連載はちょっとすごいですよね...、と言われてしまいました。」

 永江さんが指摘しなくてもその「すごさ」は書き手の私が実感しており、毎号届くたびに強烈な違和感を楽しんでいるほどだ。なぜに散歩にレッズ? 連載前に私がひねり出した回答は「散歩も浦和レッズも日常のなかの非日常」なのであったが、一生懸命説明する私を山口さんはまったく聞いていなかった。ビバ!自由!

 というわけで次号あたりからもう少し「散歩の達人」に擦り寄って、「炎の散歩迷子マラソン」という企画にしてはどうだろうか。特集を組む地に私が行って、地図も何も見ずに走りだし、どこにたどり着くか。迷う自信は満々だが、帰ってくる自信はまったくない。その場合、原稿は書けなくなってしまうがどうだろうか。

8月30日(月)

  • キムラ弁護士、小説と闘う
  • 『キムラ弁護士、小説と闘う』
    木村 晋介
    本の雑誌社
    1,760円(税込)
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 誰よりも早く出社して、まず最初にするのは冷房のスイッチを入れて、「急」「26度」に設定することだ。その後は、お湯を沸かし、コーヒーを入れている間に、みんなの机を雑巾がけをする。

 その頃にはゴボゴボとコーヒーが入り、おもむろにコピー機併用のFAXを確認する。注文書、返品了解書、校正の戻しなど月曜日は結構な山になっている。それを分類していると妙に『キムラ弁護士、小説と闘う』の注文が多いことに気づく。なんだろう。

 その後はパソコンに向かってメールチェック。朝イチでメールを読むなというビジネス書があったけれど、朝しか机に向かえない私は、朝メールをチェックするしかない。

 メールで届く取次店からの注文にも『キムラ弁護士、小説と闘う』が二桁注文で入っており、これは何かがおかしいと、あわててamazonの販売データを確認する。すると、おお! なんじゃこりゃという数のお客さんからの注文が入っており、ひっくり返る。

 そうこうしていると事務の浜田が出社し、そして書店さんからの電話の注文も入りだす。みんな『キムラ弁護士、小説と闘う』の注文だ。

 なんだなんだ何があったんだ!? と騒いでいると、浜田がどこかから調べてきたのか昨日の「読売新聞」で紹介されたらしいと報告してくる。

 毎日曜日の午後、近所の図書館に行って、子どもの本を借りるついでに各紙の書評欄をチェックしているのだが、昨日は午後にサッカーの練習があり、図書館に行けなかったのだ。あわてて、会社の近くの図書館に浜田を向かわせ、コピーしてきてもらう。

「本のソムリエ」という読書相談のコーナーで、嵐山光三郎さんが「学生時代のようにとびっきり夢中になれる本を紹介してください」という質問に、『キムラ弁護士、小説と闘う』がいいでしょうと回答しているのであった。

 いやはやありがとうございました。
 重版した『活字と自活』といい、改めて新聞の影響力を思い知る。

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 しかしこうなってみると「営業」とはいったいなんだろうか。

 売れるときはこうやって勝手に売れていき、私はまったく苦労せず電話を取ったり注文の差配をしていればいいのである。今日一日、いやこの何週間か暑い中外を歩いて注文をとった数をたった一日で売り上げてしまうだろう。

 ならば売れないときこそ営業の力を、とはいうものの、売れないもんはどうしたって売れないし、なんだか売れてうれしい反面、自分の無力さを痛切に感じた一日なのであった。

 出版社はもしかしたら営業に力を入れるより、広報に力を入れたほうがいいのではなかろうか。その辺で成功しているのが、実は今元気がある出版社といわれているミシマ社なのではないかと私は考えている。

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