11月22日の日記には珍しく読者の方から「笑った」と感想が届いたり、友人知人から「バカじゃないか」とメールが何本も来た。中には「方向音痴の男って最低だよね」と屈辱的な言葉を投げかけてくる女性もいたし、ドラえもんの「ムリヤリトレパン」を履いていたのではと指摘してきたのは高野秀行さんであった。
ちなみに私は方向音痴ではなく、過去に迷ったのは神戸の町でホテルから出てレストランを探していたら、いつの間にかホテルに戻っていたことと、毎年行く海に一度もUターンせず着いたことがないくらいである。それ以外は営業中に書店が見つからず右往左往するなんてことはまったくなく、「本」という看板を本能的に察知する能力があるといってもいいぐらいである。
いや、ふと思い出したのであるが、先月池袋で書店さんと酒を飲む時、飲み会の場所であるスペイン料理屋が見つからず、30分ほど遅刻したことがあった。ただしあれは私が方向音痴なのではなく、地図が悪かったのだ。
それにしてもなぜ地元で道に迷ったのか。
それは私だって不思議なのである。
そこで自分の走ったと思われるコースを地図で詳細に検討したのであるが、そこで衝撃的事実が判明したのである。私が3本平行に流れていると考えていた川が、実際には2本と1本に途中で分かれ、私が目指した向こうの川は、大きく曲がって東へ向かい、私がずっと真っ直ぐだと思って走っていた川もかなり蛇行し、西にそれていたのである。しかも真ん中を流れる芝川は支流をつくり、3本が4本になっているではないか。
ということはその流れは並行どころか反比例のグラフのようにかけ離れていたわけで、もはやそれは私の知っているさいたまではないのである。だから私が方向音痴なのではなく、私の頭のなかにあるさいたまの地図が間違っていただけなのである。
川は危険だ、と考えていたら『東京マラソンを走りたい ギャグ漫画家50歳のフルマラソン』喜国雅彦(小学館101新書)で、喜国氏も荒川沿いを走りながら道に迷っていた。途中で違う川になっていたらしい。しかし喜国氏は携帯GPSで近くの駅を探し無事帰宅したそうだ。
むむむ。携帯GPS? そんなものを使ったら探検にならないではないか。私が目指すマラソンは、単独無酸素初登走これ以外にない。前人未到のマラソンだ。山野井泰史よ、待っておれ。そして、その先にあるのはサバイバル登山家の服部文祥だ。目指せ! サバイバル・マラソン。
事務の浜田は書店さんから注文の電話があるたび「どうしてですか?」と聞いている。それは売れたからか、売れると思うからか、売りたいからか、いまそこでお客さんが欲しがっているかどれかなのに、彼女は人間不信というか出版不信に陥っており、注文があることが信じられないらしい。
しかし「本の雑誌」12月号の注文がやたら多いのはよくわからない。本日も京都のJ書店さんから売り切れちゃったので追加しますと電話注文があったのだが、いったいなぜ? 実際のところ売れてる理由は、出版社にもよくわからないのである。
午後から営業。
昨日、今日と新刊ラッシュで、声をかけようとする書店員さんの前にある台車の上には本の山。何軒かのお店では在庫だけチェックし、声もかけずにお店を後にしたが、秋葉原のS書店さんではライトノベルとコミックの事情を事細かにうかがう。文芸書もマスではなく、マニアを狙う(育てる)必要があるのではないか。
夜は、平井の名居酒屋、豊田屋で酒。
昨年末、我が師匠であるY書店のMさんとこのお店のアンコウ鍋を肴に忘年会をしたのだが、そのボリュームと安さと美味さに驚き、相棒とおるに写メールを送ったのであるが、そのことを一年経った今もとおるは覚えており、寒さが厳しくなってきた先週、連れて行け!とメールしてきたのであった。
6時半にお店のドアを開けるが、店内は満席で、とおるは泣き出してしまったのであるが、あまりに不憫の思ったのであろう店主が、空いたら電話しますよと、駅前のドトールで待つこと一時間。山口瞳流に言うならば「豊田屋のアンコウ鍋を食わなきゃ冬が来ない」と言ったところか。
二人で飲んで食って4500円! 割り勘で払おうとしたら「一年間いっぱい本を借りたお礼」ととおるが払ってくれた。ありがたや。
通勤読書は、『ユダヤ警官同盟(上)』マイケル・シェイボン(新潮文庫)。久しぶりの翻訳ミステリに、文体と世界観が頭に入ってくるまでしばらく時間がかかる。この先は面白くなるのだろうか。
蒲田など京浜東北線を営業。この一体はなぜかホームに降りたときに方向感覚を失う4次元エリアで、私は何度も反対方向の電車に乗ってしまう。気をつけろ。
夜はじわじわと始まりだした忘年会のひとつ。ある書店員さんの言葉が心に残る。
「もう自分のお店のことだけで精一杯」
本屋大賞も数年遅れていたら立ち上げることができなかっただろう。
通勤読書は、『酒肴酒』吉田健一 (光文社文庫)。どんだけの胃袋をしているんだ!とビックリするほど飲み食いされているが、いちばんたまらないのはその独特な文体と本質を付いた鋭い文章だ。作家の酒といえば、そのままずばりの本が出ていた。『作家の酒』コロナ・ブックス編集部(平凡社)。素晴らしい。
12月7日搬入の『おすすめ文庫王国2009年度版』の事前注文〆日が迫っており、師走の前に営業は走る。
明日、23日はさいたまシティーマラソンで、私はこれに娘のサッカー仲間と走ろうと考えていたのだが、まだハーフ・マラソンどころか、15キロ以上走ったことがなく、まあ簡単に言えばチキンなハートに負けて、申し込みできなかったのである。
その悔しさというか、しょぼさというか、まさに自分らしい姿に嫌気がさし、前日、ランニングに出かけた。日曜日のランニングは、『マラソンは毎日走っても完走できない』小出義雄(角川SSC新書)の教えどおり、スピードではなく距離を長くはしることを目標してスタートした。だから私の走るコースのうちの15キロをコースを選んだのだが、何の気なしにいつものコースを逆回りで走り始めた。
5キロほど走った頃だろうか。いつも気付かなかった橋が目の前に見えてきた。私が走っているのは見沼代用水という江戸時代に灌漑された川沿いなのだが、その橋はその真ん中を走る芝川を渡る橋であった。あっちへ行けば大宮だ、確か向こう側にも水路があり、並行して走っているはずだから、その水路を走って帰ろうと方向転換したのである。そこまでは「ぶらり途中下車の旅」であった。今まで存在を知らなかった神社などを発見し、石段を駆け上がったり、ラン園などを見ながら心地よく走っていた。
ところが私があるはずだと考えていた、反対側の水路はいつまで走っても見当たらず、これはもしかすると頭のなかにある地図と実際の地理は違うのではないかと考え出したときには、時既に遅し。方向感覚もわからなくなっており、目印になるはずの建物も見えなくなっていた。完全に迷ってしまった。
そうは言ってもさいたま市である。走っていれば知っている所にでるだろうと、適当に走り続けていたのだが、いつまで経っても見覚えのあるところが出てこない。電信柱の地名を見ても見慣れぬ地名で、それがさいたま市のどの辺なのかまったくわからない。そこで気付いたのだが、車で道に迷ったときは何分か走らせていれば国道や太い道にぶつかって自分の位置関係がわかるものなのだが、ランニングの場合、30分走っても私の場合移動距離はたったの5キロなのである。ひとまず川を見つけたのでそれ沿いに走ればいつか付くはずだと思ったのだが、川の流れが私の想像と逆だと気付いたときには、すでに迷って30分以上が過ぎていた。
これはもしや遭難というのではないか。あたりは日が暮れはじめ、しかも街灯もないようなところである。
とにかく車の通る道に出て、道を尋ねようと走り出すが、そういう道にでるまでまた15分はかかった。ところが道に出ても歩いている人はおらず、びゅんびゅん通り過ぎて行く車ばかりである。もはや気分は「田舎に泊まろう」だ。
やっと人影を見つけたのは、ボックス型の精米所で、親子が唸り上げる精米機にお米を投入していた。助かったと、扉をノックし、「すいません、走っていたら道に迷っちゃって」と声をかけると、振り向いたのは外国人であった。東南アジア系のおっさんで、どうして私は私の地元さいたまで外国人に道を聞かなければならないのか。しかし仕方ない。まさかここであっ、いいですとは言えず、わからないだろうと思いつつも道を尋ねる。
「東浦和駅ってどっちですかね?」
「ヒガシウラワですか? この道をまっすぐいくとコクドウ122ゴウセンにぶつかります。そこに看板がデテマスカラ」
この道を真っ直ぐ......。私は右の方だと思うんだけど、違うのか。しかも国道122号は全然違うのではないか。やっぱりこの外国人は適当なことを言っているんじゃないか。いろんな想いが私のなかで芽生えたのあるが、今はこの人を信じるしか、まさに道がない。というわけで言われたとおり真っ直ぐ走り出したのであるが、やっぱり外国人である。日本語が達者だったが、どう考えても私よりさいたまに詳しいわけがない。
しばらく言われたとおり道を走ったが、何だか不安であるし、思ったような場所に出て行かない。ちょうどそのときビニールハウスの手入れをしている若夫婦がいたので、また道を聞くことにした。
「あの〜ランニングしていたら道に迷っちゃって」
頼む、笑わないでくれ。笑いたい気持ちはわかる。俺だって庭先でこんな風に話しかけられたら笑ってしまうだろう。でも当事者の私は笑うどころか泣きたい気分なんだ。
「あっそれだったらその先の信号を右ですね」
笑いをかみ殺しつつ、旦那さんが教えてくれた。ありがとう、やっぱり外国人は間違っていたのね。まるでゴール直前のランナーのように私はスピードを上げて、その先の信号を目指した。しかしその信号の上には方向を示す青看板が出ているのであるが、まっすぐが埼玉スタジアム・越谷で、右折は大宮なのである。おい! 俺が行きたいのは浦和であり、東浦和だ。まあ、最悪、埼玉スタジアムまで行ければ、帰路はわかるのであるが、自分のいる位置が分からない以上、そのT字路から埼玉スタジアムまでの距離がわからない。ずーっと先かもしれないではないか。
その時点でもうとっくに日は暮れており、私は家を出てから一時間半が過ぎていた。走った距離は15キロを超えたであろう。過去最長ランニング距離更新は間違いないのだが、もしかすると家族が心配して捜査願いを出しかねない。あの徘徊老人のように、市内中に響き渡るスピーカで呼び出されるの勘弁して欲しい。
「赤いジャージを着た38歳の男性が、夕方より行方不明になっております」
それよりも私は外国人が言ったどこまでも真っ直ぐか、若夫婦が言った右か選択しなければならない。どうしたらいいんだ......としばし立ち止まって考えていると、路線パスが通った。それは私が日頃使用している駅から出発しているはずのバズで、そのバスは大きな敷地のなかに吸い込まれていった。そここそが、バスの終点であり、操車場であった。私は走って(いやずーっと走っているのだ)、その操車場に入り、バスの運転手に道を尋ねた。だから笑わないでくれって。
結局、私は浦和と大宮の間におり、私が考えた場所より、ずーっと岩槻よりにいた。そして外国人が教えてくれた道も、若夫婦が教えてくれた道も間違いではなかった。どっちからも行けたのだ。
さて、そこからバスに乗って帰れば楽なのであるが、私は一銭も持っておらず、というか何も持たずにランニングしているため、迎えにきてもらうこともできない。バスの運転手に地図を見せてもらい、最短コースを教わると(それはバス路線だった)、そこから約一時間かけて私は家に着いた。
走り始めて2時間半。距離にしたら25キロぐらいだろうか。ハーフマラソン以上である。
さぞや家族も心配しているであろうと思ったら、妻と子どもたちは風呂に入っており、みんなで「忍たま乱太郎」の主題歌「勇気100%」を歌っているではないか。
ホッとして座り込んでしまったが、何だか家の様子が変である。今までと違うような気がする、というか私自身が何だか変なのである。ここは本当に私の家だろうか。まるで宇宙人に連れられて、金属チップを埋め込まれたような気分であった。
「ウオーーーーー」
まるで漫画の吹き出しのような雄叫びを実際にあげたのは、昨年末出版サッカーバカ飲み会で出会ったレッズサポ、大宮L書店のNさんである。いつもひとりで見ていると聞いたので、だったら一緒に見ませんかと誘い、今年から我がレッズバカランドに仲間入りしたのであった。
そのNさんが、絶叫したのにはもちろん理由があって、後半ロスタイム、それも残り3秒くらいのところで、浦和レッズFW・エジミウソンが放ったミドルシュートが、ジュビロ磐田のゴールネットを揺らし、大逆転勝利が決まったからだ。
その日の試合は前半を1対0で折り返したものの、後半立て続けに失点し、1対2となっていた。そこから始まった我が浦和レッズの大反撃。エジミウソンが、その日2点目のゴールを82分に決めると、スタジアム全体が狂ったようにチームを後押しし出した。みんなの気持ちはただひとつ。あきらめないこと=ブライド・オブ・浦和。
そして最後の最後に掴んだ勝利。
私は、N氏と抱き合ったが、その瞬間また別の人が押し寄せてきて、もはや自己と他者も、精神と肉体の区別もつかない、まさにWe are Reds。
「あー泣きそう」
みんなが自分に戻ったときNさんはそう呟いたが、私の足下のコンクリートは、まるで雨の降り始めのように、灰色の小さなシミが出来ていた。
★ ★ ★
「これがあるからやめられないのよ」
先日、中学校時代からの親友を亡くし「私もいつ死ぬかわからない」と落ち込んでいた69歳の母親が、約一ヶ月振りの笑顔になる。
おそらくこの日、J1昇格をぐっと引き寄せた湘南サポも、前節まで1位だった川崎フロンターレを破った大分サポも、待望の勝利をあげたジェフ千葉サポもみんなそう思っているだろうし、海外ではアーセナルに勝利したサンダーランドのサポータも同じ想いでスタジアムを後にしただろう。
「これがあるからやめられないのよ」
横浜を営業した後、川崎の丸善さんで高野秀行さんと待ち合わせ。
「君は高野秀行を知っているか」フェアを開催していただいているお礼。ビデオと小冊子と高野秀行の最高傑作のひとつで、文庫化されたばかりの『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)が大変な評判だとか。そして搬入になったばかりの『放っておいても明日は来る』の塔が建っていた。
夜はそのまま「本の雑誌」の座談会収録。マニアの恐るべき実態を知るが、同席していた坪内祐三さんから「杉江さん」と名前で呼んでいただいたことに感激し、帰宅後、『一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』 (文春文庫)を再読。1971年生まれの私であるが、大変面白い。
何気なく読み出した『青江の太刀』好村兼一(光文社)が面白く、電車を乗り過ごしそうになる。タイトルと帯にデカデカとある「生きるためにはこれより他に道はない」からすっかり北方謙三のようなハードボイルドな時代小説と思って読み進めていたのだが、良い意味で裏切られた。ここに描かれているのは「己の欲に翻弄される武士の誇りと悲哀」や「滑稽でせつない男」のユーモア溢れる短編集で、なんとなくテイストは奥田英朗の『イン・ザ・プール』に似ている気がする。
そして短編でありながら、ストーリーは2転3転するので目が離せないし、武士や江戸時代に対しての知識も深く、著者略歴によると好村兼一氏は剣道の最高段位八段とのことで、剣術や剣についても大変詳しい。うー、これは既刊の『侍の翼』(文藝春秋)と『伊藤一刀斎』(廣済堂出版)も読まねばならぬ。時代小説の書き手発見!な気分である。
『放っておいても明日は来る』高野秀行+とんでもない奴らは無事搬入となる。
私にも明日が来ますように。
午後から新潮社へ浜本と取材に行く。
新潮社は社食にしても、パンダにしても、それから今日聞いた話にしても、なんだか謎多きオモシロ会社で『本の雑誌別冊 新潮社読本』というのを作ってみたい。
そのまま神保町を営業した後、浅草橋の「酒とつまみ」社へ。
『今夜もイエーイ』の大竹聡さんと次なる連載の打ち合わせ。あやうく連載タイトルが『明日もワーオ!』になりそうになるが、それはまた別の機会に取っておくことにして、今度の連載は「神田、上野、浅草ぶらりぶらり」の予定。
打ち合わせの後は、γーGTPが892と大躍進した(『今夜もイエーイ』制作時は535)大竹さんと酒とつまみ代表ナベさん、そしてなぜか酒と聞いて笹塚から駆けつけた事務の浜田と浅草橋・西口やきとんで、大酒。本日の議題は、なぜ酒とつまみ社に美人の事務員がいるのか? であった。事務の交換トレードを申し出るが、断られてしまった。
昨夜家に帰ると妻がコタツに入りながら近所の書店のカバーがかかった文庫本を読んでいた。
よくある風景かもしれないが、我が妻は愛読書が生協のカタログと折り込みチラシという本と無縁の生活をしている人間なのでビックリして、漫画のように目をこすってしまった。夢じゃない。
まあそうはいってもダイエットとか節約とかその手の実用文庫だろうと思いつつ、妻が味噌汁を温めにいった隙に確認すると、なんと山崎豊子の作品であった。
「ど、どうしたの小説なんて読んで」
「え? だってあんたと娘でいつもバカにするじゃない。」
「そりゃそうだけど、読めんのか」
「読めるよ」
「面白いか?」
「まだ読み出したばっかりだからわからないわよ」
しかし私の手にある本は、なぜか映画で大騒ぎしている『沈まぬ太陽』でもなく『白い巨塔』でもなく『華麗なる一族』でもない。『暖簾』である。なぜ?
「だって他のはみんな何巻本だし、それになんていうの、有名なのから読んだら書いている人に失礼かなと思って」
「失礼って......」
「最初の作品から読むんじゃないの? 小説って」
そういえば先日蓄膿症で一週間入院したとき、さすがに暇だろうと我が最愛の小説でもある『アカペラ』山本文緒(新潮社)を貸したのであるが、その感想は「よくわからなかった」なのである。えっ?! と驚いて理由を正すと「この話つながってんの?」というではないか。日頃小説を読まない妻には中編集とか短編集というのが理解できなかったらしい。本はぜんぶひとつの話が繋がっていると思って読んでいたのだ。
でも、なんで山崎豊子?
「テレビでやってるし、なんか本屋さんにいっぱいあったし」
「いっぱいあると買いたくなるの?」
「そりゃ売れてるからあるんでしょうよ。私だって書店員だったからそんなことはわかっているのよ」
もう夫婦の会話ではなく、マーケティングしている気分である。
そして私は気付いたのである。
今まで何度か妻が本を読もうかなと言った時に、私はいわゆる家族小説や少年小説やスポーツ小説といった一般小説を渡してきたのが、もしかするとこういう本を読み慣れていない人にはミステリーのような、謎という原動力のある本が良かったのかもしれない。謎を解くためにページをめくる。そういえば娘が日頃読んでいる青い鳥文庫も探偵ものがいっぱいだし、ルパンやホームズから本の世界にどっぷりつかった人も多い。
私が食事をしている間も、妻は文庫本を手に夢中になって読んでいるようであった。こうなったら私はミステリーが弱いので、妻をミステリーマニアに育ててみるか。そんなことを考えていたら妻が顔を上げて聞いてくる。
「あんたの部屋にある『IN』ってさ、ずーっと昔に読んだ『OUT』の続き? 面白そうだよね」
妻よ、あれは違うのです......。
通勤読書は『女流阿房列車』酒井順子(新潮社)。新潮社の鉄道オタクが組んだ東京の地下鉄を一日で全部乗るとか鈍行列車に乗っていちばん遠くまでいくとか「鉄道苦行旅」を「ゆるい鉄道ファンである」著者が実践する。
六本木の青山ブックセンターを訪問すると「恩田陸さんの本棚」というフェアが開催されていた。この「本棚」フェアの歴代のものを並べただけで雑誌の特集になるのでは。
恵比寿の移動するとつい東京写真美術館で開催されているセバスチャン・サルガドの写真展へ足が向いてしまいそうになるが、ぐっとこらえて営業を続ける。
通勤読書は『マラソンは毎日走っても完走できない』小出義雄(角川SSC新書)。
Qちゃんを育てた小出監督のトレーニング論。私は決してマラソン出場が目標なわけでもないし、完走にも興味がないのだが、何となく一年もランニングをしていると、走るということに興味が湧いてくる。というわけで初めてその手の本を読んだわけだが、結構勉強になった。一週間のトレーニングにメリハリが必要なのだな。
総武線、東西線を営業。
私の好きな山下書店行徳店を訪問すると店長のFさんが、文庫の棚を入れ替えていた。
こちらのお店は行徳駅の改札を出てすぐ脇にあるのだが、「うちはほとんどが常連さんなんですよ」とFさんが話すとおり、いわゆる地元の町の本屋さんである。
そういうお店の棚造りというのはどういうところなんだろうと訊ねると「入れ替えていくのがやっぱり大切ですね。人気の出てきた作家の文庫も一ヶ月半ぐらい平積みしたら、別の作家に入れ替える。そういうことを怠るとてきめんに売り上げが下がるので、毎日いろいろ動かしてます」とのことだった。昔の書店員さんは棚を耕すと言っていたが、そういうことなんだろう。
夕方会社に戻ると高野秀行さんが来社。
『放っておいても明日は来る』のサイン本予約分にサインしていただき、ささやかながらの打ち上げ。
「この瞬間がいちばん嬉しいよね」と高野さんは話すが、営業でもある私は、半年後ぐらいの数字が出た瞬間がいちばん嬉しくもあり、怖いものだ。重版かけられますように。
直行で『放っておいても明日は来る』の見本を持って取次店を廻る。
取次店の窓口は銀行の窓口のようになっていて、出版社の営業マンは番号札を取ると、椅子に座って自分の順番を待つ。著者とその出版社以外の人が、その新刊を初めてみる瞬間なので緊張するが、まあ基本的には書名や著者名、コードなどに間違いがないか、そして初回部数の相談などが主なので、その本自体の内容が問われることは少ない。
しかしとある取次店の担当者さんは、ペラペラとめくった後「はじめに」を熱心に読み出すと「これ面白そうですね」と話しかけてこられた。うれしい。嬉しすぎる。
その後、某氏の読書ノートを取材させていただく。2月号の特集は読書ノートなのであるが、この方、なんと3つもの読書ノートを使い分けているのだ。
取材が終わって時計を確認するとギリギリ市ヶ谷の地方小出版流通センターに間に合いそう。今日は午後にこれまた別の取材が入っているので、明日に回そうとしていたのだ。というわけで市ヶ谷の坂を駆け上って、地方小さんへ。そしてまた駆け下りて、神保町へ。永江朗さんと取材。
俺、働き過ぎなんじゃなかろうか。
夜、『放っておいても明日は来る』の見本が出来上がってくる。
これが2009年の私が企画・編集した本の最後の一冊なので、今年一年に作った本を一同に並べ平積みしてみた。
『尾道坂道書店事件簿』児玉憲宗
『SF本の雑誌』
『今夜もイエーイ』大竹聡
『スットコランド日記』宮田珠己
『放っておいても明日は来る』高野秀行
営業をやりながら、年5冊は立派なのではなかろうか。
以前であればひとり営業部自問自答会議を毎晩開催し、ぼやきの部長とまじっすか平社員の脳内会議をしていたのであるが、今は編集者と営業マンのひとり出版部会議を繰り広げている。
営業マンである私が、編集者に求めるのはただひとつ。その本を出したい意気込みである。その意気込みを書店さんに売り込むのが営業だと思っている。私たち営業が売っているのは本ではなく編集者のプライドなのだ。
だから作り手が変にマーケティングした本なんて売りたくないし、売れるわけがないのである。マーケティングする、すなわちそれは類書があるということで、それは類書の8掛けは売れるかもしれないが、所詮2匹目3匹目のドジョウであり、再生産なのである。
そんなことをしている暇があったら、自分が狂っちゃうほど好きな本を作ればいいのである。誰かひとりが狂うなら、他の人も一緒に狂うかもしれない。もし狂わずに独りよがりで終わったら、しばらく旅に出ればいいのだ。十年経ったら時代が追いつくかもしれないし、それでも時代が来なかったら足を洗って違う仕事につけばいい。
......と偉そうに言っていれば良かったのであるが、今はその言葉が自分へも突きささってくるのである。
「この本作りたいの?」
今年作った本も、今まで作った本も、来年作る本も私は大きな声で「イエス!」と答えるだろう。作りたい本を作る。それをいっぱい売る。それが本の雑誌ひとり出版部の目的だ。
私はヤクルトファンなのだが、なんとなく『なぜ阪神は勝てないのか?』江夏豊×岡田彰布(角川oneテーマ21)を読む。岡田の後を継いだ真弓阪神に言いたい放題の対談なのだが、いやはや岡田というのはそんなすごい選手&監督だったのだろうか。
真弓には、是非とも来年優勝して『岡田はそんなに偉いのか?』という新書を出して欲しい。
しかしもしこういう本が浦和レッズバージョンで出たら読みたくない。夢もなにもないんだもの。いくら事実だったとしても夢を売るのがプロなんだから、夢を壊すようなことを言っちゃいけないと思う。
ところで丸善川崎ラゾーナ店では、大好評だった「君はエンタメ・ノンフィクションを知っているか?」フェアに続いて、「君は高野秀行を知っているか?」フェアを開催。高野さんの著作はもちろん、高野セレクトの推薦本80点と秘蔵映像を放映しているとか。ぜひ、高野ファンは川崎へGO。
午後、東京創元社へ伺い、作家の読書道インタビュー。そのまま営業に向かい、青山ブックセンター本店さんなどを訪問。夜、会社に戻ってデスクワーク。
家に帰ってからランニングした後、録画しておいたBS朝日の「日本風景遺産」<秘境・秋山郷の山里の暮らし その1春・夏編>を見る。
鈴木牧之の『北越雪譜』(岩波文庫)や『秋山記行・夜職草』(東洋文庫)を読んで以来、私の住みたいところナンバー1の場所なのである。私はこういうところで晴耕雪蹴で、朝は畑を耕し、夜はスカパーでサッカー三昧の暮らしをするのが夢なのである。
食い入るように見つめていると、隣で妻が「きれいなとこだね」とつぶやいた。
どうやって話をもっていけば移住を許してくれるだろうか。
その列車は、戸田公園駅で止まった。
そのまままったく微動だにせず、1時間が過ぎた。
動かない電車ほど役に立たないものはないし、戸田公園という中途半端な場所も始末に悪い。
「信号機故障により埼京線は運転を見合わせております。つきましては蕨駅行きのバスへの振替乗車をしておりますが、バスは1時間に3本の上、蕨駅までは30分ほどかかります。また1台に80人ほどしか乗れませんので、ご了承ください」
私はいったいどうしたらいいんだ。電車が動き出すのを待つのか、それとも乗れるかもわからんようなバスを待つほうがいいのか。人生は常に決断である。
結局、試験運転で動き出した反対方向行きの電車に乗り換え、改めて振り出しに戻って、京浜東北線に乗り込む。そのまま急遽連絡が取れた『世界屠畜紀行』の内澤旬子さんと打ち合わせ。
その内澤さんが「あーパッとしねえ」と言うのでビックリする。豚飼いも終え、雑誌「世界」では連載も始まっているのだ。それ以外でも様々な連載があり、今いちばん脂ののっているノンフィクション作家といっても過言ではないと思うのだが、本人はいたってそんな気分ではないのである。
高野秀行さんや宮田珠己さんもそうだし、新刊『放っておいても明日は来る』の登場メンバーもみんなそうなんだけど、どうしてこの人たちはこんなに満足しないのか。満足しないから今のポジションがあるんだろうが、それにしたって、何事にもすぐに満足してしまう私は、どうしたらいいんだ。降参。
早稲田大学の学祭に忍び込み、「早稲田大学探検部 映像で見る探検部50年史」の上映と西木正明、恵谷治、高野秀行のトークセッションを拝聴。今まで早稲田大学の探検部がおかしいのかと思っていたのだが、探検部から作家になった人たちがおかしいのだということがよくわかった。
トークが終わると高野さんは主に女子学生に囲まれ、即席のサイン会へ。
「高野さんの本を読んで早稲田に入ったんですよ」なんて言っている子がたくさんいたのだが、このような子たちが『放っておいても明日は来る』を読んだらどうなってしまうのか。読んで欲しいんだけど怖い。
夜はその『放っておいても明日は来る』に登場しているとんでもない奴らの二人とミャンマーのシャン料理のお店へ。そこで、先日神保町古本祭りで手に入れた『秘境を行く』宮内寒弥(人物往来社)を見せびらかすと、さすが高野ファンである。「いいなあ、この本」と言ってなめるように見つめるのであった。
ちなみにこの本の「秘境」とは海外でなく日本国内の、対馬、祖谷、奥能登などなど。冒頭の五家荘を読んだら、交通手段がないから材木運びのトラックの荷台に乗せてもらおうとするが、途中材木を乗せたらその上に乗らざるえず、しかも道はギリギリの幅だからと断念し、バイクの荷台に載せてもらって村へ向かうのだ。なんだか高野さんの辺境旅そのままなのであるが、出版年は昭和36年であった。この頃の日本を高野さんや宮田さんに旅してもらいたかった。
「杉江さん、大丈夫ですか?」と書店員さんからFAXが届く。
何だか最近この日記が暗いので心配していただいたようだが、浦和レッズの体たらく以外私は何も落ち込んでおらず、それどころか日々のランニングによって史上最強の杉江由次がまもなく誕生するような気がしている。38歳でいきなり元気になられても家族は困るだろうが、体力と気力はやはりリンクしているようだ。
夜、理由あって、第16回電撃大賞受賞式に参加。
本屋大賞と同じ明治記念館で、本屋大賞より格段お金のかかった演出の上、電撃小説大賞と電撃イラスト大賞、そしてメディアワークス文庫賞の発表が行われた。
ライトノベルかぁ......と暢気に見ていたのだが、その資料にある数字を見てひっくり返る。920万部! 255万部! しかも電撃文庫は1億冊突破しているそうで、いやはやライトノベルはショッピングモールで、文芸書がシャッター通りと化した駅前商店街のようだ。
おおっとこんなことを書いているとまた暗くなってしまいそうなので、本日は、この辺で。
同席していた書店員さんからとにかく読まず嫌いしないで、高畑京一郎の『タイム・リープ』(電撃文庫)を読んでくださいと言われる。了解。
「もう来年の夏に出るらしい村上春樹の『1Q84』BOOK3まで我慢するしかないんじゃないですかね?」
とある書店員さんは、大量に届く新刊とそれがまったく売れていかない現状を見てあきれるように嘆いていた。面白くない本が売れないならまだ気分も楽だろう。今は面白い本がいっぱい出ているのに、平台の本は減っていかない。
なぜ本が売れないのか。
しばらく前なら携帯や新古書店のせいにしただろうが、今は違う。ただ単に世の中にお金がないのだ。
金がないから本など買えない。
ニュースを見ているとそんな声が聞こえてくる。
出版業界の難しいところは、基本的に日本国内でしか売れないということと、他の産業のように製作を人件費の安い海外に持っていきずらいというところだろう。
海外で製作といえば、ベストセラーだった『バンド1本でやせる 巻くだけダイエット』山本千尋(幻冬舎)は、付録のバンドが中国製でその増産が間に合わず、重版ができなかったらしい。その隙をついて『バンテージダイエット』清水ろっかん(フォレスト出版)なんていうのが売れているのは出版ならではのドジョウ商売だが、それはまた別の話。
経費も削減できず、 本は売れず、みんなで頭を抱えているのが出版業界の現状だろう。
ただしそんな状況でも売れている作家はいて、村上春樹、東野圭吾、伊坂幸太郎の3人は単行本も文庫も出れば必ずベストセラー。書店員さんが彼らの新刊を血眼になって仕入れ、大量に店頭に積むのはよくわかる。まるで作家業界のユニクロ、マクドナルド、アップルだ。
お金がない人にものを売る方法が発明されるのと、日本の景気が良くなるのはどっちが先だろうか。景気がよくなったとき本はまた売れるだろうか。
記録的営業不振日。
10件廻ってほとんど会えない。みんなご飯を食べに行ってしまったらしい。
「本の雑誌」ベストテン的にはもう年末で、読み残していた話題作をガンガン読む。今日は北上次郎さんが「『不夜城』がそうであったように、私にはこれもけっして好きな小説ではないが、しかしここにはまぎれもなく本物の才能がある」と評した『さらば雑司ヶ谷』樋口毅宏(新潮社)。確かに北上さんが眉をひそめそうなエログロな部分もあるが、ノンストップな展開に一気読み。文体も格好よく、面白かった。
午前中は「本の雑誌」の企画会議。午後からは営業。夜は「おすすめ文庫王国」の編集作業。私はいったい何をしているんだろうか。
昨夜、家に帰ると玄関に水玉模様の娘のリュックサックが置かれていた。そういえば妻が入院しているとき社会科見学を兼ねた遠足にもっていくお菓子を一緒に買いに行ったのだ。予算は200円までで、娘はお菓子売り場を何度も何度も往復し、結局うまい棒やチョコなどの安いお菓子数点と友だちにも配れる袋入りの飴を買ったのだ。
風呂に入り、居間に向かうと妻に声をかけた。
「明日、遠足なんだ? 晴れそうで良かったね」
電子レンジに私の夕食を入れながら、妻はちょっと厳しい顔をした。
「なんかやばいんだよね。夕方から咳してるの。早く寝なさいっていって8時半には寝かせたんだけど」
娘は春の遠足も途中で具合が悪くなり、自然公園のベンチでずっと休んでいたのだ。私は氷を浮かせた栗焼酎をぐっと煽った。
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妻が本格的に料理する音で起きると、隣の布団にはすでに娘の姿がなかった。
カーテンを明けると大陽の光が眩しかった。
寝室からは娘の様子は見えなかったが隣の部屋でテレビを見ているようだった。新型インフルエンザが蔓延し出してから毎朝の体温をチェックし、学校に提出するようになっていた。向こうの部屋にいるであろう娘に、「熱、はかれよ」と声をかけるとしばらくして「ピ、ピ、ピ」と検温終了を知らせる音がした。
「何度だった?」
「36度......5分」
「お前ちょっとこっち来い」
「嫌だよ」
「良いから来い、こっちでもう一度熱をはかれ」
娘のくぐもった声に私は嘘を嗅ぎ取った。できることなら私もその嘘に付き合ってやりたかったが、時が時である。仕方なく私のところにやってきた娘の熱を測り直すと、それはみるみる37度を超えていき、音が鳴ったときには、液晶モニターに38度4分が示されていた。
娘は布団にくるまって泣き出した。
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今日、私のカバンのなかには、娘が食べるはずだったお弁当箱が入っている。
来月の新刊『放っておいても明日は来る』のゲラを送っておいた川崎のM書店Sさんから「これ、むちゃくちゃ面白いし、売れる要素がいっぱいあるから販促の打ち合わせをしよう」と有難い申し出をいただいたので、さっそく訪問。
その向かう電車のなかで「売る方法」を考えていたのだが、そうは言っても本屋さんで本を売る方法というのは、たくさん積むかPOPや看板しか思い浮かばず、そのことをSさんに伝えると「そうんだよ、俺たちずーっと同じことをやっているだけで、最初はそれで売れたんだけど、だんだん効果も弱くなっていると思うんだよ」と話すのであった。
確かに棚一面やワゴンなどに多面展開という販売方法がとられたとき、その圧倒的なインパクトに多くのベストセラーが生まれたが、今ではどこもそのような置き方をしているので、お客さんも慣れてきているだろう。POPもそういうところがあるかもしれない。
「来たお客さんが1冊でも本を手に取って見てくれたら書店員としての任務はひとつ果たした気がするんだよね。中味は出版社が作るわけだから、俺たちにはどうすることもできない。でもね、せっかくお店に来たお客さんが1冊も本を手に取らず、何も買わずに帰られるのがすごい悔しいんだよね。だってこんな面白い本はあるわけだから。そういうお客さんに気付いてもらう新しい方法を考えたいよね」
物を買うときの人間の心理はどんな状態なのか。自分が本以外の物を買うときのことを見つめてみたが、イマイチはっきりしない。それでもベストセラーがベストセラーになる前に買う人たちがいて、その反応をみて書店さんは注文をだし、出版社は重版や広告展開などしていくのだ。ということは、すべてのベストセラーは出来た瞬間からベストセラーになることが決まっていたのだろうか。じゃあ営業マンや書店員はなんの仕事をしているの? などなど2時間以上に渡ってかなり真剣にSさんと話し合うが、そう簡単に新しい販促の方法は生まれやしない。でもなんか楽しい。
そのSさんは、ファンタジーでよく登場する言葉を10カ国語で紹介した『幻想ネーミング辞典』新紀元社編集部(新紀元社)がじわじわと売れ出しているという。幻想文学の棚やコンピューターの棚(ゲームの登場人物に名前を付けるのに便利かな?という想いで置いているそうだ)とか今はいろんなところに置いて試しているそうだ。
そういう工夫のひとつひとつがベストセラーを生んでいるのではなかろうか。
『ぼくのプレミア・ライフ』や『ハイ・フィデリティ』など私のいちばん好きな作家のひとりニック・ホーンビィの新刊が、福音館書店から出てビックリした。『ガツン!』。仕事してる場合じゃない、かも。