毎晩、帰宅するのが10時半とか11時で、こうなるとさすがに走ることができない。風呂に入ってメシを食ったら12時で、そこから今は小説を書かなければならないし、撮り貯めたプレミアリーグも見なければならない。
走れないのが二日くらいなら休養として我慢できるが、三日も続くと耐えられない。しかし仕事は山のようにあり、早く帰ることは不可能なのだ。どうしたらいいんだと悩んでいたら、ひらめいた。早起きすればいいのである。
というわけで本日は5時半に起床して、夜明け前に走りはじめる。
暗さは一緒なのだが、夜と朝では空気が違うことに気づく。
三文の徳があるといいんだけど......。
なんて思っていたら今月出版した『尾道坂道書店事件簿』の増刷が決定!
久しぶりの増刷に浜本も興奮し、こうなったらやったことのない帯をかけようと、あちこちに手配をし出す。
★ ★ ★
興奮のまま営業に出かけると、ミリオンセラーの予感をさせる本が出ているではないか。
『最後のパレード ディズニーランドで本当にあった心温まる話』中村克(サンクチュアリパプリッシング)
恵比寿のY書店さんでは店頭に並べた昨日だけで10数冊、本日も昼までに6冊売れているそうで、その後訪問した目黒のY書店さんでも鋭い売れ方をしていた。
うーん、こうなったら『最後のWe are Reds! 埼玉スタジアムで本当にあったヤバい話』なんてのを作るか......。
昨夜2時過ぎ、猛烈な腹痛に襲われ、目が覚める。一刻も争う非常事態警報が、我が肛門周辺で鳴り響き、転がるように階下のトイレへ向かう。間一髪でセーフだったのだが、今度はこみ上げてくるものがあって、あら大変。どじょうと遊んでいる余裕はなく、そのまま1時間ほどトイレにこもる。
その後、どうにか這い出て、コタツに横になるが、たびたび腹に激痛が走り、眠るどころではない。
本日は取材とトークショーの立ち会いがあるため休むわけにもいかず薬を大量に飲んで出社。 取材先の四ッ谷に向かう電車のなかで、以前この日記でも書いた『紙のからくり「カミカラ」』の営業Hさんとバッタリ。
「売れてるみたいっすねー」と羨ましがったら、なんとあの後テレビで取り上げられて、売れてるどころじゃないらしい。この日はちょうど重版分の出来日だったそうなのだが、その重版部数を聞いて、めまいがしてしまった。もはや紙から札を刷っているようなもんだ。
高野秀行さんの取材に同行した後、ジュンク堂書店新宿店へ。
こちらで高野さんと内澤旬子さんと宮田珠己さんの題してエンタメ・ノンフ三銃士による「たぶん旅のはなし」というトークショーが行われるのだ。
満員御礼。調子が悪いと言っていた宮田さんが、気力を振り絞って司会進行に励んでいただいたおかげで爆笑に終わる。
一件落着......と行きたかったが、その後は、先月結成されたエンタメ・ノンフ文芸部の部会。この部活、何をしているのかというと、エンタメノンフの作家たちが集まって、小説を書こうとしているのだ。いや現にこの日3名が小説を書き、持ち寄ったのであるが、それぞれが厳しい意見をぶつけつつもどこかに愛がありなんだか本当に部活であった。
本来はマネージャーの私も小説を書いて提出するはずだったのであるが、「小説とは何だ?」とか3人と違って「俺の書いた小説を誰が読むんだ?」という根本的なところで1ヶ月間悩んでしまい何も書けなかった。「そんなこたー考えないでいいんですよ」と内澤旬子さんに励まされ、次回には小説を提出することを約束す。
気づいたら腹痛は収まっていた。
埼玉を直行で営業。
途中、顔見知りの東京創元社の営業Mさんとバッタリ遭遇。Mさんは書店員さんと話しているところだったのだが、その肩越しに「おっ、しっかり営業に来ているのね」みたいな目で見られたので、「ひとりでもしっかり営業しているんだぜ」と視線を返す。
縄田一男さんが興奮を冷ますために締切を一日伸ばしてもらった『秋月記』は、確かに面白かったけれど、「藤沢作品を超える可能性を持った唯一の存在である」というのは、大げさなような気がする。私は藤沢作品というよりは、「課長島耕作」が思い浮かんだ。会社の経営者やその下くらいの人にウケる作品なのではないか。
夜、宮田珠己さんと「スットコランド日記」の単行本打ち合わせの予定だったのだが、体調がすぐれないとのことで、キャンセルに。明日のトークショーは大丈夫だろうか。
編集助っ人・カネコッチともろもろ確認。相変わらず私が思いつかないようなことを言い出すので、刺激になる。
八王子から京王線の営業。
久しぶりにお会いしたY書店のSさんとは本の話で盛り上がる。Sさんと私が趣味が似ている、というかSさんから吉村昭や新田次郎を教わったのだ。
本日も「最近、現代小説をぜんぜん読んでないんですよ」と前置きなれながら、いろいろな歴史書やノンフィクション、あるいは講談社文芸文庫など面白本を教えていただく。宮本常一の話題になると、なんとSさん、宮本常一とは同郷だそうで、周防大島にはいつも海水浴に行っていたとか。
もちろんほとんどの著作を読みあさっているそうなのだが、文庫担当に秘密で勝手に入れちゃったんですよというのが、Sさんが宮本作品のなかで一番おすすめの『家郷の訓』(岩波文庫)であった。即購入。
ちなみに本の話以外で、興味を引いたのは「なんか今日は混むなあと思ったら、年金支給日だったんですよ」とのことで、八王子など高度経済成長期に開発された場所は、今まさに退職され年金で暮らす人々が多いのだろう。これから出版社は、給料日だけでなく、ものによっては年金支給日に合わせて新刊を出した方がいいかもしれない。
千駄木の往来堂さんを営業した後、以前から気になっていた「黄金たいやき」を食す。甘いものが好きな私としては、もう少しあんこが甘い方がいいけれど、このサクサクモッチリした皮の食感は過去、味わったことがないうまさ。食いしん坊の相棒とおるに写メールを送るとすぐさま「ぶっ殺す!」のレスあり。
次回は根津のたいやきの予定。
通勤読書は、我らが編集長の新刊『大きな約束』(集英社)。『岳物語』から続く私小説の最新版だが、その岳君には子供が生まれており、椎名編集長もすっかりじいじいなのであった。しかしそんじょそこらのじいじいと違い、相変わらず街でケンカをするは、日々日本はもとより世界と飛び回っており、その後『続岳物語』を読み直してみたのだが、椎名さんの変わらなさぶり、というかその人間としてのブレのなさはすごいと思った。『大きな約束』は5月に続編がでるようなので、そちらも楽しみ。
椎名さんといえば、教文館の「とことん本の雑誌」フェアに合わせて、トークショー&サイン会を開催。申し込みは下記方法で、よろしくお願いします。
-----------------------------
3月8日(日)14時〜(定員100名)
教文館9階ウェンライトホールにて
〒104-0061 東京都中央区銀座4−5−1
前売りチケット1000円(税込)発売中
レジにてお買い求めください。
尚、チケットは前売り券のみです。当日券はございません。
販売は定員に達ししだい、終了させていただきます。
お電話でのご予約は、3561−8447までお願いいたします。
----------------------------
午前中、会社で会議。今までほとんど会議のなかった会社なのだが、いいものを作るために文殊の知恵をひねり出そうということで全員集まって、単行本や雑誌の企画を打ち合わせ。私には神が宿らなかったような気がする。
午後は大手町、東京、銀座を営業。
「久しぶりに徹夜本に出会いましたよ!」と言ってきたのは、八重洲ブックセンター本店のUさんで、その徹夜本とは『海王』宮本昌孝(徳間書店)であった。「いやーほんと気づいたら朝でしたよ、伝奇小説好きにはたまらない本です」と、すごい興奮なのであった。
ただし残念なのはこの『海王』、『剣豪将軍義輝』の続編的要素が強いそうなのだが、その『剣豪将軍義輝』が現在品切れ中なのであった。近々新装版が出されるらしいが、『剣豪将軍義輝』とともにどっぷり物語の世界に浸るのも良さそうだ。問題はそんな時間がどこにあるのか?ということだが、徹夜すればいいのである。
バレンタインデーなのでといって、助っ人の鈴木先輩がせんべいを持って会社にやってきた。そこまではいい。最近、おやつが不足しているからね。
でもね、何で俺だけハート型のでっかいせんぺいをくれたの? これはなに? 友チョコ? 義理チョコ? それとも本命?
鈴木先輩はとてもむさ苦しい男子なのも問題だし、鈴木先輩以外から何ももらえなかったのも問題だ。
先輩、3月14日に飲もう。
ついに『尾道坂道書店事件簿』児玉憲宗ができあがる。
ほんとうは尾道の児玉さんのところへ持参したかったのだが、時間的なことや予算的なことで願い叶わず、忸怩たる想いでこの日を迎えたのであった。どうにか重版をかけ、尾道に向かい、児玉さんとがっちり握手がしたい。書店本というよりは、もっともっとでっかい内容の本なので、ぜひ読んでみてください。
★ ★ ★
午後、電子取次の方とお話す。ネット上にも様々な電子書店があり、それらと出版社が個別に取引をするのは大変だから、リアルな環境同様、取次店があるそうなのだ。狐につままれたような話をうかがう。
一昨日から始まった池袋ジュンク堂のフェアを覗くと、「本の雑誌」バックナンバーの古い号はかなり売り切れになっていて、その勢いに担当者のKさんも驚いている様子。在庫上、補充はできないので、早い者勝ちです。
続いて3階の単行本のフェアを覗きにいくと、こちらの担当Iさんが、フェア看板を取り付けているところだったのでお手伝い。しかし真っ赤な看板に「We are 本の雑誌! ダダッダッダダ!!」とあるのだが、見る人が見ればそれが浦和レッズのチャントのパクリだと気づくだろう。しかし本の雑誌と浦和レッズの相関関係に気づく人なんているわけがなく、相当不思議に思われるだろう。まあどちらにしてもすごい眺めなので、ぜひ覗いてみてください。
★ ★ ★
とある書店さんで「1500円を越えると売るのが難しい」といわれる。そうかリアル書店には1500円に壁があるのか。出版社はついアマゾンの送料無料1500円を意識して値段を決めているような気がするが、リアル書店では1400円までかな、とのこと。うーむ。
午前中、本屋大賞のことで日経エンタテインメントから取材を受ける。
とても親身な取材でありがたい。雑談中に同行されたライターのTさんと本の話をしたら、昨年のベストは「『ばかもの』『アカペラ』『草祭』」と私とまったく一緒で驚く。今後、本の情報交換を約束。
といっても私が『草祭』を読んだのはつい先日のことで、その後、恒川光太郎のデビュー作『夜市』(角川ホラー文庫)も読んだのだが、こちらも猛烈に面白く、すっかり恒川光太郎のファンになってしまった。
しかしそれにしても角川文庫の棚で、必死に『夜市』を探し、早く帰りたいときに新宿の書店を3軒回ったが見つからず、まったく何をやっているだ角川の営業は!!と怒り狂う。しかし最後に辿り付いたジュンク堂の検索機を叩いて、自分のアホさ加減に頭を抱え、思わずウオーと叫んでしまった。
角川文庫でなく、角川ホラー文庫だった。そりゃ「日本ホラー小説大賞」なんだから当然だ。角川の営業マンは悪くなかった。ごめんなさい。
通勤中に読んでいた角川書店のPR誌「本の旅人」2月号の縄田一男さんの書評を読んで思わず笑ってしまった。葉室麟『秋月記』(角川書店)に対する書評なのだが、書き出しがすごいのだ。
「私はこの稿を記すに当たって編集部のY氏に、一日締切りを延ばしてもらった。その理由は他でもない。『秋月記』のゲラを読了し、葉室麟が2005年、歴史文学賞を受賞した『乾山晩愁』から4年という僅かな歳月の間に達した境地の深まりに驚き、ほとんど興奮状態に陥ってしまったからである。これでは、頭を冷やす時間がなければとても客観的な書評は書けない──それ故の締め切りの延期であった。それでも、原稿用紙の升目にはじめの一文字を記す前に深呼吸する必要があったのである。」
北上次郎の「いやはや、すごいぞ、ぶっとぶぞ!」に匹敵する、いやそれ以上にインパクトのある書き出しだ。でもこんな言い訳を茶木則雄さんに知られたら大変だ。いつも締切を過ぎて、病気になったとか、パソコンが壊れたとか言い出すのが、本が良過ぎて書けないと言われたら、こちらは何も言えないではないか。
ちなみに私はこの興奮の書き出しではなく、「──現時点において、葉室麟は藤沢作品を超える可能性を持った唯一の存在である、と。こう記すと藤沢周平の熱心な読者は、まさか、というかもしれない。が騙されたと思って読んでいただきたい。私も伊達に20年以上、時代小説評論をやって来たわけではないのだから。」という言葉を信用し、『秋月記』を読むことにした。
それともうひとつ本の話とはまったく関係ないのだが、角田光代さんのエッセイ「幾千の夜、昨日の月」にもビックリした。これは昨年2月に角田さんが香港の文学フェスティバルに行ったときの顛末が書かれているのだが、なんとそのなかにこんな一文があるではないか。
「私にとってたいへん幸運なことに、某出版社某編集部の人々5人が、私の香港行きを聞きつけて、それぞれ休暇をとって便乗してくれることになっていた。5人も編集部を留守にしてだいじょうぶなのか? と思ったが、でも、何がどうなっているのかよくわからないフェスティバルにひとりで参加する不安は、彼らのおかげでだいぶ薄らいだ。」
5人も編集部を留守にして大丈夫な編集部ってどこなんだろうか。うちの会社で5人休んで香港に行ったら、それは間違いなく社員旅行と呼ばれるだろう。
★ ★ ★
明日からはじまるジュンク堂書店池袋本店の「本の雑誌」応援フェアの確認にいく。1階の雑誌売り場ではとんでもない号からバックナンバーが並び、3階の文芸書ではなぜか「We are 本の雑誌! ダダッダダッダ」というネーミングの単行本フェアがはじまる。応援するのは慣れているが、応援されるのは慣れておらず、戸惑うことが多い。
サンシャインのS書店Yさんとは今日はあまりサッカーの話をせず、本の話をしていたら「杉江さんと仕事の話をしたのは久しぶりですね」と笑われる。Yさんだけでなく、そういうことをしょっちゅう言われるのだが、私の本職はサッカーバカでなく、本の雑誌の営業です。
リブロのYさんからは建築本読みの同志としての面白本を教えていただく。
『奇想遺産2 世界のとんでも建築物語』(新潮社)
『セルフビルド』石山修武(交通新聞社)
『奇想遺産』の2が出ていたのは知らなかった。即買いしたい気持ちをぐっとこらえ、本日8歳の誕生日を迎えた娘のために、『黒魔女さんが通る!!--ライバルあらわる!?の巻』石崎洋司(講談社青い鳥文庫)を買って帰る。
今年から息子とふたりで「ハッピーバースデイ」を歌う。
午前中は、日本図書普及さんと打ち合わせ、午後はWEB本の雑誌の打ち合わせ。
夜は、今月の新刊『尾道坂道書店事件簿』の初回注文〆作業。いよいよ刊行まで辿りつけ、うれしいかぎり。
『手』で山崎ナオコーラを(いまさら)発見し、あわてて『長い終わりが始まる』(講談社)を読むが、こちらは『手』ほどの上手さがない。初出が「群像」2008年2月号で、『手』の初出は、『文學界』2008年12月号なのだが、こんな短期間に作家というのは、これほど上手くなるのだろうか。ってまだ他の作品を読んでいないので何とも言えないが。
藤沢へ向かう車中で何気なく読み出した『手』山崎ナオコーラ(文藝春秋)が、あまりに素晴らしく、早く着かないかなという思いが、いつまでも着かないでくれに変わる。
特に表題作の新聞のラテ欄を作る配信会社に勤める私と恋人といいきれない同僚、そして不倫でもないおじさんの関係性を描いた「手」が、現代の、強く交わることを恐れる人との微妙な距離感を浮き彫りにしていて素晴らしい。傑作!
しかしこの「日本のロリコン文化を批評する、新しいファザコン小説がここに誕生。」という帯はどうなんだろう。この短編集はそんなレベルのものか?
★ ★ ★
藤沢には、昨年12月にジュンク堂書店がオープンしているのだが、私は今回が初訪問。まだ私が知るジュンク堂さんにはほど遠いが、これから「らしさ」を出していくのだろう。元々あった有隣堂さんは、売り場を拡張し、2階に文具、3階にコミック王国がオープンしているし、BOOK EXPRESSさんも、キレイにリニューアルされていた。
戸塚の有隣堂さんは、レジに行列ができるほど混んでいて、とても担当者さんに声をかけられない。うーん、これだけ本が売れてくれたら出版不況も脱出できるのに。
そこから一路、川崎へ。こちらも駅ビルの有隣堂さんが改装されていて、ラゾーナにある丸善さんとは対照的にゆったりしたレイアウトに変更されていた。
朝、息子から「パパ、今日早く帰ってきて」と言われる。いつもは「レモンアイス買ってきて」しか言わないので変だなと思ったら、「鬼は外」との答え。そうか節分だったのか。娘も「パパ鬼をボコボコにしてやる」と肩を振り回しているので、今日は早く帰ることを決意。
通勤読書は、『廃墟建築士』三崎亜記(集英社)。
3の倍数でアホになるのは世界のナベアツだが、三崎亜記は建物の七階に人格を持たせ、市役所による侵略と七階保護活動家と戦わせたり、廃墟を新築させたり、図書館を生き物にしたり、蔵が話したりと、とんでもない発想をする作家だ。こう書くとなんだか意味がわかんない話だなと思われてしまうかもしれないが、実際はまったくそんなことはなく、その想像力に思わず吹き出して笑ってしまうほど面白い。かつて夢中になって読んだ眉村卓に近いかな。私は「図書館」と「蔵守」が好きだ。
頭のなかには常時、線香花火が多数回っており、それは営業のことだったり、編集のことだったり、広告のことだったりするのだが、ある瞬間パーンと破裂して企画や方策が浮かぶのである。「24時間考えろ! 寝てる間も考えろ!」と言ったのは、建築家・安藤忠雄であるが、今の私はまさに24時間「本の雑誌」のことを考えている。
......あっ、ごめんなさい。嘘つきました。朝、娘と息子と遊ぶ15分と、帰宅後、撮り貯めているプレミアリーグを見る時は、「本の雑誌」のことなんて、これっぽっちも考えてません。
ただ線香花火が爆発し、その瞬間までまったく存在しなかった企画を思いついたときの快感は何事にも代え難い。帰宅しようと思ったところに素晴らしい原稿が多数届いたので、すべてプリントアウトして、自宅に持ち帰る。
7歳の娘が、渾身の力で投げる豆は、痛かった。
私には絶対できないと思っていたことが3つあった。
ひとつは禁煙で、これは中学校のとき裏番の主ちゃんとサッカー部の部室で吸って以来20年以上吸い続けていた。食後の一服はもちろん、サッカーのハーフタイムに吸うタバコの美味さは何ごとにも変えられない幸せだと考えていたのだが、2人目の子供を妻が身ごもった時、主に経済的な理由で禁煙せざるえなかった。あれからすでに5年のときが過ぎ、私の人生からタバコは必要なくなった。
次にできないと思っていたのは、長距離走、すなわちマラソン・ジョギングだ。私はサッカー部ながら基礎体力練習が大嫌いで、それらの練習のときはやはり裏番主ちゃんと部室でエロ本を眺めていた。高校は持久走大会のないところを選んで受験した。
それなのに宮田珠己さんが水泳をはじめたのを知り、何を突然とち狂ったのかジョギングを始めたのである。自分でも続かないだろうと思っていたのだが、いつの間にかすでに半年近く続いており、土、日は1時間、平日も帰宅後30分はジョギングしているのだ。恐るべき宮田珠己。って宮田さんはとっくのとうに水泳を辞めたらしいけど......。
というわけで絶対できないと思っていたことのふたつを人生半ばにしてクリアーしたのであるが、最後のひとつ、偏食だけは治りそうにない。
もし私が寿司を食ったら、おそらく私は生まれ変わってしまうだろう。違う生き物になって、おそらくそれは海辺に漂う昆布だと思うが、そうなったら娘や息子と会えるのは海水浴のときだけだ。しかしそれだって、私が車を運転しないと海水浴に行けないのだから、寿司を食った時点で、家族と今生の別になってしまう。
★ ★ ★
9時、銀座・教文館に直行。本日から始まる「とことん本の雑誌」フェアの品出し手伝い。担当のYさんは「いいのよ、こっちでやるから」と言ってくれたが、そういうわけにもいかない。
開店前の店内に入り、事前に送っておいた「本の雑誌」バックナンバーや単行本を並べる。事務の浜田が号ごとにきちんと段ボールに詰めてくれたので、作業はあっという間に終わる。自社本ながらこんなにいっぺんに並ぶのはなかなか見られるわけもなく、うれしいかぎり。1階のショーケースに創刊号や思い出の品々を並べ、準備完了。
しばらくすると他の店員さんたちが、古い号を手にして話し出す。
「この頃は、椎名さんが直接納品に来ていたよね」
「そうそう。目黒さんも来たね」
「あーおれ、川崎に住んでいたらか、横浜ルミネの本屋さんまでバックナンバー買いに行ったんだ」
それは、ものすごく幸せな時間であった。
五反田、目黒と営業するが、ことごとくお休みや出張で、撃沈。会社に戻って、教文館のフェア飾り付けようのポップを書く。
通勤読書は、私の周りでとても評判の良い『この世でいちばん大事な「カネ」の話』西原理恵子(理論社)。
カネの話というよりは、貧乏で劣悪な環境から這い上がってきた西原理恵子の一代記といったところ。確かに迫力があって面白いけれど、ここで語られる仕事に対する認識や抜け出す方法が、いま通じるのかというと首を傾げてしまう。頑張れば報われるという幻想が霧に向こうに包まれてしまったからこそ、みんなぐったりしているのではないか。カネよりも大事な「希望」がないんじゃないかと思うけど。
昨年に引き続き『本の雑誌』5月号で「私の<秘>新作」特集をするため、社内に残って作家さんにメールを書きまくる。失礼や間違いがあってはならないと緊張しつつ書くメールは、ほんとうにくたびれる。でもすぐお返事をいただけたりして、作品でしか知らない作家さんからメールが届くのは、なんだかとっても不思議でうれしい気分である。感謝感激である。5月号乞うご期待。
青山ブックセンター自由が丘店に『狂気な作家のつくり方』を直納。
すると店長のTさんから「すぎえさん、トミナガさんって知ってる?」と聞かれる。私が知っているトミナガさんは、母親の高校時代からの親友なのだが、まさかそんな人の名前が出るわけない。首を傾げていたら、Tさんがいうトミナガさんはまさにその人で、なんと家が近所なのだというではないか。
そのトミナガさんが、私の『炎の営業日誌』を読み、そういえばTさんは書店員だから知っているかもと尋ねたらいつも営業に来ているわよ、ということでこちらもビックリというわけだ。世間は狭いという典型的な例。
しかしもっと驚いたのは、散々お世話になっていた別の支店のIさんが退職されたという話である。参った。
夜は、阿佐ヶ谷のよるのひるねにて出版サッカーバカ飲み会。
19時半からスタートし23時まで出版の話はゼロ、サッカーの話だけといういつもどおりのバカっぷりが最高だ。清水サポのT書店Nさんから散々永井のことでいじめられるが、開幕後に泣くのはそっちだぞ。というわけで開幕が待ち遠しい。
「パパ、青い鳥文庫持ってない?」
朝起きたらすでにコタツに入ってニンテンドーDSをやっていた娘に聞かれた。最近娘はやたら早起きで、しかも毎日私宛に四コママンガの手紙を書き置いているのだ。その4コママンガはいつも「6時に起こしてね」で始まり、「起こさなかったらこうなるよ」と最後のコマで、私がボカボカ殴られている絵だったりする。
「青い鳥文庫って? はやみねかおるとか?」
「そうそう、わたし今青い鳥文庫に夢中なの。<黒魔女>とか<若おかみ>とかとにかく面白いの」
最近娘の枕元には図書館で借りてきた水色のカバーの本がたくさん転がっている。
「それでね、カバーのマークを2枚集めるとファンクラブに入れるんだって。わたしは3冊持っているんだけど、友達の分も欲しいからあと1冊足りないのよ。パパない? 青い鳥文庫」
残念ながら私の本棚に青い鳥文庫はないので、今度のおこづかいで買いなさいというと、素直に頷き、着替えはじめた。
サッカーと読書の楽しみを教えてしまったので、もう私が娘に教えられることはない。
★ ★ ★
「やってみなはれ」はサントリーの創始者・鳥井信治郎の有名な言葉であるが、営業の基本は「いってみなはれ」だと思っている。これには「行って」と「言って」の両方がかかっていて、とにかくメールや電話でなく、行くのが基本であるし、思っていることがあるな「言って」みないと相手に伝わらないということだ。
立川のオリオン書房ノルテ店を訪問しSさんとフェアの打ち合わせ。
その車中『架空の球を追う』森絵都(文藝春秋)を読む。日常をスケッチしたような短編小説集なのだが、なんだろう、これは......。