作家の読書道 第171回:中脇初枝さん

こどもへの虐待をテーマにした連作集『きみはいい子』が話題となり、『世界の果てのこどもたち』も本屋大賞にノミネートされ注目されている中脇初枝さん。実は作家デビューは高校生、17歳の時。でも実は作家ではなく民俗学者を目指していたのだそう。そんな彼女はどんな本を読み、影響を受けてきたのか。幼い頃のエピソードもまじえつつ、これまでの道のりを語ってくださいました。

その1「四万十川のそばで育つ」 (1/4)

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――幼い頃からの読書遍歴をおうかがいしているのですが...。

中脇:よく「小説家になるくらいだから、家には本がたくさんあって、小さい頃から親御さんが本を読み聞かせてくださったんでしょう」と言われるんですけれど、わたしの両親は共働きで忙しくて、本をまったく読まない人だったんです。それで、家には本がありませんでした。本棚すらないっていう。しかもわたし、生後40日から4人のお守りさんに預けられて育ったので、実の母がどの人なのかわからなくなっていたほどでした。読み聞かせ以前の問題ですね。

――中脇さんが生まれ育った場所というのは、高知の幡多のほうですよね。

中脇:生まれたのは徳島県です。3歳まで祖谷という山奥の村でお守りさんにかわいがってもらって育ちました。お守りさんみんなを「おかあさん」と呼んでいたくらい。だから混乱してしまうわけですが。それから高知県幡多地方、現在の四万十市に引っ越しました。四万十川には赤い鉄橋がかかっていますが、そのたもとの小さな家です。ここへ来てからお守りさんじゃなくて保育園に通いはじめて、本を読むようになりました。というのも、運動が苦手で、外遊びが好きじゃなかったから。保育園もみんなで何かしましょうということはせず、基本的に放ったらかしにして、お昼になったら集まりましょう、という感じだったので、ずっと一人で本を読んだり、絵を描いたりしていました。だから先生から誕生日カードをもらうと、いつも「もっと外で遊びましょう」みたいなことが書かれてありました。

――どんなこども時代を過ごされたのでしょうか。

中脇:保育園ではそんな感じだったんですが、小学生になると、外で遊ぶようになりました。家に帰ってもだれもいないし、家には本もないし。どの家も共働きで親がかまっていられないので、いつもこどもたちだけで遊んでいました。川で泳いだり、レンゲ畑や菜の花畑でごっこ遊びをしたり、山へ水晶を取りに行ったり。田舎なので、遊ぶところには不自由しませんでした。毎日日が暮れるまで泥だらけになって遊びましたね。

―――中脇さんは今、その土地の昔話の収集もされていますが、幼い頃から周囲の誰かが昔話を語ってくれたんですか。

中脇:いいえ、そんな田舎でも、その頃にはもう周りで昔話を語る人はいませんでした。ただ、近所の人がみんな顔見知りでした。家に上がり込んでは遊ばせてもらったり、人の家の庭に入り込んで鷺草の花を「きれいだな」と思ってずっと見ていたら熱射病になって倒れて、気付いたらその家の二階のお布団に寝かせてもらっていたりっていう。今だったらそんな子がいたら救急車を呼ぶでしょうけれど、当時はみんなで助けてくれていた感じですね。

――へええ。

中脇:車にはねられたときも、近所の人たちにお世話になりました。田舎で車もほとんど走ってないから、道路で「だるまさんころんだ」をしていて。7歳か8歳でしたが、短い人生なのにすごく長い走馬燈を見ましたよ(笑)。

――中脇さんの『きみはいい子』や『みなそこ』に出てくる、いつも「べっぴんさん」と声をかけてくれる朝鮮から来たおばあさんは、『世界の果てのこどもたち』の美子にも投影されていますよね。実際にそういう方が近所にいらっしゃったんですよね?

中脇:そうです。やっぱり近所のおばあちゃんの一人で、ごはんを届けてくれたりして、ずっと見守ってくれて。わたしの顔を見るたびに「べっぴんさん」とほほえんで声を掛けてくれました。でも本当にわたしがべっぴんさんだったからではないんです。その当時、あの町に住んでいた女の子たちはみんな、まわりの大人たちから「べっぴんさん」って呼ばれていました。

――その頃は、どういう本が好きだったのでしょうか。

中脇:小学生のとき、なによりも好きだったのはプロイスラーの『小さい魔女』です。それと「ナルニア国」シリーズ。『ライオンと魔女』が好きでした。それから、家には本がなかったんですが、ある日突然、うちに本がやってきたんです。集英社の「子どものための世界名作文学」全30巻を親が買ってそろえてくれたんですよ。夢中になって読みました。この「作家の読書道」の連載の羽田圭介さんの回を読んで、羽田さんもこのシリーズを読んだんだと分かりました。というのも、わたしも同じく、途中で話が切れている『あゝ無情』をこれで読んだんですよ。

――結末が載っていなくて「どうなったかは君たちが大人になってから読みましょう」とか書いてあって、羽田さんがこどもながらに「ふざんけんじゃねえ」と思ったという、あれですか。

中脇:あれです。わたしは素直に「ああ、じゃあ大人になったら絶対読んでみよう」と思ったんですけれど(笑)。今思えばその全集はすごくて、長新太が挿絵を描いていたりしていて。子ども向けにリライトされているものって物語の世界の入口の楽しさを教えてくれるので貴重ですよね。大人になったらちゃんとした原作を読みましたが、やっぱりこどもの頃にこういうシリーズがなかったら、読まなかったと思うので。

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プロフィール

中脇 初枝(なかわき はつえ)
1974年徳島県生まれ、高知県育ち。高校在学中に『魚のように』で、坊っちゃん文学賞を受賞し、17歳でデビュー。2012年『きみはいい子』で第28回坪田譲治文学賞を受賞。2014年『わたしをみつけて』で第27回山本周五郎賞候補。2016年『世界の果てのこどもたち』で本屋大賞第3位。著書は他に『祈祷師の娘』、『あかいくま』、『みなそこ』、『女の子の昔話』、『ちゃあちゃんのむかしばなし』など。