作家の読書道 第167回:初野晴さん

デビュー作『水の時計』をはじめ、ファンタジーとミステリを融合した独自の作品で人気を博す一方、『退出ゲーム』にはじまる青春ミステリシリーズも好評でこのたびアニメ化もされる初野晴さん。その世界観の発芽はどこにあったのか。雑読多読の初野さんの読書方法も興味深いものが。

その1「アナーキーな雰囲気が好き」 (1/5)

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――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしているんです。

初野:たぶん絵本でしょうね。『三びきのやぎのがらがらどん』や『かたあしだちょうのエルフ』とか。後者に関しては、「それで本当にいいのか、エルフ」と子供心に何度も思いました。絵本以外では、小学校に上がるまではほとんど読書の記憶がないんです。1973年生まれの自分は、典型的なテレビっ子だったんですよね。ちょうど保育園の年長の頃に『機動戦士ガンダム』が始まって、『ど根性ガエル』や『ルパン三世』や『ガンバの大冒険』などアニメの再放送が盛んでした。『小さなバイキングビッケ』は謎が提示されて解答が出されるという軽いミステリだったし、『海のトリトン』はそれまで抱いていた勧善懲悪がひっくり返るような衝撃のラストでしたから、テレビアニメの虜になっていました。 はじめて読んだ活字は、当時どの家の本棚にもなぜかあった百科事典や、町内で使いまわしていた世界少年少女文学全集などでしょうか。

――その頃は子ども向けの文学全集がいろいろありましたよね。

初野:そうです。それで『ジャングルブック』とか『クリスマス・キャロル』とか『王子と乞食』とか『家なき子』などを読んだんですけれど、どれもいまいちしっくりこなくて、「これだ!」と思ったのが『宝島』だったんです。
『宝島』は本はもちろん、テレビアニメもよかったです。あれって本当の主人公は語り手の少年ではなく、海賊のジョン・シルバーだと思うんです。片脚しかないんだけれども、主人公勢が束になっても敵わないし、冷酷な悪党なんだけれどギブアンドテイクの精神を持っていて、約束は守る。子どもの目から見て、善悪を超越した、フェアで格好いい大人の象徴でした。対照的な作品として、後にディズニーから発表される『リトル・マーメイド』は自分は好きではありません。一度魔女と交わした契約を、「悪い契約」と勝手に解釈して、大勢の暴力をもって破棄するんですから。話を戻しますと、『宝島』を通じて、ある意味本音の世界をのぞいたような気がして、またこういうのが読みたいと思いました。当時は小学校の教室に『はだしのゲン』があった時代なんですよね。漫画に飢えていた男子はみんな読んでいたわけですけど、惹きこまれた箇所は反戦とか平和の主張ではなくて、戦後の無法地帯の雰囲気だったんです。不謹慎かもしれませんが、ケンカや乱闘やグロテスクなシーンが大好物でした。当時はネットもなく、そうしたアナーキーさというか不道徳な世界をのぞくのが大変だったんです。だから、本の中でのぞいたり、ちょっと背伸びして大人向けの小説を無理して読んだりして味わっていました。
また、それとは別に、学研のひみつシリーズはハマりました。これは結構早くて、小学校低学年の頃ですね。「宇宙のひみつ」「植物のひみつ」「忍術・手品のひみつ」とか。「できる・できないのひみつ」に登場するデキッコナイスという外国人は何度夢に出てきたことか。あのシリーズは学校の図書館でも揃えていたし、近所の自治会館みたいなところにも全巻置いてあって、そこに行って読んでいました。当時は子どもの多い歯医者の待合室にもありましたから、どこに行っても読めて、勉強になりました。理系の道を目指したのは、それを読んだのが大きかったかもしれません。小学校低学年で「宇宙のひみつ」なんかを読むと、意味がわからなくても、ふんわりとしたロマンは感じられます。意味は大人になってからわかればいい。それは大事だと思います。

――その後、小説はどのようなものを読んでいったのですか。

初野:小学校六年生から中学校三年生くらいまで、笹本祐一さんの『妖精作戦』や新井素子さんの『あたしの中の...』など、コバルト文庫や、まだ市民権を得ていなかった少女小説を読む女子がクラスに一定数の割合でいまして、借りて読んだことがあります。小説から政治や宗教を学んでいる世代が多かった時代です。だから男子がバカに見えるんだ、と発見しました。

――まわりも本をよく読む人が多かったんですね。

初野:僕の地元の静岡県の清水はヤンキーがたくさんいた町です。北野武監督の『キッズ・リターン』で、ふたり乗りの原付がグラウンドをぐるぐるまわる印象的なシーンがありますが、あれをリアルに見ることができた中学校に通っていました。でも、ヤンキーも本を読んでいたんですよ。自分は小学六年生くらいから角川文庫の黒い表紙の横溝正史を読んでいたんですが、クラスのヤンキーに「お前何読んでんだ?」と聞かれて「金田一だよ」と答え、『女王蜂』を貸したんです。そうしたら後日呼ばれて、「『三毛猫シリーズ』は鉄の処女というエレガントな凶器を使って事件を起こしているのに、なんだこれは。こんなの読んでたらおくれるぞ」と説教を受けて、余計なお世話だと思いました。

――(笑)。初野さんは教室のなかでどんな立ち位置だったんでしょう。

初野:クラスのヒエラルキーで上でも下でもない、ちょうど中間位置に潜りこむタイプの生徒っていませんか。そういう男子でした。

――そういう子も不良の子と本の話をするという。陰湿ないじめとかなさそうな雰囲気...。

初野:ありましたよ。今と昔の比較で、説教好きの中高年が「昔は良かった論」を語るけど、とんでもない。昔はネットのように告発する手段がなかったから、親がもみ消しに走れましたからね。現代のいじめはLINEなどで確固たる証拠が残るわけですが、昔のいじめは本当に傍から分からなかった。ただ、いじめを経験したり、現場を間近で見ると、強いやつは、更に強いやつに簡単に駆逐されることがわかってしまう。だからもっともっと勉強して、自分はいい大学に行こうという気持ちになりました。

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プロフィール

初野 晴(はつの・せい)
1973年静岡県出身。法政大学工学部卒。2002年、『水の時計』で第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。
ファンタジーとミステリーを融合した世界観で注目を浴びる。
『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』『空想オルガン』『千年ジュリエット』(以上、角川文庫)および最新作『惑星カロン』(KADOKAWA)などの「ハルチカ」シリーズは幅広い層から支持を受けており、同シリーズは2016年1月よりTVアニメ化が決定している。
著書に『1/2の騎士』『トワイライト博物館』『向こう側の遊園』(以上、講談社文庫)、『わたしのノーマジーン』(ポプラ文庫)、『PCP―完全犯罪党―』(JUMP j BOOKS)などがある。