作家の読書道 第163回:仁木英之さん

美少女仙人と駄目青年の冒険を描く『僕僕先生』のシリーズで人気を博し、古代ファンタジーから現代小説まで幅広く執筆活動を広げている仁木英之さん。中国の歴史に詳しいのはなぜ? 次々とエンターテインメント作品を発表している、その源泉は? 人生の転換点のお話をまじえつつ、読書遍歴についておうかがいしました。

その1「吉川版『三国志』で目覚める」 (1/5)

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――いちばん古い読書の記憶といいますと。

仁木:いちばん古いのは『日本昔ばなし』のアニメを絵本にしたものですね。「舌切り雀」とか「猿蟹合戦」などと、インパクトの強いお話が多いので印象に残りました。それが幼稚園に入ったくらいの頃だと思います。

――大阪のお生まれですよね。どういう環境で育ったのですか。

仁木:放出というところで生まれて、平野区で育って、その後、四天王寺というお寺の近くのマンションで18歳まで暮らしていました。両親が下請け工場をやっていたんですけれど、不渡りを出したりして、転々としていたんです。大学進学で長野に行ってからは、その後の18年間は長野で過ごしました。

――え、不渡りって。大丈夫だったんですか。

仁木:大丈夫じゃなかったみたいですね。でも子供にはそんな苦労を見せず、「文字の本やったら何でも買うたる」という。でも「漫画は学習漫画以外はあかん」と言っていました。「漫画は駄目」「ファミコンは駄目」と制限されたことで、文字の本を読まざるを得なかったんですけれど、読みだせばやっぱり面白かったですね。

――『日本昔ばなし』以降、お好きだったものは。

仁木:そこから少し間があいて、小学校2、3年生の頃に父が読んでいた吉川英治さんの『三国志』にハマったんです。表紙が写実的な絵で、めっちゃ格好良くて。夏候惇が目を射抜かれて目玉を持っているような絵が表紙になっていて、すごいなと思いました。そこからしばらく歴史小説にはまって、吉川さんは『水滸伝』『宮本武蔵』『太平記』のあたりを読んで、それから山岡荘八さんにハマって『徳川家康』などを読んで。「長い小説は正義だ」みたいな感じになりました(笑)。4年生くらいからだんだん中二病みたいになって、平井和正さんに完全にハマりました。『幻魔大戦』ですね。

――小学校の低学年で吉川さんの『三国志』というのは、漢字や固有名詞についていけたんですか。

仁木:そういうのは厭わずに教えてくれる親だったので「これ何」「これどんなの」と訊いていました。それに、その頃は中国と国交が戻って間もなくて、朝日新聞が「こども遣唐使」というイベントみたいなものを開催していて、それで上海、蘇州、広州、無錫に行かせてくれたんです。それもあって、中国の話がスムーズに頭に入ってきたんです。

――歴史ものが好きだったのですか。

仁木:そうですね。まったく運動ができない子だったので、部屋の隅で歴史小説を読んで空想しているのが趣味でした。ちっちゃい自分の世界を広げてくれるという感じだったのかな、と今になっては思います。当時は単に楽しかったです。

――あの、運動ができないというイメージがないです。身体を鍛えてらっしゃる印象が。格闘技もお好きなようですし。

仁木:今そうやって見えるのは、そのコンプレックスの裏返しなんです。若い時に部活をやったり運動ができた子のほうが大人になってから何もしていなかったり、結構プクプクしていたりしますよね。

――当時、クラスのなかで自分はどういう子だったと思いますか。

仁木:日陰の雑草みたいな...。変わりもんやと思われていました。小学校6年生の時にクイズ番組の「アタック25」の小学生大会に出て優勝したりしていたので。本ばかり読んでいたので、雑学はあったんです。
当時の「アタック25」は児玉清さんが司会だったので、作家になってから児玉さんが司会をしている「週刊ブックレビュー」に出演する機会があったらご挨拶したいと思っていたんです。お亡くなりになったので再会できませんでした。

――それは残念でしたよね。でも優勝しただなんて、ご近所で大騒ぎになったりしませんでしたか。

仁木:それが、あまり出演することは周囲に言わなかったんです。たまたま見て気づく人がいる程度で。

――控えめだったんですね。

仁木:控えめなんですけれど調子ノリだから、気持ち悪かったと思いますよ。

――優勝ということは何か賞品とかあったわけですよね。

仁木:パリ、ニース旅行です。でも小学生は保護者がついて行かなくちゃいけないんですが、保護者は実費なんです。それで行かずに換金してしまいました。今となっては行けばよかったなと思うんですけれど。

――その頃、自分でも物語を作ろうとは思いませんでしたか。

仁木:小学校の頃は、将来の夢に「作家」がありました。それと、詩人になりたい時期がありました。5、6年生の時はわりとポエムを書いていました。

――どんな内容の詩ですか。

仁木:(笑)。あの、雲を歌ったり、竜を歌ったり......鳥肌立つほど恥ずかしいですね。書くのは好きだったんです。中学に入って一変してしまうんですけれど。

――なにがあったんでしょうか。

仁木:読書を一切しなくなりました。普通に思春期のリビドーで、友達で集まってエロ本の合評会をやったりはしていましたが(笑)。いかに親から見つからないように隠すか話したりとか。
それとは別に、アニメオタクになったんです。親に禁じられていたので、その反動かもしれません。当時の大阪のよみうりテレビで、長期休みになると「アニメ大好き」っていう、OVAを何本かまとめて見せてくれる番組があったんです。それで、今までのアニメとはまた違う、破壊力のあるアニメを知って、すっかりやられてしまいまして。
北爪宏幸さんの「メガゾーン23」というOVAとか、真鍋譲治さんの「アウトランダーズ」とかいった、今風のアニメの先駆けみたいなものを放送していました。ガンダムよりももうちょっとマニア向けみたいな内容ですね。そういうのを見て妄想する日々を送っていました。作家になるという将来の夢も忘れかけていました。中高の6年間はただモテたいと思っていました、何の努力もせずに(笑)。

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――小説は読まなくなったとしても、雑誌や漫画は読みませんでしたか。

仁木:漫画雑誌は中学時代から友達同士で回し読みしていましたね。『ジャンプ』『マガジン』『サンデー』。高校に入ったら『スピリッツ』『ヤンジャン』『ヤンマガ』。

――とりわけ好きな作品はありましたか。

仁木:高橋留美子さんが好きで、『うる星やつら』は僕、ファンの人が作った私設の「ラムちゃん同盟」というファンクラブみたいなものがあって、そこに入っていました。入ると同人誌を送ってくださったりするんです。当時は『うる星やつら』のアニメも、スタッフロールを暗記するくらいでした。「今日の原画は四分の一節子さんだから...」みたいに言えましたね。

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プロフィール

仁木英之(にき・ひでゆき)
1973年大阪府生まれ。2006年、『僕僕先生』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。 同シリーズのほか、『千里伝』シリーズ、『まほろばの王たち』『ちょうかい 未犯調査室』など多数。 8月下旬に『恋せよ魂魄 僕僕先生』を刊行予定。