作家の読書道 第158回:中山可穂さん

人間の魂の彷徨や恋愛を鮮烈に描き出す中山可穂さん。昨年にはデビュー作『猫背の王子』にはじまる王寺ミチル三部作の完結編『愛の国』を上梓、今年は宝塚を舞台にした『男役』が話題に。実は宝塚歌劇団は、10代の中山さんに大きな影響を与えた模様。そんな折々に読んでいた本とは、そして執筆に対する思いとは。

その1「『仮面の告白』に衝撃を受ける」 (1/6)

  • ([え]2-2)少年探偵団 江戸川乱歩・少年探偵2 (ポプラ文庫クラシック)
  • 『([え]2-2)少年探偵団 江戸川乱歩・少年探偵2 (ポプラ文庫クラシック)』
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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

中山:幼稚園に入る前くらいに、『不思議の国のアリス』を子ども向けの簡略版にした絵本を読んだと思います。あまり面白くなかった記憶がありますね。小学校に入ってからいちばん好きだったのは江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズです。今にして思えば、子供ながらに乱歩独特の耽美的な雰囲気を感じ取っていたのだと思います。小林少年がさらわれたり、怪人二十面相が子どもたちに怖いことをしたり。そこにやたら興奮していた記憶があります。国語の教科書に載っている小説は、4月に教科書を貰うと全部読んじゃって。新見南吉の『ごんぎつね』が悲しくて泣いたことは覚えています。

――インドアな子どもでしたか、アウトドアな子でしたか。

中山:インドアだったと思いますよ。目立たない子でした、中3までは。漫画は全然読まなかったですね。乱歩以外、何を読んでいたのかまったく憶えていない。何かしら読んでいたとは思うんですが。

――中学生時代はいかがでしたか。

中山:中学校に入ったらいろいろ読むようになって、学校の図書室によく行ってました。北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズが大好きでした。印象的だったのは、3年生の時に読んだ三島由紀夫の『仮面の告白』。十全には理解してなかったと思うんですけど、ものすごい衝撃だったんです。何で憶えているかというと、担任が国語の先生で、私が作文が得意だったんで目をかけてくれていて、「中山、最近どんな本を読んだ」ってしょっちゅう聞いてくれるんですね。『仮面の告白』を読んだと伝えたら「どうだった」って言うから「すごいびっくりしました」って言って、先生に夢中になって感想を話したんです。そしたら先生がとても嬉しそうに、「そうか。これからもっともっと沢山本を読んで、もっともっと沢山びっくりしなさい」っておっしゃったんですね。それは忘れられない会話です。すごくいい先生だったんですよ。

――『仮面の告白』でびっくりしたというのは、どういうところですか。

中山:多分、性的な目覚めですね。あれが自分にとってのヰタ・セクスアリスみたいなものです。まあ、自分はそっちの方に興味があるんじゃないかと薄々思っていたので。あの小説ってサディズムとかも前面に出ているし、トンネルの中で坑夫同士が交わるとか、すごい描写があって。

――中学3年で読むと確かに強烈ですね。先ほど、中3までは目立たない子だった、とおっしゃっていましたが。

中山:3年生になった時に学校に演劇部ができたんです。友達に誘われて、なんとなく入って。文化祭でシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を上演するはずだったんですけど、中心メンバーの3年生がみんな受験のために辞めてしまって、上演が中止になったんです。なんとなく入ったわりにはどうしても上演が諦めきれなくて。結局、代わりに別のものを自分で脚色して、後輩たちに役をつけて、上演したんですよ。それが、読書感想文を書くために読んで気に入っていた、ディケンズの『二都物語』でした。

――『二都物語』を中学生の時に自分で脚色したって、すごくないですか。長い話ですし、登場人物も多いですよね。

中山:主人公の虚無的で頽廃的な性格や、自己犠牲の精神を美化した恋愛部分に焦点を当てて脚色したと思います。脚色、演出、主演をやりました。音楽も全部自分で決めて。そうしたら学校中の先生がびっくりしたんですね。「あの大人しい子がどうしたんだ」って。突然変異でそういうことがあったのが中学3年でした。
そういえばその頃、NHKの名古屋放送局が作っていた「中学生日記」をよく見ていて、ある回でとても感動したので収録を見学に行ったんです。ディレクターの方と話しているときに「座談会するから、出ない?」って声をかけてもらって。で、出ちゃったんです。中学生同士で、学校生活について喋ったと思います。

――へえ、そういう時に物怖じせずに発言されていたんでしょうか。

中山:多分。中学3年という年がそういう年だったんですね。自意識みたいなものがいきなり噴出してしまったという。

――新作『男役』は宝塚の話ですが、あとがきに中学3年生の時にはじめて宝塚を観てカルチャーショックを受けたとありますね。

中山:そうなんです。12月にNHKで観た『ベルサイユのばら』で、ものすごくカルチャーショックを受けました。もちろん最初は「入りたい」と思うんですけど、身長とか容姿とか色々壁がありまして、「じゃあ、演出をしたい」って思うようになったんです。
でも進んだ高校には演劇部がありませんでした。「作ってください」と運動したけれども駄目でした。私がいた愛知県は保守的で、規則が厳しい学校が多いんですけど、その中でも1、2を争うくらい厳しい学校だったんです。演劇部がないために、余計にそういうものに対する思いが強くなっていきました。

――高校生だと、なかなか自分でお芝居見に行ったりもできないですよね。

中山:中日劇場があったんで、宝塚が時々来るんですね。そこで「ノバ・ボサ・ノバ」などを観ていました。あれは名作でした。

――高校時代の読書はいかがですか。

中山:読んでいたとは思うんですけど、あまり憶えていないんですよね。庄司薫の「赤ずきんちゃん」のシリーズは好きでした。街の本屋さんに行って、その店主さんに薦められたものを買って読んでいたなかに庄司薫も入っていたんだと思います。三島由紀夫は『仮面の告白』だけでしたね。あとは取っつきにくくて。今もあまり好きじゃないんです。『豊饒の海』も何度も挫折してるんです。

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プロフィール

中山可穂(なかやま かほ)
1960年生まれ。早稲田大学教育学部英語英文科卒。93年『猫背の王子』でデビュー。95年『天使の骨』で朝日新人文学賞、2001年『白い薔薇の淵まで』で山本周五郎賞を受賞。その他の作品に『マラケシュ心中』『弱法師』『ケッヘル』『サイゴン・タンゴ・カフェ』『悲歌』『愛の国』など。研ぎ澄まされた文体、深い叙情性、幻想的イマジネーションといった独特の作風で、読者の熱い支持を集めている。