その1「幼い頃から研究者志望」 (1/4)
――いちばん古い読書の記憶といいますと。
山田:私は文学少年でもなんでもなかったんです。「小説を読んだ」と自覚した記憶で古いものといいますと、小学4、5年生くらいの頃、誕生日に親に買ってもらった『ルパン対ホームズ』。アニメの『ルパン三世』を知っていたので、あのルパンの元祖となった人物の話なら面白いんじゃないかと興味を持ちました。そこからホームズなども若干読んだのですが、特別本を読むことにこだわるようにもならなかったですね。次に憶えているのはこれも小学5年生の時の夏目漱石『坊っちゃん』。エンターテインメントとしてめっぽう面白くて、じゃあ他の漱石も読んでみようとしたら、ちょっと感じが違う。『吾輩は猫である』だって結構思索的なんですよね。当時の私にとっては小難しくて、読書もそこで終わってしまいました。そこからしばらくは小説を読まない時期が続きました。
――ご出身は愛知県ですよね。どのような環境だったのですか。
山田:自然が豊かでしたね。山が見えて、田んぼがあって、すぐ裏に林があって、カブトムシを獲ったりしていました。私自身は取り柄のない子でしたよ。取り柄がないことがコンプレックスでした。小中学生の頃に映画に目覚めた、なんて話ができればいいんですけれど、そういう格好いいエピソードはないんです(笑)。勉強もすごくできたわけでもなくスポーツも駄目で。中学の時は剣道部に入っていたんですが、高校では入学直前に交通事故にあって右脚を骨折して、1年間くらい運動できませんでしたし。
――将来は何になりたいと思っていたんでしょうか。
山田:科学者になりたい、というのはありました。『マジンガーZ』の弓教授に憧れたんです(笑)。ロボットに乗って操縦するのではなく、開発する側の人間になりたい、と思うタイプでした。
――大学は筑波大学の農学関連の学部に進まれましたよね。これは何がきっかけだったのでしょうか。
山田:一浪している時にいろいろ考えて、将来問題になるのは食糧問題だろうから、これからは農学が大切になるだろうなと思ったんです。NHK特集を書籍化した、穀物メジャーを扱った本をたまたま読んだんです。そこに「種子を制するものは世界を制する」とあって。単純ですけれど、なるほどこれからは食糧問題か、と。大学からさらに大学院に進み、微生物の研究室に入って植物に寄生するカビを研究しました。僕の研究対象はカラマツに寄生する菌だったので、大学の演習林のある山に入ってカラマツを切り倒したりもしていましたね。その後は製薬会社で農薬の研究開発に携わりました。
――大学以降の読書生活は。論文や資料を読むことが多かったと思いますが、小説はいかがですか。
山田:3年か4年の時に、ジャーナリストの落合信彦さんの小説を読んだことは大きかったですね。落合さんのインタビュー記事を読んで、なんてドラマチックな人生を歩んでいる方なんだろう、と興味を持ったところに偶然集英社文庫の『男たちの伝説』を見つけたんですが、これが面白かった。たぶん私にとって、読み返した回数がいちばん多い本だと思います。暇があればページをめくっていました。
――そこまで魅了されたのは、どうしてだったのでしょうか。
山田:サダム・フセインが原子炉を作ろうとして、それをイスラエルが空爆で破壊したという実際の出来事が題材になっているんです。イスラエルから爆撃機を飛ばしてイラクまで行って原子炉を壊して帰ってくる計画が実行されたんですが、時間をかけると迎撃機がきてしまうので、原子炉を完全に破壊するのにせいぜい2分しかかけられなかった。そんな作戦がなぜ可能だったのか、というところから始まります。実はイスラエルの諜報機関がイラクの原子炉に電磁波装置を秘かに取り付けておいたため、そばまで行ってミサイルさえ発射すれば誘導に従って当たるようになっていた。その装置を取り付ける仕事を請け負ったのが日本人だった。もちろんフィクションですが、国際的事件の裏には日本人の活躍があったという話なんです。その日本人が国を捨ててアメリカに渡り、ベトナム戦争にも行って生き残ったという凄腕の傭兵、というサイドストーリーからしてスケールが違う。もう、一発でノックアウトされました。これがエンターテインメントだ、と思いました。
――繰り返し読み返したというのは。
山田:傑作と呼ばれるものって、筋が分かっていても楽しめるんですよね。黒澤映画と同じ。ここでこの台詞を言う、とか、ここでこういう行動を起こすというのがぐっとくる。
――そこから落合さんの他の本も読むようになったのですか。
山田:そのあと、エッセイ集『狼たちへの伝言』を読みました。当時、落合さんの言葉に感化された人は多いと思いますが、私もその一人です。内にこもるな、世界の目を向けよ、というメッセージが伝わってくる。それまで私は理系に進んで研究者になることを当たり前としていて、他の道を考えたことはなかったんです。でも『狼たちへの伝言』を読んだことによって、今のままでいいのかな、と強く感じました。結局研究職に進みましたが、その疑問はずっと持ってました。それで、落合さんの本を手当たり次第読むようになったのですが、そうするとドストエフスキーやカミュの名前が頻繁に出てくる。彼らの作品を知っていることが当たり前のように書かれているので、なるほど、これから一人前にやっていくには、こういう本を読んでおかないといけないんだなと思い、そこから海外の小説を読み始めました。