その1「最初に憧れたのは天文学者」 (1/4)
――青木さんってどんな子供だったのかなあと気になります。
青木:小さい頃は小説よりも天文学の本を読んでいたんです。漠然と、将来宇宙の研究者になりたいと思っていました。宇宙飛行士ではなく、天文学者みたいな職について人類に貢献したいという、わりと大きな夢を抱いていたんです(笑)。きっかけは憶えていないんですが、ちょうどホーキング博士の本が流行っていた頃でした。最初はテレビでそういう番組を見るくらいだったんですが、小学校の3、4年生の頃には一般書にも手を出していました。内容は全然分かっていなかったんですけれど。家に天体望遠鏡もありましたが、それは僕ではなく3つ上の兄が買ってもらったものでした。
――小説はまったく読まなかったのですか。
青木:クラスのみんなが読んでいたので、つられて怪人二十面相のシリーズは読みました。自分で本を買って読むようになったのは「ズッコケ三人組」のシリーズ。小学6年生の時にハマって、本屋さんに行ってシリーズを買って帰ってくることに幸福感を得ていました。いちばん本を買っていた時期かもしれません。その頃はもう天文学の本は読んでいなかったですね。「人類に貢献したい」という大きな夢はなくなっていました(笑)。
――少年探偵団にはハマらなかったのに、ズッコケ三人組にハマったのはどうしてだったのでしょうか。
青木:最初に読んだのが『ズッコケ恐怖体験』という幽霊話。これはシリーズのなかでも結構怖い話で、ものすごく怖がりながら読みました。それがハマった理由かもしれません。すごくよく憶えていますから。小学生の読書体験というとそれくらいです。
――本は自分で買うことが多かったのですか。図書館を利用したりはしなかったのでしょうか。
青木:図書館もかなり通っていました。小学生の頃に読んだ星の本は図書館で借りたものでした。他には兄が買った本も家にあったのでそれを読んだりして。小説は文庫本を買って読むという習慣でした。
――スポーツとか、他に何か夢中になったものはありましたか。
青木:スイミングに通っていたけれどすごく嫌だったんです。あれはつらかった思い出。あとは小1の頃にファミコンが出始めたので遊んでいました。でも、あまり流行りものにはのっからなかったんです。いちばんそれを感じるのは、小学校時代にビックリマンチョコが流行ったんですが、全然買っていなかったということ。兄も買っていなかった。そういえば、あっぱれ大将軍チョコというのを買ってシールを集めていましたが。その後で流行ったミニ四駆もまったくやりませんでした。普通の郊外の町で育ったんですけれど。
――映画やテレビ、漫画などは。
青木:映画はテレビで金曜ロードショーのようなものは観ていましたが、映画館はほとんど行っていないです。漫画もあまり自分では買いませんでした。兄が『少年ジャンプ』などは買っていたので、ジャンプ系の人気漫画を読むという感じでしたね。
――中学校以降はいかがでしたか。
青木:中学生になってから司馬遼太郎を読むようになりました。『燃えよ剣』とか『国盗り物語』が最初で、『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』などを。新潮文庫と文春文庫から司馬さんの本がたくさん出ていたので、それを買って揃えていました。歴史が好きだったので読み始めたんですが、司馬さんの本って少年文学に通じる面白さがあるんじゃないかと思います。じゃあ少年文学ってなんだということになりますが、なんというか子供が憧れるようなロマンがある。今でも実家にいくと当時揃えた本が残っています。あとは北杜夫さんの『どくとるマンボウ航海記』なども読みましたね。高校に入ってからは夏目漱石、川端康成、井伏鱒二、太宰治といった近代文学を手にとるようになりました。有名どころといいますか、新潮文庫にハマっていたので、そこで出ている本を読んでいました。兄が持っていた安部公房を読んだ記憶もありますね。そうしたなかで、高校時代にいちばん読んだのは大江健三郎です。聖典みたいに思っていました。あの文体を読んで文学ってこういうものなんだ、と影響を受けました。最初に読んだのは『個人的な体験』。それから『万延元年のフットボール』や初期の短編を読んでいきました。
――影響を受けたというのは、具体的にはどういう点ですか。
青木:最初に書いた小説が大江文体の模倣だったんです。内容的には自分自身を主人公にしたもので、本当につまらない日常を題材にしたものでした。
――それを書いたのはいつでしょう。そもそも、いつ頃から小説家になることを意識しはじめたのでしょう。
青木:高3の時に三者面談があったんです。僕と親と教師で将来について話し合うという。その時に急に「小説家になりたい」って言ったんです。先生に「いや、それはやめろ」「絶対に食えないから」と言われました。全然自分で書いたものなんてなかったし、文章を書くのだって苦手、いや、苦手というか嫌いだったのに...。なぜそう言ったのか分からないんです。でもその頃まで自分は小説を読むくらいしかしていなくて、具体的に将来なりたいものもイメージがなくて、とりあえず小説を読んでいるから小説家になろうと思ったみたいです(笑)。
――周囲に比べて自分はよく本を読んでいるな、と感じていたのでしょうか。
青木:周囲に本を読んでいる人が全然いなかったので、誰かと本の話をしたこともなかったですね。共通の話題となるとテレビとかゲームで、小説が身近になかったんです。近所には小さな本屋さんがちょこっとあるくらいだったし、友達も小説は宿題で出たものを読んでいるくらいで、みんな本を読まないんだなあと思っていました。自分はこっそり......でもないけれど、小説ばかり読んでいて。
――中高生時代、思春期の鬱々、みたいなものってありましたか。
青木:結構自閉していたというか。中学時代は陸上で1500mなど中距離走をそれなりに本格的にやっていたので、まだ明るい青春時代ではあったんです。陸上をやる一方で本を読んでいる、という感じで。高校でも陸上部に一瞬入るんですけれど、3か月目くらいで辞めてそれからずっと帰宅部でした。そこから青春の鬱々としたものが始まりました。中学校の陸上部では1秒でも速くなりたいという気持ちがあったんですが、高校でやってみたら成長が止まってしまって、全然通用しなかった。このまま続けてもまあ駄目だな、と思って辞めたんです。そこが人生の分岐点でした。いや、陸上部を選択した時点で駄目だったのかもしれません。軽音部とかを選んでいたら、もうちょっと違う高校時代を過ごしていたんじゃないかなと思います。今思うと文化部に憧れを持っていたのに...。部活を辞めてからは本当に高校がつまらなくて嫌で嫌で。それで、記憶がほとんどないんです。いちばん憶えているのが、行き帰りの通学路。
――ある意味"私のいない高校"ですね......。高校って共学でしたよね。片思いの甘酸っぱい思い出などもなかったのですか。
青木:ないですね...。小中学校の頃はまだ好きな子とかいたんですが高校時代は、もう......死んでましたね(笑)。