作家の読書道 第119回:小路幸也さん

東京・下町の大家族を描いて人気の『東京バンドワゴン』シリーズをはじめ、驚くべきスピードで新作を次々と発表している小路幸也さん。実は20代の前半まではミュージシャン志望、小説を書き始めたのは30歳の時だとか。そこからデビューまでにはひと苦労あって…。そんな小路さんの小説の原点はミステリ。音楽や映画のお話も交えながら、読書遍歴や小説の創作についてうかがいました。

その1「原点はミステリ」 (1/6)

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――小路さんは旭川のお生まれですよね。デビュー作の『空を見上げる古い歌を口ずさむ』の舞台と同じ、パルプ町というところで育ったとか。

小路:そうです、旭川市パルプ町というカタカナの入った地名が本当にあって、そこで生まれ育ちました。町の基幹産業が製紙だったんです。国策パルプ旭川工場の広い敷地があり、社宅もたくさんあり、丸太とかチップと呼ばれる木を砕いたものが山ほどあって...。デビュー作に書いた情景そのままです。

――いちばん古い読書の記憶といいますと。

小路:忘れもしない小学校2年生の時です。草野球か何かで遊んで家に帰ってきたら、テーブルの上におどろおどろしい表紙の本が置いてあって、これはなんだろうと思った。江戸川乱歩の少年探偵シリーズの『青銅の魔人』でした。僕には姉が二人いるんですが、どちらかが学校の図書館から借りてきていたようです。これが、自分から手に取って読んだという意味での最初の読書の記憶です。夢中になりましたね。当時テレビで「わんぱく探偵団」というアニメをやっていたんですが、これが原作なんだと気づきました。それから学校の図書室にある乱歩のシリーズは全部借りて読み、ないものは親に買ってもらいました。そこから読書好きの子供になりました。

――振り返ってみると、どこがツボだったんでしょう。怪人二十面相か、明智小五郎か、それとも。

小路:今思い起こせば小林少年ですね。僕が小さい頃のヒーローってアニメの「レインボー戦隊ロビン」や実写の「忍者部隊月光」やアニメの「鉄人28号」だったんですが、それらは子供たちがヒーローだったんです。ウルトラマンや仮面ライダーは小学生になってからなので、少し後なんですね。子供がヒーローということでは小林少年も同じ。子供なのに悪と闘って、お母さんお父さんの影がなくてすごく自由で、自分で生きている感じがした。僕は幼稚園の頃からはやく家を出たいと思っていたんです。自分一人で何でもできる、何にも束縛されない自由さに憧れました。小林少年は両親がいなくて、明智に拾われて育てられた戦災孤児だったと思いますが、そういうことを一切感じさせない強さがありました。

――そこからはどのような本を。

小路:その頃から図書室が特別な場所になって、面白そうなものを手当たり次第読みました。夢中になったのはエラリー・クイーンやレスリー・チャータリス。クイーンは国名シリーズが好きでした。『ギリシャ棺の秘密』や『エジプト十字架の秘密』とか。子供向けの、ものすごいダイジェスト版です。T字路で生首が見つかってクイーンが飛行機に乗って事件解決、というくらいのダイジェスト(笑)。クリスティーも子供向けのもので読みましたが、それでもクイーンの格好よさやマープルの穏やかなおばあちゃんぶりは印象に残っています。チャータリスは「怪盗セイント」が活躍するジュブナイルに夢中になりました。セイントはいわゆる義賊なんですが、悪党であれば殺してもいいというタイプで。

――小路さんの新刊『花咲小路四丁目の聖人』にはセイントという元怪盗が登場しますが、それはもしかして...。

小路:チャータリスの本からとったものです(笑)。

――ミステリが好きだったのですね。

小路:江戸川乱歩の流れで推理小説に心惹かれました。僕の原点はミステリです。でも図書室の本を借りるようになってからは、夏目漱石や森鴎外といった明治の文豪のものも読みました。ジュブナイル版でないものも。文字を読むことに抵抗がなかったんです。というのも僕は幼稚園に入る前から文字が読めたんです。僕はテレビっ子と言われたファースト世代の子供だったんですが、小さい頃はどんな番組が放送されるか知りたくても新聞のテレビ欄が読めない。それで二番目の姉に「これなーに」「あれなーに」と訊くわけです。すると「ああ、うるさい、自分で調べなさい」と言って辞書を渡された。もちろん子供向けの易しい辞書です。それで泣く泣く自分でそれをひきながらテレビ欄を見ているうちに、文字が読めるようになりました。

――読書記録などはつけていましたか。

小路:そういうことはしませんでした。ただ、記憶力はよかったですね。幼稚園くらいの頃にテレビで落語の「寿限無」を見て内容を憶えてしまいましたから。「ご隠居さんよ」「なんだい」っていうところから始まって、寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末......と、今でも憶えていますが、とにかく異常に記憶力のいい子でした。

――テレビもよくご覧になっていたんですよね。

小路:小学5年生の時には「必殺」シリーズがはじまったんです。「必殺仕掛人」ですね。当時は緒形拳さんが藤枝梅安役で、内容もシビアでハードな時代劇でした。濡れ場もあるのでとても小学生に見せられるものじゃない。でもうちの親父が時代劇好きなものだから初回を一緒に見て夢中になってしまって、これだけは見せてくれと頼みこんで見続けました。探偵ものもいってみれば悪を倒す話ですが、これもまさにそうですよね。そこに惹かれたと思います。

――その後、池波正太郎の原作をお読みになったりはしましたか。

小路:いえ、その後も読むのは海外ミステリばかりでした。時代小説は老後の楽しみにとってあるんです。ちらちらと読んだこともありますが、あまりにも面白そうなので今読んじゃいかん、と思っていて(笑)。

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プロフィール

小路幸也(しょうじゆきや) 北海道旭川市出身。2002年、「空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction」により講談社メフィスト賞を受賞。同作品がデビュー作となる。他の著書に「東京バンドワゴン」(集英社)、「HEARTBEAT」(東京創元社)、「残される者たちへ」(小学館)等多数。