その1「子供向けの聖書で物語の楽しさを知る」 (1/5)
――幼い頃の読書の記憶といいますと。
窪:私だけではなくて、絵本以外ではじめて意識したのは中川李枝子さんの『いやいやえん』や『ももいろのきりん』になります。そこからはじまってトーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』や松谷みよ子『モモちゃんとアカネちゃん』シリーズ、『赤毛のアン』、『大草原の小さな家』、『ハイジ』、『くまのパディントン』などを読み......冒険ものというよりも、女の人が好きそうな、生活まわりのことを書いたものが多かったですね。
――本は学校の図書室などで見つけていたのですか。
窪:家ではそれほど積極的に本を買ってくれるということもなかったので、学校の図書室や図書館を利用していました。東京の稲城市に住んでいたのですが2週間に一度、友達と市の図書館に行っては3~5冊借りていました。
――とりわけ本好きの子供だったのでしょうか。
窪:私だけではなくて、当時の子供はみんなよく本を読んでいたと思います。電車に乗って小学校に通っていたんですが、みんなで座席に並んで座って本を読んでいた記憶があります。積極的に先生が勧めていたわけでもないんですけれど。
――私立の学校に通っていたのですか。学校の作文の課題などは得意でしたか。
窪:カトリックの学校に入ったんです。南武線で5つくらい先の駅に通っていただけなんですけれど。作文はほめられていましたね。小学2年生くらいの時に、コンクールがあるからといって2、3人残されて作文を書かされたことがありました。この子は書けそうだな、という生徒を残したんだと思います。小2の作文というと普通は原稿用紙2枚くらいだと思うんですけれど、「自由に書いていいですよ」と言われたので、興奮して5枚ほど書いたことを憶えています。ああ、今思い出したんですがその頃、羽生先生という担当の先生が毎日、「せんせいあのね」とだけ書かれた小さなプリントを配っていたんですよ。何を書いてもよかったんです。こんな夢を見ましたとか、くだらない子供のつぶやきでも、羽生先生はすごく真面目にコメントを返してくださったので、うれしくていろいろ書いていましたね。先生が特に作文の教育に熱心だったのか、学校の方針だったのかはわからないんですけれど。
――その頃に読んでいた本といいますと。
窪:中高学年にかけて、何回も借りて読んでいたのが岡真史『ぼくは12歳』。12歳で飛び降り自殺をしてしまった子が書いた詩集なんです。道でバッタリ出会ったのに知らん顔して通り過ぎちゃった...という詩に、高橋悠治さんが曲をつけたものを矢野顕子さんが歌ったりしていました。こんな本を熱心に読んでこの子は大丈夫なんだろうかっていうくらい何度も借りて読みました。ほかの児童文学にはない、濃い影みたいなものを岡さんの詩に感じていたのかもしれません。ほかには、カトリックの学校だったので子供向けの聖書の本があって。7歳のときにもらった本なんですが...(と、古い本を取り出す)
――わあ、大事にとってあるんですね。
窪:『こどものせいしょ』。もうボロボロなんですけれど。エンデルレ書店というところから出ている本です。初版が昭和32年、私が持っているのは小学校に入る時だから昭和46年、21刷のもの。旧約聖書と新約聖書のエピソードが子供向けに分かりやすく書かれてあるんです。奇跡が起きたり海が割れたり、復活したり。天地創造やマグダラのマリアといった、有名なエピソードが入っています。聖書って物語の原型があると思う。この本で物語世界というものに惹かれたんだと思います。いちばん繰り返して読んでいる本ですね多分。
――中学校以降はいかがですか。
窪:中学生時代はあまり読んでいなくて、エピソードがないんです。家がもめていたので、読書に気持ちが向かなくて。安岡章太郎や星新一、あとは教科書に出てくるようなものは読んでいましたが、ほかはあまり記憶がないですね。その後、高校2年の時に村上龍さん、村上春樹さんに出会ったんです。友達に「『コインロッカー・ベイビーズ』がすごいよ、読んでみ」って言われて。その友達というのが、バンドを組んで西新宿にあったロフトに出ていて、ミュージシャンとつきあっているようなとんがった子でした。その子に言われて村上龍を読んだらびっくりしちゃったんです。教科書に出てくるようなものとは違って、自分の生活と地続きのところで書いている人がいると思って。まだ子供ですから、友達のバンドのライブを見に新宿に行っても、町が危なく感じられたんですね。紀伊國屋書店まで行くのにもドキドキするくらい。それに南口や西口には、まだ戦後の匂いが残っていたように思います。当時は日本のインディーズをよく聞いていて、そういう不穏な東京の町の雰囲気と、自分の聞いている音楽と、村上龍さんの小説は通じているんだってはっきりと感じていました。春樹さんは『羊をめぐる冒険』を薦められたけれども、正直言うと、その頃の私にはよく分からなかった。今でも春樹さんは短編のほうが好きなんですが、『中国行きのスロウ・ボート』に入っている「午後の最後の芝生」という短編がたぶんいちばん好き。失恋した大学生が読売ランドの近くにある家にアルバイトで芝生を刈りに行く。そこに酒浸りとなっているような未亡人がいて、そこにはもういない娘さんの部屋に連れていかれて、クローゼットを開けさせられてどんな娘だと思うか尋ねられる。真夏の庭で背中に受けるじりじりとした太陽の光や、明るいところから暗いところに入った時に目がチカチカする感じ、今話していても思い出しますね。そうしたイメージを喚起させるところがすごいなと思っていました。