作家の読書道 第108回:乾ルカさん

今年は単行本を3冊も上梓し、『あの日にかえりたい』が直木賞の候補にもなった乾ルカさん。グロテスクな描写がありながらも、ユーモアや哀しみを潜ませて、最後にはぐっと心に迫る着地点を描き出すその筆力の源はどこに…。と思ったら、敬愛する漫画があったりゲーマーだったりと、意外な面がたっぷり。大好きな作品についてとともに、作家デビューするまでの道のりも語ってくださいました。

その1「騙しの面白さを知る」 (1/6)

――乾さんはずっと北海道にお住まいなんですか。

:札幌で生まれ育って、今も札幌にいます。市外に住んだことはないんです。

――幼い頃に読んだ本の記憶といいますと。

:幼稚園がカトリック系でそこで発行される絵本を読んでいましたが、これぞ本を読んだ記憶だ、というのは小学校3年生のとき。いとこから『アクロイド殺人事件』を借りたんです。子供向けに編集されたシリーズがあったんですね。それまでは読み物というと絵本や教科書に載っている児童文学の抜粋ばかりだったので、本ってこういうものもあるんだ、と衝撃を受けました。設定といいオチといいすべてにびっくりして。それで、世の中にはどんな"騙し"があるんだろうと思って、手軽に読めるものとして推理もののクイズ本を読むようになりました。

――ああ、「この殺人事件の凶器は何でしょう、正解は次のページに」といった内容の本がたくさんありましたよね。

:私はそれでマルキ・ド・サドを知ったんです。離れていたところにいた女性が首を絞められて殺されました、凶器はなんでしょう、というクイズがあって。答えは「ムチで殺した」だったんですが、その犯人の絵がサドになっていました(笑)。他には多湖輝さんの『頭の体操』も読みました。こじつけも含めて面白かったです。

――こじつけといいますと。

:うろ覚えなのですが、2人の横綱がいて何戦目に勝敗が決まるか、というクイズの答えが"ちょっとそれを正答にされても"と突っ込みたくなるほど強引なものでした。

――なるほど。本以外では何か夢中になっているものや続けていたことはありますか。

:スポーツは中学校で軟式庭球部に入っていました。当時は硬式はなくて、テニスといえば軟式だったんです。でも友達も少なくてよくサボっていました。

――中学生になってからはどんな読書を。

:学校に行きたくなかったけれど、行かないと怒られるので、現実逃避で図書室にある本を読み始めたんです。そこに筒井康隆の『七瀬ふたたび』と『エディプスの恋人』があったんです。3部作らしいけれどなんで1冊ないんだろうと思っていて。

――肝心のシリーズ一作目『家族八景』がない。

:そうなんです。中2になったときに友達に「いやあ、ないんだよねえ」と言ったら「うちにあるよ」と言って貸してくれて。そこから筒井さんの本を読み出しました。ちょっと先の話になりますが、高2のときに必修クラブで読書クラブに入って、1年間すべて筒井さんの本でまとめたくらい。

――そこから図書室はよく利用するようになったのですか。

:頻繁に行きました。小学校は図書室ってあったのかな、というくらい憶えていないんですが、中学校では長期休暇の前には最大限の冊数を借りたりしていました。でも乱読というのではなく、気になったものを何度も繰り返し借りて読んでいました。『七瀬ふたたび』なんて、私しか借りていないんじゃないかというくらい。

――七瀬三部作にそこまで魅了されたのは、どうしてだったんでしょう。

:たぶん、テーマが超能力だったからだと思うんです。私は本当に何もできない、取り柄のない人間だったので、もし自分にそうした力があれば、それを心のよすがにして生きていけると感じていたんですね。みんなは知らないけれど私には実は不思議な力が......というのに憧れがあったんです。もちろん実際はそんな力はないし、むしろ鈍感きわまりなかったんですが。

――ところで、学校に行きたくなかったというのは。

:小学校の頃からもう行きたくなかったんです。入学式の頃って6歳ですが、今まで生きてきた年月と同じだけここに通うのか、と思いましたから。何が嫌って、もう給食が。子供の頃、偏食ぎみで食べられないものがいっぱいあったんです。でも私の年代は、ものは豊富でどんな食材でも手に入るけれども、戦時中の苦しかった記憶を忘れないためにというか、食べ物を残すことが許されなかったんです。中学校を卒業するまで本当に給食が嫌でした。

――全部食べるまでは席を立ってはいけない、とかですか。

:私がガンとして食べなかったので、最後には先生も折れて配膳された後で「残しそうな人は今のうちに戻しなさい」と言うようになりました。それで全部戻していました。

――今は食べ物の好き嫌いはどうなんですか。

:子供の頃ほどではないけれど、今もあまり食べることは得意ではないんです。ネギなど、どうしても駄目というものはありますね。あの食感というか、味がちょっと...。

――ネギですかあ。ところで国語の授業はどうでしたか。得意でしたか。

:小中学生の頃は得意ではありませんでした。高校になるとそれほど苦にはならなくなったんですが。作文などは自分で適当に創作して、実際にこんなことはなかったのに、という脚色を加えたりしていました。

――文章を書いたり物語を想像したりするのが好きだった、ということはなかったのでしょうか。

:ものを書くことが好きというわけではなかったんです。でもとにかく学校が嫌だったので、空想の世界を広げることがありました。例えば札幌には豊平川という石狩川の支流が流れているんですが、授業中に窓の外を眺めながら、豊平川から石狩川へと遡っていったら、いつも夏休みに遊びに行っているおばあちゃんちの近くにいけるかな、ということを考えていました。

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プロフィール

乾ルカ(いぬい・るか) 北海道在住。2006年に『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞。著書に『プロメテウスの涙』『メグル』『あの日に帰りたい』がある。