作家の読書道 第107回:百田尚樹さん

現在、デビュー作の『永遠の0』が大ベストセラーとなっている百田尚樹さん。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』などの人気番組を手がけてきた百田さんは、本とどのように接してきたのでしょう。50歳を目前にして小説を書き始めたきっかけ、そして小説に対するこだわりとは。刊行前から噂となっている大長編についても教えてくださいました。

その1「お父さんは文学青年」 (1/6)

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――百田さんは、大阪のどのあたりで育ったのですか。

百田:東淀川区の下町です。遊ぶのが大好きで、朝から晩まで外にいましたね。だから今でもそうなんですけれど、日が落ちるのがすごく嫌なんです。野球なんかしてて、暗なってさすがにボールが見えなってトボトボ歩いて家に帰る時がすごく寂しくて。今でも外におって暗なってくると、寂しい気持ちになるんです。

――ではおうちで本を読んだりはしていましたか。

百田:幼稚園のときに絵本は読んでいましたけど、それぐらいですね。うちの親父がすごい本好きだったんです。親父は大正の生まれで、夜間中学しか出てないんですけれど。お袋は見合いで結婚したんですけれど、すごく貧乏な家に嫁いだと思っていたのに家に本が山のようにあったんで、え、この人がこんなにたくさん本を持っているなんて、万引きしたんやろかと思ったそうです。

――へええ。どんな本があったんでしょうか。

百田:今でも実家に親父の蔵書があるんですけれど、プルーストの『失われた時を求めて』なんかも全巻あったりして。僕はいまだに読んでいません。親父は自分が本好きやったから、僕も本好きにしたかったんですよね。小学校低学年の時に岩波書店の少年少女文学全集の全何十巻もあるやつを、小学校卒業するまでに全部読んだらいいって与えられたんです。低学年のうちは何冊か親父が読んでくれたんですけれど、そのうち「もう字が読めるんだから自分で読め」と言われて読んでくれなくなって。それでパッタリ読まなくなりました。あれは惜しいことをしましたね。金の無駄遣いやった。

――小説は読まなかったにしても、例えば漫画なんかはいかがでしたか。

百田:漫画は大好きでした。親父は苦々しく思ってたでしょうね。『少年サンデー』や『少年マガジン』なんかを読みました。僕らの頃は町に貸本屋があったんで、もうしょっちゅう行ってました。山のように漫画が置いてあるんですが、販売用の漫画じゃなくて、貸本屋用の漫画なんです。水木しげるさんとか、さいとうたかをさんとか、あの頃はみんな貸本屋用にいっぱい描いていたんです。当時の少年漫画は結構残酷描写が多かったですね。すぐ手ぇ切ったり足切ったりするんです。それを小学校1年とか2年で読んでいたんですから、子供には刺激的やったかもしれません。でも当時の漫画はエロはなかったですね。

――ほかに、例えばノンフィクションなんかは読まなかったのですか。

百田:それで思い出したんですが、小学校4年のときに、どういうきっかけだったのが、学校の図書館にあった子供向けの偉人伝の全集から、ベーブ・ルースの伝記を読んだんです。それがすっごく面白くて。そこから、ナポレオンやらキュリー夫人やらナイチンゲールやら、その全集を全部読みました。でもいちばん面白かったのはベーブ・ルース。心に残ったのは、当時のアメリカの英雄で誰もなしえなかったほどホームランを量産した怪物なのに、晩年になってくると足は衰えるし目は悪くなってくる、というところ。自分の打席でピンチヒッターが出されて、俺はこんなチャンスでも他の選手に交代させられるのか、もう辞める時かもしれないなと思った時に、先に球団からキミはもう要らないわと言われるんです。当時の僕は、ヒーローや英雄はすごく格好よくて普遍的なものだと思っていたんですね。ベーブ・ルースもすごいなあ、テレビドラマに出てくるようなヒーローが本当にいたんだなと思っていたのに、最後打てなくなって、若い頃には簡単にホームランを打っていた無名のピッチャーに三振させられて、引っ込めという野次を浴びて、惨めに球団を去っていく。不思議な感じがしましたね。実際の人間の世界の英雄は、最後はこうなるんだと思いました。テレビドラマじゃないんだって。それ以外の偉人はみんな栄光を積み重ねてどんどん高みに上るけれど、野球選手は違うんですね。高みに上った後、惨めな姿をさらして去っていく。ベース・ルースが頭を抱えてベンチに座っている挿絵を、今でも憶えています。

――小学校4年生の時に読んだ、と学年まではっきり憶えているんですね。

百田:僕の中で小3と小4で線引きがあるんです。ちょうど新御堂ができるんで町の小学校がまるまるつぶれて、別の小学校に移ったんです。それまで木造の汚い校舎やったのが、鉄筋に変わって。同じ頃に家の近所に新大阪駅ができたりして、町がどんどん変わっていった。昭和39年から40年にかけては僕のなかで区切りの1ページとなっているんです。

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プロフィール

百田尚樹(ひゃくたなおき) 大阪府出身の放送作家・小説家。放送作家として人気番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送制作)ほか 数々の番組を手がける。2006年に『永遠の0』(太田出版)を発表し、小説家としてデビュー。 2009年『ボックス!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞の5位に選出され、映画化もされた