WEB本の雑誌

ホームグラウンド
『ホームグラウンド』
はらだみずき(著)
本の雑誌社
2012年2月20日搬入
価格 1,575円(税込)
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大切にしまっておいた夢はあるか?

『サッカーボーイズ』の著者が描く、ひとつのグラウンドと三代にわたる家族の物語。

サッカーをする場所を探し求める親子。校庭の扉は閉め切られ、公園からも追い立てられたふたりが、偶然たどり着いたのは、緑の芝生がどこまでも続く広場だった。芝生の向こうには、手をふる老人が立っている......。

いったいだれが、なんのために、このグラウンドをつくったのか?

情熱読書会:『ホームグラウンド』はらだみずき篇

無事発売となった『ホームグラウンド』はらだみずき著。その魅力を語らせろ!と津田沼、鶴見、名古屋の書店員さんがFacebook上に集まった。
題して「情熱読書会」。ストーリーの素晴らしさ、登場人物の魅力、そしてこの『ホームグラウンド』が伝えようとしていることなどとことん語り合う。
『ホームグラウンド』を読んでから読むか、読む前に読むかは読者にお任せするとして、どちらにしても「とにかく読んでくれ!」のイチオシ作品だ!


丸善書店津田沼店 沢田史郎
ブックポート203鶴見店 成川真
精文館書店中島新町店 久田かおり

沢田 という訳でお疲れ様です。どこの馬の骨とも分からない書店員が、はだみずきさんの新刊『ホームグラウンド』の魅力を語り尽くすという企画です。まずオイラが意外だったのが、ミステリ好きの成川さんが『ホームグラウンド』を気に入ったってことなんですけど。もっとミステリな人じゃなかったっけ?

成川 基本ミステリの人ですけど、沢田さんが“あんな紹介”したら気になって読みますよ。

沢田  ん? そんな派手な紹介の仕方だったっけ?

成川 「来年の本屋大賞は決まった!」って言ってましたよ。今年も決まってないのに「もう!?」て驚きましたもん(笑)。

沢田 そういえばそんなこと言ったな(笑)。で、成川さんに断りもせず、「成川さんのところにゲラを送れ」って本の雑誌社の杉江さんに頼んだんだった。

成川 いきなりゲラが送られてきてビックリしましたよ。まあ、うれしかったけど。

沢田 っつーかオイラが『ホームグラウンド』を誉めても、業界内の人たちには「また杉江と沢田が慣れ合って、なんかやってるよ」ぐらいにしか受け取って貰えなさそうで、正直やり難かった。杉江さんにも「はっきり言って、杉江さんとこじゃない方が誉めやすい」って電話で言ったもん。

成川 二人が仲がいいのを知っていたので、正直なところ読んでみるまではわからないなと警戒はしていました。ところがまあ、読んでみたら、すんません、ずっぽしハマってしまいまして…。

沢田 道尾秀介ファンの成川さんから見て、『ホームグラウンド』ってどーいう作品だった?

成川 道尾さんから語る、って無茶いいますね(笑)。基本的に道尾さんの作品は、過去にツライ傷を持つ人間が事件(性のある出来事)に巻き込まれ、それを乗り越える“きっかけ”を得る。そこからはその人次第、みたいで書かれない。だからすごいリアルで切り口も鮮やかな感じなんですが、『ホームグラウンド』は中盤くらいからじんわりきて、もう終盤行く前に「あ、これすごいイイ…」ってなったんですよね。で、最後がああいうところまでいって、もう本当に安心したというかなんというか。すみません、比較できません(笑)。とにかくイイ! 沢田さんは、どのように受け止められながら読まれたんですか?

沢田 どう言えば良いのかな…。サッカーのグラウンドを作るってのは、最初は雄蔵じいさんひとりの夢でしかなかったんだけど、少しずつ周りの人間が同調していくじゃない。圭介とか春菜とか。そのうち何だか、「グラウンドさえ作れば何かが起きる!」みたいに夢がドンドン膨らんでいく過程が、読んでてとにかく気持ち良かった。読み終わりたくないなあって。もの凄く乱暴な喩えだけど、宮本輝さんの『優駿』(新潮文庫)を読んだ時と、感動の仕方がちょっと似てる。あの作品も、名馬オラシオンに、みんながいつの間にか自分の夢を乗っけていく過程が凄く気持ち良かった。

成川 そうですね。僕、圭介は最初、抵抗勢力的な立ち位置なのかと思っていたんですが、それが変わっていく。情けないやつだなあと感じていたんですが、圭介が自分の中のくすぶりに気づいてから物語が激しく動き出しました。

沢田 圭介の同僚の春菜なんかも、最初は遊び慣れたチャンチャラチャン女かと思っていたけど、どんどん素敵な女性に変わっていく。

成川 春菜といえば、ちょっとあいまいな二人の関係を、圭介に問いただすじゃないですか。二人の反応が妙にリアルで同情したくなりましたよ…。まあ、こういう場合、いつの時代も男が悪いんですけどね。

沢田 って言うか、圭介、もっとしっかりしろ! と言いたい(笑)。あれは尻に敷かれるタイプだな。

成川 てことは、沢田さんは尻に敷かれるタイプではないと?

沢田 言い争うのが面倒だから、基本、言いなりだな(笑)。

成川 ふふふ。

沢田 「圭介が自分の中のくすぶりに気付く」っていう点が、この物語のひとつのキーなんじゃないかとさっき悟った。圭介の親父さんにしろ、春菜にしろ、雄蔵じいさんに触発されて、心の中で埃かぶっていた夢の残骸に、もう一度スポットライト当てようかって変わるじゃない。このリベンジの姿勢に、とてもとても共感しちゃうんだよね。誰が言ったんだか知らないけど、【夢を実現するのが難しいのではなく、夢を持続するのが難しいのだ】って言葉を思い出したよ。

久田 乱入! オトコふたりでこそこそ何やってるんすか?

沢田 いきなり現れたな、しかも名古屋から(笑)。久田さんの読書傾向は雑食系だよね。ミステリーから青春小説、恋愛小説と何でも読むよね。読まず嫌いみたいなの、無いの?

久田 名古屋からやって参りました雑食系のオンナです(笑)。読まず嫌いっていうならホラー。これはムリ。怖いの苦手。夜、お風呂に入れなくなるから。

沢田  じゃあ『ホームグラウンド』はホラーじゃないから大丈夫だね(笑)。どうだった?

久田 基本的にヒトが幸せになる話が好きなんですよ、根がイイヒトだから(笑)。だから『ホームグラウンド』は、もう読んでる間も読み終わった後も気持ち良かった。ほかほかしてる感じがしばらく消えなかった。

成川 同じ、同じ。

久田 でもね、途中まで圭介がすっごく嫌いだった。「もう! ヤなヤツっ!」って思いながら読んでた。

成川 あっはっは! それもわかるなー。「このヘタレめっ!」ってな感じでね。

久田 ヘタレってのもあるけど、自分の手柄のために雄蔵じいちゃんをさー。なんか保険関係に就職したヒトが親戚一同に保険かけさせるみたいな。

沢田 そうね、ふだん疎遠にしてるのに自分の都合で急に近親者ぶる奴って嫌だよね。自分の担当した本を売りたい時だけすり寄って来る営業とか…。

久田 うははは。今、営業さんたちが耳ふさいだわ!

沢田 とは言え、こちらも欲しい商品がある時は、急に猫なで声出したりするけどね(笑)。ま、おあいこだ。で、そんないけすかない圭介が、すっかり諦めちゃってた「夢」の断片に気が付くところから物語が一気に動き出す。ここからはもう止まらなかったでしょう。

久田 そそそそ。一気にね。みんな生き生きと動き出す。

成川 そうですよね。

久田 実は読む前ね、ちょっと心配だったの。杉江さんが「魂の一冊」とか「命を賭けた宝物」って言ってゲラを送ってくれたんだけど、杉江さんといえばサッカーバカじゃないですか?

沢田 うん。

久田 その人がサッカー小説を編集したっていうなら、私みたいにサッカーに疎くて、ルールもよくわかんようなやつに読めるのかって。それが蓋を開けたら「心配御無用!」って感じで!

沢田 うん、解る。オイラにとってもサッカーを「Play」する話ではなかったってのが良かった。なんつったって、グラウンドを作ろうとする話だもんね。ちなみに青少年のスポーツものは『SLUM DUNK』井上雄彦(集英社)と『YAWARA!』浦沢直樹(小学館)と『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社文庫)の三つがあれば、オイラは生きていける。

久田 『一瞬の風になれ』は私にとっては白すぎた。もっと葛藤を描いて欲しかったかな。あの年の『風が強く吹いている』三浦しをん(新潮文庫)の方が好きだった。「絶対ムリ」な夢を追い続けるハイジさんに惚れた。あ、青少年スポーツものなら『武士道シックスティーン』誉田哲也(文春文庫)も入れてよ! 王道王道。

成川 僕は漫画で良ければ『キャプテン翼』ですね。ドンピシャの世代なんです。

久田 『ホームグラウンド』が、サッカー好きにも、サッカー知らずにも、翼世代にも、非コミック派にも、ずどんとまっすぐ心に響くのは、そのメッセージがハンパなく真っ当だからだと思う。そのメッセージは「努力すれば夢は叶う」って。

成川 うんうん。

久田 ちなみに『ホームグラウンド』の中で、夢を見させるのも、夢を追いつづけさせるのも、んでもって夢を叶えさせるのも、みんな女なんだよね。だからこれはオトコの夢追い物語だけど、実は女性讃歌でもあり。

成川 そういう部分もありますね。実は僕、『ホームグラウンド』には個人的な思いがかなりかぶるんですよ。たとえば、小学校の頃、サッカーが大好きで、朝早くいって始業前にやって、昼休みも給食をかきこんで飛び出してやって、でも放課後にはできる場所がなくて…。だからせっかく買ってもらったサッカーボールも自宅の前で壁当てやったり、リフティングの練習したりしか使えなかった。

沢田 学校の校庭利用もだんだん厳しくなってきた頃だからね。

成川 それで中学校に入学してサッカー部に入るんですけど、ひとつ上の学年がワルの集まりで、きちんとサッカーができないものだから、僕、中二の時にサッカー部をやめてしまったんです。その中途半端な思いが実は今でもくすぶっていて、だから途中から圭介をすごい応援している自分がいました。

久田 リアル圭介だ!

成川 もちろんその後の人生で僕は違う夢を持ったし、後悔しているわけではないんですが、「サッカーが好きなのにやめてしまった」という思いは完全には成仏できていなくて…。だから圭介に託したという部分があって、涙が出そうになりました。

沢田 「成仏」って、解り易い言い方だね。誰でもひとつやふたつは、そういう不完全燃焼みたいな想いを抱えていたりするんじゃないかなぁ。オイラの場合はバスケだったんだけど、最後の試合の相手が日本代表も出してるようなちょっと有名な高校で、大会前から「勝てねぇ、勝てねぇ。せめて華々しく散ってやるぜ」とか言ってて、でもあれ、今思うと負けて傷付くのが怖かったんだよね。もっと真剣に勝つつもりでぶつかっていれば、たとえ負けても20年以上引きずるってことは無かったんじゃないかな。

久田 なるほどねー。スポーツで成仏できなかった想いを持つ人にとって、圭介は心に刺さったまま忘れてた棘そのものだったりするわけね。

沢田 そう。で、そういう「成仏」できていないそれぞれの想いとか夢が、雄蔵さんの“ホームグラウンド”をきっかけに、もう一度立ち上がる。その清々しさに引っ張られて、中盤以降、自分の読むスピードがじれったく感じるくらいだった。

成川  いつのまにかグラウンドの完成が、読んでる者の夢にもなってますよね。不思議だなあ。

沢田 今日、やけに冴えてるね。まさにその通り!

成川 今日だけじゃなくて、いつも冴えてますよ(笑)。あと、実は「作家志望だけど、競馬場にいってる親父さん」にもちょっと感情移入しました。

久田 修司は、いいよねー。髪結いの亭主のようで、実はじっと動き出すべき時を待ってた、冷凍保存された種みたいな(笑)。

成川 カッコ良すぎます。自分にはできないかなぁ、多分。

沢田 修司を見て、二種類の強さを思ったな。例えば、強盗を撃退するような「動」の強さもあるけれど、風雪にじっと耐え続ける「静」の強さもあるんだなぁ、と。山本周五郎の『樅の木は残った』(新潮文庫)を比較に出すと、ちょっと大袈裟だろうけど…。

成川 『ユリゴコロ』沼田まほかる(双葉社)の亮介の父親も、同じような静の男ですよね。ネタバレになるので詳しくはいえませんが。ああいう形ですべてを受け入れるのは、並大抵のことではないです、決意がね。

沢田 修司もいいけど、オイラは阿久里が魅力的なキャラだと思う。彼の活躍をもっと読みたかったなあ。

成川 関係ないところを耕して叱られたり。出番のわりに強烈で、目の離せないキャラでしたよね。

久田 阿久里くんが物語に奥行きを持たせてくれている。

沢田 阿久里にはいいセリフがあるんだけど、それは読んでのお楽しみだね。

久田 ああ、あれね(笑)。

沢田 読み終わった時に、圭介の身になって「もし雄蔵のグラウンドが無かったら…」って考えてみたらゾッとしたのよ。読了直後で完全に圭介に成りきっている時だったから、グラウンドに出会わなかったら、どんなつまらん人生を歩んでいたんだろうって。

久田 グラウンドがなかったら、か。それはキツイね。ただでさえアイデンティティーが揺らいでいるのに、自分の現在の居場所までなかったら耐えられないよ。圭介はずっとヤなヤツのままだったね。

沢田 男から見ると、ヤなヤツって言うより「つまらんヤツ」だな。

久田 小せぇヤツだと。

成川 雄蔵は芝を育て、孫を育てた、と。

沢田 やっぱり今日は冴えてるね。

成川 だから今日だけじゃないって(笑)。『ホームグラウンド』は、圭介の自分探しの物語であり、成長物語でもあり…。

久田 家族とはなにか、という問い掛けもあり…。

沢田 夫婦の絆の物語でもある…。

久田 地を耕し、種を植える。象徴的ですよね。

沢田 そうか! 実は「成長」って言うとどうも違和感があって、オイラなりに解釈すると、「成長」ではなく、「歩き出す物語」な気がするんだよね。それまで一ヶ所に停滞していた圭介たちが、グラウンドをきっかけにもう一度歩き出す、と。成長出来るかどうかは、その後の話。

久田 一歩を踏み出す物語ね。

成川 なるほど。生きる方向を見つけて、そちらに向かって進みはじめる…って、さすが沢田さんいいこというなあ。

沢田 冴えてる?(笑)

久田 あのさ、たいていの大人は夢なんて遠い昔に忘れ去ってるわけでしょ? 大人になると自分の夢を持つとか、自分で夢をみるって難しいじゃない。

沢田 そうだね。そう言われて、今、気づいたけど、圭介たちはみな、過去の後悔は後悔として残ってるんだけども、また、ああいう思いはしたくないぞという気持ちが、行動のきっかけとして大きなウェイトを占めているように思うな。不意に、松樹剛史の『ジョッキー』(集英社文庫)を思い出したんだけど、クライマックスの天皇賞で、鞍上の主人公が後ろばっか気にする神経質な愛馬に向かって、「もういいだろ、後ろは」って叫ぶ名場面があるんだよ。『ホームグラウンド』の登場人物たちも、それぞれが自分自身に「もういいだろ、後ろは!」って叫んでるような気がしたね。

久田 どんなに後悔したって過去は消せないんだからね。同じ過ちは繰り返さず進めばいいと。もし繰り返しちゃったとしてもやり直せばいい。夢がそこにあるかぎり何度でもさ。

沢田 そう。結局ね、この物語を語ろうとすると「夢」ってことになっちゃうんだけど、下手に語るとめっちゃ陳腐に聞こえるからやり難いんだよね。

久田 誰かのためってことかなあ…。

成川 雄蔵が自分のやりたかったことを捨てて、“誰かのために”と考えたことが、圭介の捨てていた“本当にやりたかったことをしたい”という気持ちにつながるというのは素敵ですよね。

久田 そうそう。誰かのためにって気持ちで動くことが、他の人を変える力にもなるんだよね。そもそも自分のやりたいことを明確に持ってる人って少ないんじゃない? だから誰かが何かを、やりだすと刺激を受けて、みんなわーっと動き出す。

沢田 「俺って、こんなことがやりたかったのか!?」って、後から気づくってこともあるしね。

成川 世の中の大半の人が、「やりたいこと」なんてできていないわけで、でも無理してもできない人もいれば、やろうと思えばできる人もいる。前者は圭介に自分を重ねて応援するしかないけど、後者のうち何人か、何十人か、何百人かが、この小説を読んで動き出すキッカケになったりしたら嬉しいよね。つまり、たくさんの人に読んでもらいたい。

久田 謎の少年が雄蔵さんの背中を押したように、春菜が圭介の背中を押したように、圭介が修司の背中を押したように、この小説がだれかの背中をちょっとだけでも押してくれるといいですよね。

沢田 とにかく読んでくれ!(笑)

ホームグラウンド
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