第5回 甘めにも辛めにも。変幻自在に焼酎を仕立てる店主の原点。
「甘めにしますか、辛めにしますか?」
衝撃の問いかけだった。
「意味がわかりません」
思わずそう返答してしまったほど予期もしない質問だった。芋焼酎の燗を注文した時のことだ。
1981年創業の老舗酒場「BETTAKO」。池袋で37年もの歴史を積んだのち、2018年に板橋の路地裏へ移転。昭和47(1972)年築の古民家で、焼酎の旨い酒場を家族で切り盛りしている。
あたしが初めてお邪魔したのは2023年のこと。かねてより、ホッピー好きの酒友たちから「抜群に美味しい樽生ホッピーを出す酒場がある」と聞いていた。いつかお邪魔せねばと思い続けて十数年、ようやく足を運ぶ機会に恵まれた。
ゆえに、あたしの最初の目的は、ホッピーだった。
シャーベット状に凍らせてある甲類焼酎にクリーミーな泡のホッピー。ジョッキもカチンコチンに凍っている。ぐい~っと呑めば、蜂蜜のような甘やかさが口中に広がり、旨味がムクムクッと盛り上がってくる。あまりの旨さに、瞬時にこれは只者じゃないと思ったほどだ。

店主・金本亨吉さんに、旨味の出どころを伺うと、甲類焼酎にあることがわかった。
ホッピー好きに馴染みの銘柄ではなく、山形の「爽金龍」が使用されていた。恥ずかしながら、あたし自身、初めて耳にした銘柄だった。東京生まれ育ちの金本さん、山形出身者でもないのに、なぜにその甲類焼酎を? 素朴な疑問を投げかけると、これまたド級な答えが返ってきた。
「全国から甲類焼酎を取り寄せました。樽生ホッピーを取り扱い始めた2002年当時は、北は北海道から南は九州まで各都道府県で甲類焼酎はPBブランドも含めて全部で79銘柄あったんですが、それを1酒ずつ、ホッピーとの相性を調べまして。ベストバランスのものを選んだら、こうなりました」
そもそも、甲類焼酎にそんなにも種類があることすらも知らなかったのだが、それらを全て取り寄せて、実際に相性を試すという労力の掛け方にも驚いた。やっぱり只者ではない。しかも実に涼しげな顔で、「普通のことですよ」と仰るのだ。
この一点をもってしても、変態な店主認定を密かにしてしまったのだが、それからさらに芋焼酎の燗を注文した時に冒頭の問いかけをされて、ますますあたしの脳みそは混迷を極めた。意味することが全くわからないのだ。
しかし、金本さんは、「コーヒーに砂糖入れます? それともノンシュガーで?」と聞くがごとく、当たり前のように、焼酎を甘めにするか、辛めにするかと聞いてくるのだ。
単一の特定銘柄の焼酎。何も加えることなく、甘くしたり辛くしたりすることができるのか?
半信半疑で、辛めでお願いすると、まろやかさの中に、キリッとしたドライな飲み口で仕上がってきた。となると、甘い味にも興味が湧く。それも仕立ててもらうと、あぁ、確かに、甘い。芋の甘やかな風味が生きている。同じ焼酎で、こうも異なる味に仕上がるなんて。度肝を抜かれた。ますます、ど変態店主認定をしてしまったのは、言うまでもない。
金本さんが「BETTAKO」を継いだのは、2000年のこと。それまではお母様と叔父様がメインで切り盛りをされていた。焼き鳥を出す店で、特に焼酎居酒屋というわけではなかったそう。その酒場を、今や、焼酎の蔵元たちも一目置く焼酎居酒屋にしたのが、金本さんだ。
元々、某大手ゲーム会社で、ゲームデザイナーをされていた金本さん。
「お店を継ぐ気はさらさらなかったですね。ずっと見てきているじゃないですか、幼少期から水商売の辛さを。だから違う道に進もうと」
そんな金本さんが焼酎に魅了されたのが、ゲームデザイナー時代。
「1993年当時、ちょうどiモードが普及してきて、そのコンテンツでロールプレイングゲームができないかということになりました。日本地図を見たら、鹿児島がベストな地形だったんですよ。活火山があって港町があって、活火山の近くにも町があって、離島もある。まさにロールプレイングに相応しい土地なんですよね」
ゲームを作るにあたって、実際に自分の足で鹿児島を歩きに歩いた金本さん。
「基本的にゲームの画面は平面なんですが、ちょっと立体的に見せたいということになって。その高低差を測るために歩くんです。ゼンリンの地図を見ているだけではわからない情報なので。大きなマップを片手に、地道に歩きました。今だったら、ドローンを飛ばせば済む話なんですけれどね。当時は、人力です、アナログです。もう命と引き換えです(笑)」
例えば、知覧から枕崎まで自分の足で歩いては、地形を把握してデザインをする。そんな手間のかかる作業をしている中での出会いが、金本さんの運命を決めることになる。
地元の農家さん、町の人、そして酒蔵の方々と知り合っていくのだ。
「歩いているとね、町の人たちが、何しているんですか?って聞いてくれるわけなんですね。自分、西郷隆盛顔してますしね(笑)。山下清的におにぎりをもらったり、家に泊めてもらったり。本当に土地の人たちによくしてもらいました」
農家さんと知り合うことで、芋掘りの手伝いまでもするように。その時にさつま芋の品種を覚えたという。
そして鹿児島の繁華街・天文館にある居酒屋で、さつま酒造の副社長と出会う。
「自分はビールしか呑まなかったんですね。そしたら、なんで焼酎を呑まないんだ!って」
それをきっかけに、蔵へ足を運ぶことになる。しかし、単に蔵見学に行ったわけではないのが、金本さんのすごいところ。
「とりあえず仕事をさせてください」
そんなアプローチだった。
「基本的に初めて見るんですよね、焼酎の酒蔵を。施設が本当に素晴らしくて。蒸気が出ていて人が働いている。その一場面をもってしても、ロールプレイングにもってこいなんですね。で、ロールプレイング用にスケッチデザインするんですが、ある程度説明をされても詳細は頭に入ってこないんですよ。見ただけではわからないから、実際に働かせてもらいました」
そこから金本さんと焼酎のストーリーが始まる。

口開け17時。8席ある一階L字カウンター席に、常連さんらしき男性客がひとり来店。それから10分経たないうちに、さらにひとり呑み男性客来店。先客の男性の隣に着席。お二人は知り合いのようだ。
TVでニュースが映されている中、昭和歌謡がBGMで流されている。常連さんらしき男性陣は、紙ふうせんの「冬が来る前に」や、山本コータローとウイークエンドなどの曲に合わせて鼻歌を唄いながら、それぞれ勝手に焼酎をグラスに注ぎ入れ、店主に自己申告をされている。なんて自由なんだ。びっくりして眺めていたところ、
「池袋時代からの常連さんです」
金本さんが教えてくれた。
「昔はさ、頑なに、お湯割りしか出してくれなかったんだよね」
客の好みに合わせて変幻自在に焼酎を仕立ててくれる現在の姿からは想像もできないことを、一番乗りの常連客が教えてくれる。
「焼酎ロックでと言われても、駄目です、と(笑)。若い頃は、尖ってましたからね」
と金本さん。
突如全国を席巻した芋焼酎ブーム。入手困難はもちろんのこと、高額転売される銘柄まで登場した時代だ。メーカーさえも対応できない状況になっていた中、焼酎の正統なる美味しさを呑み手にちゃんと伝えたい、その想いがあってこそのことだった。

「みんなで鹿児島の農家さんのところにまで行ったよね」
先客常連男性がさらに教えてくれる。
「鹿児島の農家さんをお店にお呼びして、さつま芋のプレゼンをしてもらったんです。とあるお客さんが、土に入れれば苗ができるんでしょう、なんて言ったので、そんなもんじゃない、勉強をしに来い!と言われて、みんなを連れて鹿児島へ行きました」
芋の植え付けに加えて、田植えもやったそう。
「田植えは、褌でやりました。(鹿児島の)大石酒造の社長から、『昔は褌でやったんだぞ、お前もそれぐらいの意気込みでやれよ』と、褌が送られてきたので(笑)。当時の市長も、わざわざ来てくれましたね。こんなにも何もないところに、東京からたくさんの人が来てくれたって」
この時のメンバーは誰一人、業界関係者でもなく、ただただ芋焼酎が好きという酒呑みたちの集まりだったそう。客も店主に負けず劣らず焼酎愛が強い方々なのだ。

金本さんは、芋焼酎のプロデュースもされており、褌を贈ってくれた大石酒造とのオリジナルコラボ酒「波瑠」も人気だ。開発に当たっての酒質イメージを伺うと、
「1998年当時の味を再現しました」
ど変態な答えが返ってきた。
95年当時はまだ独特の香りが漂う焼酎が多かった中、96年頃から香りが穏やかで呑みやすい芋焼酎が普及し始め、98年には本格的にダラダラと呑める焼酎が出てきた。その当時の、時間をかけてゆるゆると呑んで疲れを癒す、いわゆる"だいやめ"の焼酎を念頭において作られたのだそう。

年代をピンポイントにスラスラッと提示しながら語られる姿に圧倒されていたところ、94年から現在に至るまで三十数年にもわたって、毎年、焼酎の酒質をデータベース化していると教えてくれた。とんでもない探究心だ。
「今の焼酎は随分と洗練されているし、斬新なものも多いけれど、昔ながらの焼酎に後戻りできる環境も作ってあげておかなきゃと思うんです。蔵元の若い世代の人たちのためにもね。ロードマップを作っておくのは重要なことなんです」
呑み手どころか造り手のことまで考えているとは、恐れ入った。
そんな金本さん、クラシカルな焼酎一辺倒ではない。金本さんならではの唯一無二の手技もお持ちなのだ。それがブレンド焼酎。
「香ばしさを入れますか?」
甘め、辛めに続いて、びっくりした問いかけだった。これも芋焼酎の燗をお願いした時のこと。これまたやっぱり意味が理解できないまま、入れてください、と返答したのだが、仕立ててくださったのが、芋焼酎「白霧島」に麦焼酎「やき麦」をブレンドして燗をつけたもの。芋焼酎に麦焼酎を重ねるとは、すごい手法だ! 口に含めば、芋の甘さの中に麦の香ばしさが広がる。多層な味わいに驚いた。

さらに驚愕したのが、割水。焼酎の銘柄に合わせて、硬水、軟水を使い分け、超硬水であるコントレックスなどの海外ミネラルウォーターと国産のものをブレンドすることも。
独自に酒質・水質を分析し、数値化。それに基づいて燗の付け方、ブレンドの仕方、割水の調合を決めているのだ。
「地下水も環境の変化と共に数値が変わる。だから、国土交通省の水脈マップと気象庁の情報はとても重要です」
口を開くほどに変態っぷりがダダ漏れしていく金本さん。
「この人、変態中の変態ですから」
常連客がそう言えば、
「普通です」
またしても涼しい顔の金本さん。
その常連さんも、この日、焼酎以外、一切口にしていない。
「お店、すごく忙しいでしょう。だから今日は(料理の注文はせずに)焼酎だけ」
気遣いのベクトルがイカれている。さらに
「同じメニューでも、違う仕立てで出てくるし、想像していたものと全く違うものが出てくるから、隣り合った人が食べているのを見て気になったものを注文するのが、ここでは正しいです」と教えてくれた。
その助言通りに、隣客に追随して頼んだのが、「北寄貝のなめろう」。叩いたなめろうの上に、つるりとした滑らかな貝の身も盛り込まれ、まさに貝尽くし。食感の違いも堪能できて、どこからどう食べても、一分の隙なく旨味の塊。

それに合わせて芋焼酎燗を辛めでお願いすると、「黒霧島」と「白霧島」をブレンドしたものを、フランスのミネラルウォーター2種類をブレンドしたもので割って燗酒にしてくれた。
「ボープレは硬度240、オジュは硬度180。足して割って、硬度127に合わせてあります。霧島は硬度を上げると、カチッとはまりますから」
この人は、一体どこまで変態道を突き進むのだろう。



料理も実に独創的。常連さんが言ったように、メニュー名からは想像できないものが登場する。
「冬のたたき平政と種子島安納芋の拵え合わせ刺し」は、平政のたたきに安納芋が付け合わせで出てくるのかと思いきや、からりと揚げられた安納芋に平政がサンドされての登場。平政はすり鉢があてられたものと刺身がMIXされているという手の込みよう。胡麻の香りも高く、平政の穏やかな甘みと安納芋の艶やかな甘み、階層の違う甘み同士が一体となった色気溢れるひと皿。魚と芋がこんなにも合うなんて。冷製と温製の組み合わせも予想外で楽しい。
このつまみに合うよう仕立ててくれた焼酎燗は、芋焼酎「さつま美人」と麦焼酎「まるにし きまぐれ風とんぼ」に、さらに日本酒「菊正宗」を足したものだった。想像の斜め上を行きまくる掛け合わせだ。



「黒そいの肝寄せ仕上げ」は、こんもりドーム状に盛られた刺身に肝がクリームのように塗られている。まるでケーキのようだ。箸を差し入れれば、肝の合間から、そいの身がほろりほろりと現れる。てっきり肝醤油が添えられた刺身スタイルでやってくるとばかり思っていたので、何を注文したのかわからなくなったほどだ。金本さんの手にかかると刺身も三次元になって仕上がってくるのである。
「自分は、芸人だと思っているんで。ザッツ・エンターテイメント。どれだけお客さんに楽しんでもらえるか」
まさに金本さんの言葉が体現されている料理だ。


さらにワクワクする逸品がある。「本日の酒あてライス」だ。酒のつまみになる米料理ということはメニュー名からわかるのだが、手元に出された瞬間に唸った。
あん肝ライスに、自家製あん肝バターがのっている。バターとあん肝、禁断すぎる組み合わせにもヤラレタのだが、そこにさらにメレンゲがトッピングされているのだ。まさかの仕様。厨房から、ケーキ屋のようなホイップ音がしていたのは、これのためだったのか! 腱鞘炎だとおっしゃっていた中、泡立て器できめ細かに仕立てて下さったメレンゲは、雪解けの口当たり。肝とバターで濃厚中の濃厚になった口中に、ほわりと。これには痺れた。

これほどまでに独創的な料理の原点も鹿児島。そしてゲームデザイナー時代。
鹿児島の居酒屋でたまたま知り合った方が「城山観光ホテル(現・SHIROYAMA HOTEL kagoshima)」の総料理長だった。初対面にして意気投合し、5軒も梯子酒をしたという。挙げ句その方の家に泊めてもらったのだそう。すごい人間力だ。その縁で、その方が独立後構えたお店で、住み込みでの修業をされたのだそう。
「1年で3年分の修業を積みました。ベースがしっかりとしていればカスタマイズができますから」
その土台があるからこその、独創性。見た目からして驚きがあるのだが、口に運べばなお一層のサプライズ。こんなにも美味しくて楽しい料理にはなかなか出会えるものではない。
「食材も市場で一期一会。その時買い求められたもので、仕立てる。それを大切にしているので、高い食材も要らないんです」
これだけの料理を居酒屋価格で出してくれるのだ。ありがたい。
尖っていた頃の面影はなく、万人を楽しませる術を惜しげもなく披露してくれている金本さん。
そこには、
「本格焼酎は、自分にとっては人生の一部であり、身体の一部でもあります。多くのことや温もりを現場の人たちから頂いてきました。未熟さを痛感しながらも、本格焼酎とエンドユーザーへの架け橋になれるよう、日々、学ばせていただいております」
という金本さんの謙虚かつ、揺るぎない愛情が詰まっている。
店名 |
酒場BETTAKO(べったこ) |
住所 |
東京都北区滝野川6-84-10 |
電話番号 |
03-5394-8033 |
営業時間 |
火:18:00~22:00 水~金・土:17:00~23:00 日・祝日:16:30~22:00 |
定休日 |
月曜、その他休みはブログ、SNSに掲載 |
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