オリジナル文庫大賞

2024年度北上次郎オリジナル文庫大賞は『出署拒否』と『十五光年より遠くない』のダブル受賞だ!

昨年から「北上次郎オリジナル文庫大賞」と名称を変更した本賞は、オリジナル文庫にもっとスポットを当てたい! とりわけ、まだ陽の当たっていない書き手を推していこう! という北上次郎氏の熱い想いを受けて始まった賞です。今年も氏の志を受け継いだ編集者8名、評論家3名が選考委員となって大賞を決めていきます。2024年の候補作は、以下の通り。
  • 出署拒否 巡査部長・野路明良(祥伝社文庫ま12-3) (祥伝社文庫 ま 12-3)
  • 『出署拒否 巡査部長・野路明良(祥伝社文庫ま12-3) (祥伝社文庫 ま 12-3)』
    松嶋智左
    祥伝社
    836円(税込)
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  • 十五光年より遠くない (ガガガ文庫 ガし 6-2)
  • 『十五光年より遠くない (ガガガ文庫 ガし 6-2)』
    新馬場 新,あんよ
    小学館
    946円(税込)
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  • キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ (角川文庫)
  • 『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ (角川文庫)』
    長月 天音
    KADOKAWA
    836円(税込)
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  • 中野くんと坂上くん(上) (角川文庫)
  • 『中野くんと坂上くん(上) (角川文庫)』
    エムロク
    KADOKAWA
    748円(税込)
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  • 中野くんと坂上くん(下) (角川文庫)
  • 『中野くんと坂上くん(下) (角川文庫)』
    エムロク
    KADOKAWA
    748円(税込)
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  • ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子 (集英社文庫)
  • 『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子 (集英社文庫)』
    門田 充宏
    集英社
    968円(税込)
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  • 檜垣澤家の炎上 (新潮文庫 な 112-1)
  • 『檜垣澤家の炎上 (新潮文庫 な 112-1)』
    永嶋 恵美
    新潮社
    1,210円(税込)
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候補作一覧

『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』長月天音(角川文庫)
『出署拒否 巡査部長・野路明良』松嶋智左(祥伝社文庫)
『中野くんと坂上くん 上・下』エムロク(角川文庫)
『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子』門田充宏(集英社文庫)
『十五光年より遠くない』新馬場新(ガガガ文庫)
『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)

*以上六作を候補作としましたが、予備選考の段階で、金子ユミ『女形と針子』(小学館時代小説文庫)、深町秋生『スリーアミーゴス バッドカンパニー3』(集英社文庫)、五条紀夫『イデアの再臨』(新潮文庫nex)の3作もそれぞれに評価が高く、選考委員で討議がなされたことを付記しておきます。


⚫︎ さぁ、今年も勝手に大賞を決めていくぞ!

浜本 今年は表の上から順に全員でクロストークをしていく形にします。まずは長月天音さん『キッチン常夜灯』からいきましょうか。
編A はい、私は4点をつけました。こんなにずっとご飯の話だけが語られていくというのは、他にはそんなにないなと思って、そこが高評価ポイントでした。もちろん、彼氏の話も仕事の話も描かれてはいるんですが、ほぼほぼご飯の話なのに、ちゃんと読ませ力がある。シリーズ2作めですが、本書から読んでも違和感はないです。文庫オリジナルとは町中華のようなものであるべきだ、という「町中華理論」で言うなら、ちょっと疲れた時にほっとする定番の味という感じです。
編B ファミレスが出てきますしね。物語もファミレス感がある。
評A 私はこの手の話が好きなはずなんですが、2点でした。登場人物が概ねいい人ばかり、というのがなんか物足りなかったんですよ。殺伐としたご時世なので、こういう優しい物語は必要だとは思うんですが、もう少し悪意がある人物を登場させても良かったかな、と。
編A 私は読み手に負荷をかけないように、あえてそういうキャラを出さなかったのかな、と。
評B このシリーズは「キッチン常夜灯」をめぐる常連のドラマを巻ごとに描いていくシリーズなんだと思うんです。一作目は、本書のヒロインの友人として登場する女性が主人公なんです。そういう仕掛けもそうだし、ヒロインが働くレストランで女性を積極的に起用するようになったことで、職場からあぶれてしまった男性を描いたり、とオーソドックスなドラマ作りから、少し外している。その辺りを私は評価して、私も4点をつけました。
編C 僕も4点をつけました。美味しいご飯とお仕事、恋愛のバランスがいいなと思ったのと、オリジナル文庫って、さらっと読めるところもポイントだと思うので、そこを評価しました。
編D Cさん同様、僕も、オリジナル文庫としてストレスなく読ませる点を評価して4点です。
編E 普段、本を読まない人にもお勧めしやすいと思いました。あと、主人公が昔付き合っていた彼氏が神保町の店長をしているんですが、普通に会話してるのは、ちょっと......。
編B そこは突っ込まないであげて(笑)
編F 僕は3評価にしました。長月さんには、北上(次郎)さんが推していた『神楽坂スパイス・ボックス』(ハルキ文庫)というシリーズがあって、現時点での長月作品としてはベストだと思っているんですが、本書はもちろん、一作ごとに努力の跡がうかがえて、そこがいいんですよね。どこかでブレイクして欲しいと思いつつ、3点以上をつけられないのは、長月作品の主人公がほぼみんな同じに見えてしまうからです。ここは、これからの課題かなと思います。どの作品でも主人公が一緒というのは、西村賢太ならそれでいいんですが。
一同 あぁ......
編F さらに言うなら、この本に出てくる料理、どれも胃もたれしそうじゃないですか? 「キッチン常夜灯」はビストロなので、まぁ、いいとしても、ヒロインが務めているのはファミレスですよね。ファミレスって全年齢を対象にしているはずなのに、なんで重いメニューの開発ばかりしているんだ? と。
一同 爆笑
編G 「キッチン常夜灯」も、深夜の時間帯にバスク料理というのはヘビーですよね。朝までいるとおにぎりが出るんですが。
編H 僕は楽しく読んだんですが、後半にいくにしたがって「キッチン常夜灯」のパートが入ってくると本筋のお仕事小説の面白さが停滞する感じがあったのが残念で。あと、こういう話って昭和のおじさんがキレイな女将のいる小料理屋さんに行って癒される、という話と構造的には一緒だな、と思ってしまったんですよ。それで少し醒めてしまった。
評C あぁ、わかります。
編H 「仕事に疲れたおじさん」が「仕事に疲れた女性」に変わったのは、社会的にはいいことであるんですけど、物語としての新鮮味が薄いのは否めない。あと、これだけグルメ漫画があるこの時代に、小説が漫画の後追いのような形になるのはどうなのか? という問いが自分の宿題になってて、それで少し辛めに2点としました。
編B 私は文章がちょっと陳腐に感じました。大事な時に出てくる文章が紋切り型なんです。町中華の味わい、それはそれでいいんですが、同じ化学調味料ばかりが使われていると、食傷気味になる。あとFさんが言った、この作者の主人公がどれも同じに見える、という意見は私も同意見です。もしかして同じタイプの主人公しか書けないんじゃないか、という危惧があります。
編F かといって、全く別のキャラを、となると大失敗しそうですよね。なので、「神楽坂スパイス・ボックス」シリーズのように、スパイスというテーマに特化するとか、そっちの方向がいいと思う。或いは、主人公の年齢を変えるか、主人公周りのキャラを変えるとか。
評A この作者がこれからどう変わっていくのか、その変化は追いたいよね。

浜本 次は、松嶋智左さん『出署拒否 巡査部長・野路明良』です。
評A 警察小説で、この手があったか! という新鮮な驚きがあって、そこがすごく面白かった。松嶋さん、今、すごくノっている作家さんだと思う。松嶋さん、元白バイ隊員だったこともあって、警察内部のディテイルがしっかりしているのもいい。
編G 僕は、相対的な採点で5点です。警察小説であり、主人公の野路と引きこもりの新人警官・友枝のバディものでもあり、ミステリ、恋愛要素もある、オリジナル文庫要素としては全部盛りみたいな感じで、読んでいてこれが一番楽しかった。まとまりすぎてつまらない、ということはあるかもしれませんが。
浜本 こちらは総じて点数が高いですね。2点をつけてる人が一人しかいない。
評C 2をつけたのは私です。これは松嶋さんのブレイク作品じゃないかと思います。以前の作品と比べてもプロットの作り方が格段に上手くなっている。野路シリーズの既刊本二冊より、すごく出来がいい。前ニ作はもっとべったりしているんです。ただ、ブレイクした作品であるのは確かなんですが、ここからどんどん上手くなっていくだろう、ということを考えると、出世作の一歩手前感は否めない。まだまだこの作家の頂点ではない気がします。それに加えて、相対評価なこともあって2点にしましたが、作品評価はかなり高いです。
編D 僕は、警察小説としては派手なことが起きないのに読ませる、という点を評価しました。
評A 出署拒否、というアイディアがいいよね。警官なのに、いいわけ? とは思うけど(笑)
編H Z世代ならありそうじゃないですか?(笑)
浜本 そこがフィクションのいいところですよね。
編D まぁ、普通はクビになりますよね(笑)
編H 僕は4点をつけました。読んでいてこれが一番面白かったかもしれない。「町中華理論」でいくと、町中華版横山秀夫だと思いました。
一同 おぉっ!!
編B 『キッチン常夜灯』同様、シリーズものなので、シリーズ作のなかでインパクトを出すのは難しいと思っていて、そこで加点した4点です。出署拒否している人間を、こんなふうに物語のなかで使うというのは、一発ネタとしてアリだと思いました。
評B  私は3点をつけましたが、4点でもいいな、という3点です。ただ、この作者には、オリジナル文庫市場を支えるシリーズものを書き続けていける力があるんだろうな、と思います。その観点からなら5点でもいい気はしました。
編F この作者は、物語のなかで複数の事件を絡ませるという作品が多いんですが、その事件のコントラストをもっとはっきりさせるといいのでは、と思いました。コントラストをつけるのは、ごちゃついてしまうことが多いので、難しいことではあるんですが。松嶋さんのように多作な方は、注文を受けて書き続けていると、どこかの時点で伸び悩んでしまうこともあるんですが、その時に、このオリジナル文庫大賞の受賞が支えになるといいな、と思うので、作品というより作者を表彰するという意味でなら、これが大賞でもいいかな、と。ただ、些細なことなんですが、よく考えると全然カッコ良くないのに、カッコ良さげに聞こえるこのタイトルはすごいな、と思います。
一同 爆笑
浜本 確かに「出社拒否」だと、ただダメな感じですが、「出署拒否」だと気骨があるように思える。
編B 今年出た松嶋さんの作品は、どれも質が高い。松嶋版「教場」みたいな話もあれば、『降格刑事』という、ものすごいちゃらんぽらんな降格刑事と、新人でものすごく正義感の強い女性刑事のコンビものとか。2点をつけておいてではありますが、一年を通じてテンションの高いオリジナル作品を書き続けたことを表彰したい気持ちはあります。

浜本 エムロクさん『中野くんと坂上くん』にいきましょうか。候補作のなかでは唯一の上下本です。
評A 私はこれが今年の大賞で決まりだ! と思っていたのですが......。読んでいて、一番わくわくしたんだけどなぁ。ただ、この作者が今後どうなっていくのか、オリジナル文庫大賞にふさわしいのか、と詰められれば、そこはちょっと......なんですが(笑)
編B 私も、楽しく読みました。
編A  私も、一番びっくりしたのがこれです(笑)
評A  ハードボイルドアクションBL!
編B  どことなく大沢在昌作品を彷彿とさせる。
編D それ、大沢さんが聞いたら怒ると思う。
編B 前言撤回します(笑)
編F 小説としては甘いところがあるので、下駄を履かせての5点です。この作家さんはこれまで「カクヨム」で書かれていて、これが初の商業作品です。ある意味、一番小説を舐めてる作品だと思うんですが、逆に言えば、この思いきりの良さは新人でなければできないと思います。2作めを書けるのかはかなり怪しい気はしますが。
評A そこだよねぇ......
編F あと、僕はBLを読まないので、この作品がBLの王道なのかどうかとか、よくわからないので、これが普通ですよ、とBL読みのAさんに言われたらどうしようとは思いました。
編A 同系統の作品はあるかもしれませんが、普通ではないかな(笑)。
編F タイトルからもわかるんですが、センスで押し切ろうという感じが強い。でも、今回の候補作のなかでは、小説としての遊びが感じられたことも5点の理由です。
編G 僕は下巻のアクションのところはめちゃめちゃ面白く読んだんですが、最初はこの作品のリアリティのレベルがわからなくて、上巻の途中までは読むのが苦痛だったんですが、あ、これは漫画として読めばいいんだ、とわかってからは面白かったです。ただ、上下巻というのは(大賞授賞には)ちょっとどうかな、と。
編H 僕も終始ノレなかったです。特に上巻がしんどくて(笑)。後半の途中からふっきれましたが、これ、この長さの2/3で良かったんじゃないかと思います。これが上下巻でなければ3点をつけたかもしれませんが......。
評A ううっ(突っ伏す)
編G これ、編集者がよく上下巻を通したな、と思いました。
編E ですよね。そもそも書籍化したこともすごいんですが。
編B 多分これ、中野くんの巻と坂上くんの巻に分けたかったんじゃないかと思うんです。
浜本 登場人物紹介も、上下巻で変えてますしね。
評A 下巻の登場人物がネタバレで、そこはちょっと興醒めなんですよね。中野くんサイドと坂上くんサイドという、確信犯なんだろうけど。
編B 馬鹿馬鹿しい内容ではあるんですが、私はその馬鹿馬鹿しさにハマってしまったので5点をつけました。
評C 長さの話が出ましたが、これはだらだら読ませるために書いている話なんですよ。「カクヨム」の世界は、読者を引っ張っていける限り引っ張っていけばいいから、こういう構成になるのはわかるんです。伏線もゼロだし、芋蔓式に直線で話を繋げている。私が3点をつけたのは、自分の好みじゃないし、こういう作品を商業作品としてピックアップしてこなくてもいいのではと思いつつも、読ませるリーダビリティはあるので、そこを評価した感じです。ただ、「カクヨム」小説だとしても、前半は読者に甘えすぎじゃないかという気はしました。
編F 僕は前半が面白かった。元カノが実は......とか、警備会社が丸ごと××だとか、ぶっ飛んでいるところが面白かった。
編A 私もどちらかと言えば前半の方が面白かったです。
編B リアリティがどうのこうの、で語ってはいけない本ですよね。
編G 最初から、リアリティが低い話ですよ、というフラグを立ててくれれば良かった。やり方としては、それしかないような気がします。
編A BLとして読めば、変なシチュエーションで、いかに濡れ場をずっと描いていくか、というお約束は守っているんですけどね。
編B でも、言うほど濡れ場は多くない。
編E ファンサービスが足りない(笑)
編F 下巻でアクションを入れ始めたあたりから、濡れ場が必要なくなったんですよ。
編B 下巻は一気にラストまで持っていくしかなかった感じだよね。
編C これ、実はクライマックスのアクション場面に主人公がいないという希有な小説です(笑)
編D モニターで見てる、という(笑)
評C BL同人界隈で言うと、アクションを描いて、濡れ場を捨てるというのは、BLを卒業してもいい、という意図がある気もするんですよ。なので、この作者は一般小説に乗り換えてもいいと考えている節もあるな、と。その意味では、将来性というか、こんな感じのリアリティの低いコメディアクションを書いていくような実力はあるような気はします。

浜本 門田充宏さん『ウィンズテイル・テイルズ』に移りましょうか。候補作の中では、一番得点が低いんですが......。
編A 私は面白く読みました。
評A これもシリーズ化されそうですよね。
編B  もう二巻目が出ました。
編A あの、私は、サブタイトルは違いますが、二巻目と合わせてシリーズ第1作かと思っていたのですが......。
編G 僕も、二冊合わせて一つの話なのかと思っていました。
編B 一冊目と二冊目を合わせて、前編が終わったみたいな感じですね。
評A そうなんだ。
評B 一冊目も二冊目も、どちらも後半が面白かったです。
編A 最初は物語世界に入りづらかったんですが、徐々に色々なことが明らかになってきて、世界観が掴めました。
編E この作者は、文章がいいですよね。
編A しっかりした文章のほうのファンタジー。
編C ふわふわしていないほう(笑)

浜本 五冊目、新馬場新さん『十五光年より遠くない』はどうですか?
編H 僕はこの作品に5点をつけました。今年の候補作のなかでは、一番エンタメしてた気がしました。いくらなんでも、というような派手な展開になっていきますが、そこもまぁ、エンタメとしての心意気かな、と。作者の、面白がってくれよ! というはみだしの部分に一点加点での5点です。勢いがあるし、好感が持てました。
編G 物語の中でも言及されていますが、マイケル・ベイ監督作品感がありますよね。最初に自衛官だった頃の主人公・星板陸の説明があって、その後、少女との出会いがあり、そこから話が始まる。マイケル・ベイならもっと早く話が進んでるはずで、ちょっと序盤がもたつくんですが、それ以外は面白く読みました。3点をつけましたが、4点寄りの3点です。
編A 私も本当は4点なんですが、〝ラノベのヒロイン16歳はオバサン〟説を正しくやってるな、と思う反面、そこがちょっとムッとしたので(笑)一点減点して3点をつけました。
評A 16歳がオバサン......私も一点減点したくなってきた(笑)
編B これ、基本はボーイ・ミーツ・ガールのお話ですよね。
評A ですね。私は4点をつけたんですが、一つだけ気になったのは、交通手段も通信も、ほぼ遮断されている状態で、主人公が輸血用の血液を都内から横須賀まで取りに行くんですが、それは、初恋の相手が、出産時に危険に備えてのことなんですよね。で、めちゃくちゃ苦労して横須賀まで辿り着いて、そこから血液を持って帰ったのに、初恋の人は、もう出産済み、という。間に合ってないじゃん! という。無駄骨じゃん! と。そこが解せなかった。
編A 私もそこは気になりました。
編C 私は3点をつけました。面白かったんですが、アメリカの軍事衛星はそんなに簡単に撃ち落とすことはできないという設定で、じゃぁ、それをどう解決するんだ? というあたりがすっ飛ばされているところとかは気になりました。
編D まぁ、そこはマイケル・ベイだから(笑)
編G 主人公が最後に戦闘機に乗り込むのは、完全にマイケル・ベイですよね。
編C  現代日本で「アルマゲドン」をやろうと思ったら、こうなるよね、という。
評C 私は5点をつけました。冒険小説の基本形を真正面からやった小説というのが、今年はほぼなくて、そういう時代に、SFの顔をしているとはいえ、冒険小説を書いたのはすごい。新馬場さんが冒険小説を書くのは、この作品が初だと思うのですが、その姿勢も評価しました。Hさん同様、私もこの作品が一番エンタメ度が高いと思います。
評B この作品のラノベっぽさが、私とは相性が悪い感じでした。物語の世界観にノレなかったので、相対評価ではありますが、2点をつけました。
編F 私は4点をつけたのですが、マイケル・ベイっぽさは確かにわかるんですが、(ディテイルの粗さを)それで許してね、みたいな言い訳に感じられてしまって。なので、そういう言い訳をいっさいしていない『中野くんと坂上くん』のほうが潔く感じたんですよね。これ、表四のあらすじに、「大規模停電が起きた時に、初恋の人と渋谷で再会」って書かれてしまっているんですが、そこもマイケル・ベイかいっ! と(笑)
編G まぁ、マイケル・ベイなら大規模停電下で再会させちゃいますよね(笑)
編F エンタメがどこまでご都合主義を許容するか、ということでもあるんですが、ちょっとひっかかりました。先ほど『キッチン常夜灯』の話の時に、Hさんが漫画と小説について言及されていましたが、映画やアニメで作る(見せる)ことができる世界を、敢えて小説がやる意味って、どこにあるんだろう、ということをずっと僕も考えているんです。小説を読んだ時に、映像で見た方が楽じゃないか? と思わせてしまったら、それはその小説が弱いのでは、と。その弱さをこの作品にも若干感じました。
編E 僕も楽しく読んだので4点をつけましたが、個人的に好みではない比喩表現が、何箇所かでてくるのがちょっと。
編B 個人的な事情なんですが、私はこの本を読む直前に、佐藤究さんの『幽玄F』を読んでしまって......
一同 あぁ......
編B どうしてもそちらに軍配が上がってしまったための3点です。
編D 僕は『中野くんと坂上くん』『ウィンズテイル・テイルズ』にノレなかったので、それよりは全体として面白く読みました。

浜本 それでは最後、六冊目、永嶋恵美さん『檜垣澤家の炎上』です。
評A これ、5点が三人いますね。
評B 私の好みではないのですが、このボリュウムを文庫オリジナルで書き上げた、という点から、5点をつけざるを得なかったです。
編A 私も葛藤はありましたが、5点をつけました。
評B ヒロインがもっと辛い目に遭ったり、酷い目にあったほうがいいと思うんですが、逆に(ヒロインにとって)上手くいきすぎてしまっている。とはいえ、時代と絡めて大河小説を書いた点は評価したい、という意味からも5点です。あと、他の候補作とは全くタイプが違うことも高評価です。単行本でも良かった、という意見もわかるし、この章は文庫オリジナル作品に対する賞なので、文庫オリジナルとは違ったところを目指した作品であることを、どう捉えるのか、と迷いつつの採点ではありました。
編A 候補作の中では、圧倒的に完成度が高いと思いました。「町中華理論」から言うと、全く町中華みはないんですが、これだけの物語を真摯に書き上げた作者を評価しないという選択はないなぁ、と。個人的にも好みのタイプの歴史ものだったし、一般の女性たちの物語であり、史実を絡め、そこに殺人事件も絡めて、と作者の力量にリスペクトを込めた5点です。
編C 今回の候補作はどれも面白く読んだんですが、これが圧倒的でした。帯には『細雪』×『華麗なる一族』とありましたが、僕としては『華麗なる一族』×『小公女』だな、と。セーラと違ってヒロインが野心的で目端が利くんですが、でもそこがいい。歴史的な事件──大逆事件や日露戦争がヒロインの身にも影響を及ぼしてくるところとか、次はどうなるの? と読んでいて飽きませんでした。ただ、ラスボス的な存在との対決が避けられたのは残念です。成長したヒロインとの死力を尽くした闘いを読みたかった。でもこれ、絶対、震災後の復興編、書かれるはず。
評A あぁ、それはあると思う。
編H 僕は4点をつけたんですが、この作品が町中華なのかどうか、ということをずっと考えていて。立派な店のシェフを町の中華屋の厨房に立たせたら、それは町中華なのか? という疑問があるわけです。それで町中華大賞をとられてもなぁ、と。なので、この北上次郎オリジナル文庫大賞の位置付けをどうすべきなのか、ということにもかかわってくる。確かに、間違いなく話題作だし面白いんですけど、文庫っぽくはないわけで、そこをどう考えるのか。帯に『細雪』×『華麗なる一族』とありますが、完全に谷崎や山崎豊子かというとそうではなくて、どこかフェイク的な軽さがある。もしこれが単行本で出ていたら、そこを指摘されると思うんです。「ちょっとフェイクっぽいよね」「コスプレっぽいよね」みたいな。
浜本 あぁ、なるほど。わかります。
編H 文庫として出たことで、そのコスプレ感が、面白いからいいんだよ!というふうにポジティヴな方向にズレたと思うんです。単行本だったら、文学賞の俎上に乗ったりして、「作り物っぽいよね」とか言われてしまう気がする。Aさん、Cさんが物語に史実を絡めたことに言及されましたが、僕は逆に、歴史に物語を合わせた感じがしてしまった。でも、その軽いフェイク感が、文庫だからこそいい感じに成立したんだと思いました。そう考えれば、立派な中華屋のいい意味でのフェイクが成立していることにもなるわけで、それで4点にしました。
評A 町中華なのに、高級食材を使っている感じがしませんか?
編B 町中華で上海蟹を出してはいけない(笑)
編H 多分、お手頃の上海蟹だとは思うんですが(笑)
編G 僕は1点です。読ませることは読ませるんですけど、個人的にヒロインの造形がダメだったんですよね。途中の、被害者的、受動的なところが長いんです。自分をいじめている使用人に仕返しをするあたりから、ようやく動き出すんですが、もっと早く動き出さないとエンタメとしてはまずいかな、と思いました。
評A ヒロインが、敵の弱みを掴んでからが面白いよね。
編G そうなんです。ただ、物語は丁寧に時系列に沿って描かれているので、読んでいてイライラしました。
浜本 ヒロインが攻勢に出るまでの長さと、その後の展開の長さが同じくらいなんですよね。
編G そこが、エンタメとしてはどうかと。あとCさんはヒロインを推していましたが、僕は最後までダメでした。好きになる必要はないとはいえ、大河小説はヒロインを好きにならないと、読むのはきつい感じです。ヒロインが耐える時間が長いのは、時代を考慮してのことかもしれませんが、朝ドラの「虎に翼」が好例なんですが、ヒロインを耐えるキャラにする必要はないと思う。あと、この本に限って言えば、大河小説とミステリというのが、それほど融合していない。最後にミステリの謎を解くのが、この小説の一つの山場だと思うんですが、今更どうでもいい感じがしてしまう(笑)。
一同 爆笑
編G あと、装丁が致命的。
編F 私は、最初読んだ時から1点なんですが、個人的なバイアスがあるからかと思い、三回読みました。
編D それは偉い!
編F 私には合わない作品だったのかなと。でも、三回読んでもこの作品の美点を見つけることができなかったんです。何より、この本が、読者にとって本を読む入り口になるのかどうかが疑問でした。北上さんがこの賞を作ったのは、オリジナル文庫にスポットを当てたい、面白い作家が埋もれているのをなんとかしたい、結果、本を読む人が増えて欲しい、ということだったと思うんですが、その趣旨にこの作品が合うのかどうか。
編A 永嶋さんにとって、ブレイクスルーになる作品だとは思うんですが、この本を読んだ後で、永嶋さんの過去作を読んだ時に、違和感を覚える読者はいると思います。
評C まぁ、でも、『檜垣澤家の炎上』の永嶋さんは、言うなれば、シン・永嶋恵美なので、過去作と比べてもらいたくない、とご自身がおっしゃるかもですが。
編F その作家の過去作じゃなくてもいいんですが、もっと本を読みたくなるかどうか、と。
評C 読書の入り口になるか、ということですよね。
編F そうです。そうあって欲しい、というのが、この賞の趣旨かと。
編A 『檜垣澤家の炎上』を読んで、歴史ミステリを読みたくなる人もいるかも。
編B う〜ん、どうでしょうか。少なくとも、歴史小説ではないので、歴史小説を読む方向にはいかない気がします。あと、個人的に、私はこの作品を読んだ時、長編を読んだというよりは、長い短編を読んだ感じがしたんです。えらく時間をかけて短編を読んだな、というのが実感です。この作品のミステリの部分って、短編でさくっと描けてしまえる話じゃないですか。
評A  あぁ、確かに。
編B なので、歴史小説としてもミステリとしても満足できなかった。それで2点です。私もヒロインにノレなかった口なんですが、このヒロインって、いわゆるお妾さんの子なわけなんですが、父親が死んで本宅に引き取られた後も、全然苦労はしていない。まだま封建的な時代だったわけで、妾腹の子というのは、当時はもっと苦労したはず。
評C 私は4点をつけましたが、さっきFさんが言った、この本が他の本に手を伸ばす原動力にはならないのでは、という意見に賛成です。その一方で、本書のように、小説の中に特に山があるわけではないけれど、主人公と同じ時間を味わう、というタイプの小説はあってもいい、と思うんです。今どきのドラマは、ほぼ1クールしかもたずに終わるものが多いんだけど、昔は2クール、4クールとかかけて流すドラマがありましたよね。
編B 花登筺とか、ありましたよね。
評C そうです。今、そういうふうな昔の大河ドラマ的な味わいを楽しめるものがあまりないので、そういうものを提供しようとしたら、文庫の手軽さで出すしかない。ヒロインに対して連続ドラマ的な興味で読んでくれる読者を開拓する余地はあると思う。あと、Bさんが言った、長い短編という実感、に僕も同意です。Hさんが言ったフェイク感というか、お手盛り感は確かにあるんですが、Cさんが挙げた『小公女』や『若草物語』『あしながおじさん』といったジュブナイル好きの読者を物語に導くためのものだと思えば、そんなに気になる疵ではないと思います。
編E 僕は、こういう淡々とした話が嫌いじゃないのと、努力賞の意味を込めてと、単行本なら3000円以上はすると思うので、コスパを加味して4点です。
編D 僕は、2に近い3なんですが、僕も努力賞で1点加点しています。多分、ものすごく調べて書かれたものだとは思うんですが、どうにも面白く感じられなくて。で、我慢して読んだ挙句の、ラスボスが......、という。ヒロインとラスボスの対決が一番の読ませどころだと思っていたので、えっ? と肩すかしでした。力作なのは認めますが、どう読んでいいかわからない小説でした。もろ『細雪』にしてしまえば、まだ良かったんですが。そもそもミステリにしなくていい話だし、ミステリ感を出すのなら、そこはちゃんと回収してもらわないと。

オリジナル文庫大賞表20241.jpg

⚫︎ここまでひと通り討議をした結果、誰も5点をつけなかった『キッチン常夜灯』『ウィンズテイル・テイル』はここで落選となる。残り4作を挙手で2作に絞ることに。

評A 挙手の前に、『中野くんと坂上くん』推しとして一言いいですか? 
浜本 どうぞ。
評A みなさんが採点した表をご覧ください。総合第二位の『出署拒否』に5点をつけたのは一人ですが、『中野くんと坂上くん』は、なんと5点が三人もいるということに、ご注目いただきたい。三人もですよ!
編G なんだか北上さんみたいになってきましたね(笑)

⚫︎挙手の結果、評Aの援護射撃は不発に終わり、『出署拒否』と『十五光年より遠くない』の二作が残る。得点で総合一位の『十五光年より遠くない』の単独受賞にするか、『出署拒否』とのダブルにするか、しばし討議の後、今年はダブル受賞でいくことに決定。『出署拒否』に関しては、「登り坂の作品に授賞することに意味がある」「ポテンシャルの高さを買いたい」「町中華として安定」という評価が、『十五光年より遠くない』は、持ち点の高さはもとより、「こういう話、北上さんなら推すんじゃないか」ということで一同の意見が一致。

浜本 それでは、第二回北上次郎オリジナル文庫大賞は松嶋智左さん『出署拒否』と新馬場新さん『十五光年より遠くない』のダブル受賞とします。みなさん、長時間お疲れさまでした。
一同 お疲れさまでした。

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