11月17日(月)月曜日

週末の介護を終えて三日ぶりに家に帰る月曜日は、気のせいか娘と息子と距離が近い。

今日も晩飯を終えてコタツに寝転がって本を読んでいると、娘と息子がそれぞれの部屋から出てきて、こたつの右と左に入ってきた。

しばらくすると娘が私の足をこたつの中で蹴飛ばし、「ほら、今日のトークゾーン」と言う。

トークゾーンとは娘と私が毎週欠かさず聴いている「オードリーのオーブナイトニッポン」で、フリートークを終えた後に、若林さんと春日さんがそれぞれその週にあった面白いエピソードを話すコーナーのことだ。

娘は暇になると私にその日あった面白い話をしろと促してくるのだけれど、そうそう単なる版元営業に語れるほどの面白エピソードはなく、たとえあったとしてもオードリーの二人のようにおかしく話せるわけではない。

仕方なく、今日訪問したマガジンハウスでの出来事を話す。

ブルータスの編集部から本の雑誌スッキリ隊として本棚をテーマに対談をしてほしいと依頼があり、マガジンハウスに赴いたわけだが、対談相手の方が挨拶を交わすとすぐに「今日はアウターがいらなかったですね」と編集者と話し出し、私にはそれが「アフター」に聞こえ、もしや対談のあとに飲み会がセッティングされているのかと思ったのだけれど、よく聞けば上着のことだったというオチ。オシャレなマガジンハウスでは上着のことをアウターといい、本の雑誌社ではジャンパーというんだよ、みたいな話だった。

話はまったくウケず、右にいた息子からは「父ちゃんひとり昭和なんだよ!」と突っ込まれ、左にいた娘から「マジでそんな語彙力で出版社で働けるの?」心配された。洗濯物を室内で干していた妻は、さとみつさんのようにわれわれを見つめている。

しばらくそうやって話をしていると、息子が突然壁を指差し、「マジか!」と叫んだ。

指差した先には緑色のカメムシが貼り付いており、虫が苦手な私はこたつからそっと抜け出した。

「おい!逃げるのか!」と娘に呼び止められ、「あれが大黒柱なのか?」と息子から罵られるも、虫嫌いの足は止まらず階段を下りて寝室のベッドに寝転がる。

天上の上からは娘と息子と妻が、カメムシと格闘するドタバタと走り回る足音が聞こえてきた。

11月16日(日)砥上裕將『龍の守る町』

  • 龍の守る町
  • 『龍の守る町』
    砥上 裕將
    講談社
    1,980円(税込)
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「お前たちは、馬鹿みたいに優しくていい。お前たちは消防士だ。察官でも自衛官でもない。決して人を制圧することのない、人を救うためだけに鍛え上げられたプロだ。」

言われてみればそうだ。消防士というのは人を救うためにいるのだ。そんな消防士を主人公にした小説が胸熱でないわけがない。しかし、ただ胸熱なだけではない。

砥上裕將『龍の守る町』(講談社)のまず優れた点は主人公を司令室に置いたところだろう。そう、119番をすると「火事ですか? 救急ですか?」と問いかけ、できるだけ速やかに情報を聞き出し、救急車や消防車を出動させる部署だ。

横山秀夫が新しかったのは刑事ではなく警察の裏方を主人公にしたことにあったと思うのだけど、この小説もまさしくその点が素晴らしく、実際の火災現場に行かない者による葛藤やそもそも司令室とはどんなことをする仕事なのかというのにとても興味を惹かれながら読み進むこととなる。

さらにこの著者の優れた点はそれぞれのキャラクター造形が上手い。最高の消防士でありながら五年前の大災害からトラウマを抱える秋月をはじめ、司令室の面々や消防士の人たちもそれぞれ個性豊かで輪郭がくっきりしている

最後は涙あふれる展開で、あやうく嗚咽しそうになってしまった。

砥上裕將は『線は、僕が描く』の著者で、この本が出たとき北上次郎さんに薦められ、「北上ラジオ」を収録・配信したのだった。そういう著者の新刊は、北上さんがもう読めない分、私が引き継いで読んでいかねばならないと謎の使命感が湧いてくる。

そうして北上さんのお眼鏡どおり、その著者はどんどん面白い作品を書いているのだった。

11月15日(土)薄情もの

週末実家介護のため、朝8時に家を出て、介護施設に向かう。母親は介護施設の人たちと「また月曜日にくるよ」といって手を合わせるが、車に乗るときには「はあ、やっと家に帰れる」とつぶやく。どちらが本心なのか、いや両方本心なのだろう。

庭の梅の木を見境もなく切っていると、売り地となった隣の家の境界を測っていた工事の人に声をかけられる。本日は境界線の確認をする日なのだった。

ブロック塀と赤い十字の書かれた印を見ながらそれが間違っていないか確認していく。そう言われてもブロック塀を建てたのは50年以上前なのでよくわからない。ひとまず問題もなく書類にハンコを押して終える。

続いて母親のお医者さんがきて、月に2回の診察を受ける。前回来た時に採った血液検査の結果が出、まったく問題のない健康体だそう。お医者さん曰く、「あと15年は生きられる(100歳まで)」とお墨付きをいただくが、それは勘弁してほしい。

先日お会いした出版社の人は、お母さんの介護を自宅で10年以上続け、どんどんお母さんがかわいくなってたまらなかったと言っていた。

確かに私も介護をはじめて母親をかわいいと思う瞬間がないわけではないのだが、だからと言って長生きしてほしいとはつゆとも思わない。正直に言えば明日の朝、突然亡くなっても問題ないというか、数パーセントあるいは十数パーセントそれを心の内で願っているような気もする。

介護などしているが、私は相当な薄情ものなのだ。

11月14日(金)『チャットGPT対高野秀行 キプロス墓参り篇』

痛風の薬をもらいに出版健保に出頭する。お医者さんと話しているうちに胃カメラと頸動脈の超音波の検査を受けることとなり、気づけば予約をとっていた。

高野秀行さんと小林渡さんと酔った勢いで文学フリマ東京に出店しようとなり、慌てて作成していた高野秀行さんのZINE『チャットGPT対高野秀行 キプロス墓参り篇』が無事出来上がってくる。

元々は気軽にZINEをこさえようと考えていたのに、結局はいつもの本作りとなんら変わらず心血を注ぎ、いやな汗が何度も流れた。しかしこうして出来上がってみると、やはり一生懸命作ってよかったと思う。

あとは文学フリマで売るだけ、ということで高野さんに先にできていた『寛永御前試合』と合わせて300冊ほどサインしていただく。

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11月13日(木)誕生日プレゼント

夜、カメラマンのキンマサタカさんと中井の伊野尾書店さんに集合し、閉店の様子を撮影する。

シャッターを閉める8時を待ちながら店内で本を見ていると、子供を二人連れたお母さんがお店に入ってきた。

お母さんがお店の一角にある文房具売り場で、カレンダーと手帳を買い求め、レジで会計をしている間、小学一年生くらいの女の子が妹を連れて店内を見てまわる。

本能的なものなのか、そこに並ぶ背表紙からか、児童書のコーナーに吸い寄せられるようにやってくる。

すると平台に積まれていた本を見つけた瞬間声を上げた。

「お母さん! お母さん、あったよ! この本、誕生日プレゼントの5000円の中で買って欲しい!」

会計を終えたお母さんの手を引っ張り、本を見せる。それは池田書店が刊行する女の子の好きが詰まったような本だった。

お母さんは、うーんという表情を浮かべた。早く家に帰って晩御飯を作りたいという感じだった。

「ねえねえ、だって私、まだ誕生日プレゼントもらってないし」

女の子は足を踏み鳴らして説得にかかる。

誕生日プレゼントをもらえていないのには、もしかしたらお母さんなりの事情があるのかもしれない。5000円はなんでもない人にとってはなんでもない金額だが、なんでもある人にとっては大金だ。

私は棚の前で本を読みながらそのやりとりを見つめ、これはダメかなと考えていた。お母さんはきっと「もう、帰るよ!」と子供たちの手を引っ張り、店を出ていくだろうと思った。

ところがお母さんはOKを出し、女の子は胸に本を抱きしめ、レジに駆けて行った。

レジでは伊野尾さんが、本を受け取る。

「カバーおつけしますか? 袋はお使いになりますか?」

大人とまったく同じ対応だが、少しだけ声が高いような気がした。

「1500円です」

と伊野尾さんが代金を告げると、女の子はお母さんに向かって、「1500円だって」と復唱した。

お母さんはお財布を出しながら、「3500円」とつぶやく。女の子は「?」という表情を浮かべたが、それはきっとお釣りの額ではなく、誕生日プレゼントの残りの金額を伝えたのだろう。もしかすると自分も忘れないために言ったのかもしれない。

伊野尾さんが、やはり大人と同じように「ありがとうございます」と頭を下げて本を渡すと、女の子とお母さん、そして妹がお母さんに手を引かれてお店を出ていった。

店の外で閉店作業を撮影しようと待ち構えていたカメラマンのキンさんは、のちにその女の子の様子をこう話した。

「あの子、本当にスキップするようにしてお店を出てきたんですよ」

伊野尾書店さんは来年3月でお店を閉める。 

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