1月13日(火)恐ろしい視線

  • 文学を探せ (講談社文芸文庫 つ-L 3)
  • 『文学を探せ (講談社文芸文庫 つ-L 3)』
    坪内 祐三
    講談社
    2,750円(税込)
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多摩霊園にて坪内祐三さんの七回忌。

お経ととに墓前で過ごした時間を「いい時間でした」と感想を漏らした人がいたが、まさしく「いい時間」で、人生の中でこういう「いい時間」をいったいいくつ過ごせるだろうかと墓標にある坪内さんの手書きの文字と青い空を眺めながら思う。

帰りの電車の中で、いただいた講談社文芸文庫版の『文学を探せ』を読み始めると、すぐに「恐ろしい視線が消えて人は弛緩する。」という一文に目が吸い寄せられる。

これは小林秀雄や中上健次の死の後、文学者から緊張感が失せたことを指摘しているのだが、まるで今の「本の雑誌」やこの日記を指摘されているように思え、そこからページをめくることができなくなってしまった。

坪内さんや目黒さんの視線がなくなり、私はたしかに弛緩している。

目をつぶると電車は真っ暗闇の中を走っていった。

1月12日(月・祝)送迎

朝、母親を介護施設の車に乗せると、まさしく頭の中に「解放」の文字がくっきりはっきり浮かぶ。しかも今日は祝日で、これ以上の大開放はない。

実家の玄関に鍵をかけ、父親の墓に線香を灯した後、駅に向かう。

電車に揺られていると昨日読んでいた世田谷ビンポンズさんの原稿が思い出され、急遽途中下車して自分が通っていた高校を訪ねてみる。

変わらぬ校舎を見て感傷に浸るつもりが、高校時代に学校の滞在時間があまりに少なかったためまるで思い出も浮かばず。

駅に戻り、仲間の溜まり場としていたかつて喫茶店だった建物を眺め、改めて感慨に耽る。

感傷散歩を終え、自宅に戻ると娘が働きに出るところで、車で送る。

その後息子も仕事に行くというのでまた送る。

帰宅すると妻が息子が働いているところを見てみたいと言い出し、また埼スタに向かう。

夜はちょうど子供ふたりの仕事あがりが同じ時間帯だったので娘と息子を迎えにいく。

日に四度埼スタを往復する。親と書いて「送迎」とルビをふる。

1月11日(日)人付き合い

強風のため散歩をあきらめ退屈していると、母親の親友Iさんが自転車に乗ってやってくる。二人は互いの懐事情から旦那の悪癖までも知っており、思う存分心置きなく語り合っている。

これが昔の人付き合いなのか二人の性格によるものかまったくわからないけれど、私にはここまで裸の付き合い以上にあけっぴろげに語り合える友人知人はさすがに一人もいない。

Iさんが帰ったあとは、5月刊行予定の世田谷ビンポンズさんの新刊のゲラを読み込む。

1月10日(土)月一

  • 黄金比の縁 (集英社文庫)
  • 『黄金比の縁 (集英社文庫)』
    石田 夏穂
    集英社
    473円(税込)
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  • 我が手の太陽
  • 『我が手の太陽』
    石田 夏穂
    講談社
    1,111円(税込)
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週末実家介護のため母親を迎えにいく。

来週末は「ZINE&BOOKフェス IN 神保町」に出店するため介護はお休みで、そのおかげで今週はかなり気が楽となり、大きな心で母親とやりとりができるのだった。やはり週末介護も月一くらい休みを取るのが大事かもしれない。

外は晴れており、ここ数日に比べてると暖かい。母親の車椅子を押して、父親の墓参りと散歩に出かける。

石田夏穂『黄金比の縁』(集英社文庫)と『我が手の太陽』(講談社)を読了。

1月9日(金)千客万来

2026年最初の「本の雑誌」(2月号)が出来上がってくる。

昼食はF社のHさんが神保町にやってきたというので一緒に源ちゃんへ。書店さんの閉店や縮小の話を暗い顔をしながら報告し合う。

昼食を終え、ツメツメ作業をしているとスッキリ隊の一員である立石書店の岡島さんが新年の挨拶にやってくる。スッキリ隊は昨秋、荒俣宏さんの蔵書整理の話題からXの投稿がバズり、毎月2、3軒の出動要請が続いているのだった。1月もすでに2軒の出動が予定されており、諸々打ち合わせもする。

岡島さんにいただいた新潟銘菓万代太鼓をほふほふとかじっていると、とある地方の書店員さんが来社。売り場の話など真剣に話せる間柄なので、新年早々つっこんだ話をする。

千客万来すぎて事務の浜田が「杉江の部屋」ですねと笑っていると、夕刻、三鷹のユニテおよび京都の鴨葱書店の店主大森さんがやってくる。大森さんとは昨秋から本や本屋に関して往復書簡を交わしており、その往復書簡が12通行き交ったのを記念してZINEをこさえているところなので、その打ち合わせなのだった。

ランチョンに席を移し、美味しい生ビールを飲みながら(残念ながら黒ビールは無くなっていた)、ZINEおよび発行元やお金や売上の管理などどう見てもこれから一カ月くらい頭を抱えるであろう難題の数々を語り合う。

しかし語り合っているうちに大森さんがすべてするすると方程式を解くが如く解決してしまい、しまいには刊行元の名前やロゴまで紙ナプキンにするすると書き出している。

きっと目黒さんの前で、創刊する雑誌名をノートに大きく「本の雑誌」と書いた椎名さんはこんな感じだったのだろう。

ランチョンを出、京都で暮らすZINEづくりの仲間たちに今夜決まったことをLINEで報告すると、そこからまた一時間近くブレストのようなものがスマホの中で繰り広げられていく。

人もまばらな京浜東北線に揺られながら、これこそが私の最も愛する瞬間だと気づいた。

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