第5回 マインドコントロール研究の第一人者に聞く「洗脳ってなんですか?」(後編)
ズバリ、「私はマインドコントロールされちゃっているんでしょうか?」
「洗脳」や「マインドコントロール」というものが、学術的にはどのように定義されているものなのかということを、マインドコントロール研究の第一人者である立正大学大学院心理学研究科の西田公昭教授から教えていただいた私は、最後に今回どうしても西田教授にお伺いしたかったことを切り出しました。
「西田教授から見てズバリ、私はマインドコントロールされちゃっているんでしょうか?」
私はこれまでのべ100人以上の旧統一教会現役信者に取材をしてきました。そこで辿り着いた結論は、「マスコミの報道は話がかなり大袈裟に盛られており、信者たちも宗教にのめり込んでいるとはいえ普通の人たちでは?」というものでした。
しかし今回、西田教授のお話を伺うと、洗脳やマインドコントロールというものは「自覚症状がない」「第三者が見てもわからない」という特徴があり、自分でも知らず知らずのうちに絶対的な権威や、自分が属する集団に絶対服従してしまうもののようです。
ならば、私もそうなのでしょうか? つまり、私としては自分が見て聞いたことを材料に、自分の頭で出した結論だと思っていますが、実は旧統一教会の信者たちに操られて、知らず知らずのうちに彼らの望むような結論へ誘導されている恐れはないのかということです。そのよう不安を口にした私に、西田教授は言いました。
「それは違うと思いますよ。窪田さんのお話を聞いていると、信者の皆さんにシンパシーを感じたり、彼らの境遇に同情をしていたりしていますが、旧統一教会の教義に共感をしているわけではありませんよね」
確かにそうだと大きく頷いていると、私の隣にいた担当編集の近藤さんも西田教授に「あの......私の場合はどうなんでしょうか?」と質問をしました。
近藤さんは、かれこれ40年以上にわたって、"ヨッちゃん"こと野村義男さんのファンとして、追っかけを続けており、これまで費やしたお金は「中古の家が買えるくらい」の額に上るそうです。最近では推しアイドルやお気に入りのホストへ多額の金銭を貢ぐような人も「洗脳されている」と言われることがありますので、不安になるのも当然です。しかし、西田教授は笑顔で首を振りました。
「まったく問題ありませんよ。いくらお金を注ぎ込んでいるといっても、それはあなたにとって幸せなことですよね。カルトを信じている人のように、地獄に落ちるのが恐ろしくて献金をしていることと話は全然違いますから」
「もしかして自分も......」と思っていた私たちはマインドコントロールの専門家である西田教授から、そのように言ってもらえて救われた気がしました。ただ、一方でそういう話になってくると新たな疑問も浮かびます。
マインドコントロールはされていない。けれど、いろんな人たちから「お前も洗脳されているんだろ」という目で見られてしまう最大の理由は、マインドコントロールをされている旧統一教会信者のことを「普通の人たち」と考えているからです。こういう心理状態の人間はどう説明すればいいのでしょうか。そんな疑問をなげかけると、西田教授は静かに語り出しました。
「そうですね、窪田さんの場合はたとえるのなら、考えの違う隣りの国の人々を否定しないというのと一緒です。自国と異なる価値観を持つ国に対して"あいつらはバカだ"と攻撃せずに、"違う考えの人がいてもいいんじゃない?"と言っているだけですよね?」
この言葉には非常に腹落ちをしました。実は私は取材の一環として、旧統一教会信者に対して批判的・攻撃的な人たちにも、どういう理由でそこまで憎悪を抱いているのかという聞き取りをしています。そこで強く感じるのは「中国人や韓国人を叩いている人たちの考え方とよく似ているな」ということなのです。
「又聞き」的な話を根拠に旧統一教会信者に憎悪を向ける過激な人々
今から15年ほど前、「嫌韓」「反中」を掲げてネットやSNSで情報発信をして、外務省などに抗議デモなどをしている人たちに取材をしたことがあります。彼らは中国人や韓国人がいかに姑息で悪どい人間なのかということを雄弁に語っていました。あまりに詳しいので、中国や韓国で生活した経験があったり、中国人や韓国人の知り合いがいたりするのかと聞くと、ほとんどの人が中国や韓国に行ったこともなければ、知り合いなどひとりもいないと言うのです。
ジャーナリストや評論家の本にそう書いてある。ネットやSNSで語られている。そんな「又聞き」的な話を根拠にして、中国人や韓国人を敵視していたのです。
このような「会ったことも喋ったこともないけど悪い奴らだとみんな言っているから」で憎悪を向けられているのは旧統一教会信者も同じです。愛知の旧統一教会施設に「カルト出ていけ」「売国奴」と落書きをして逮捕された男性は、ネット検索と週刊誌記事を読んで犯行に及びました。
しかも恐ろしいのは、マスコミの中にもこのような人たちがたくさんいるということです。実際に現役信者に会って話をしたり、教会側に事実関係の確認をすることなく、教団に詳しい専門家やジャーナリストの話を紹介するだけの「旧統一教会報道」が世の中にあふれているのです。
ならば、1人くらいはマスコミと異なる方法論の「報道」をしてもいいのではないか。私が旧統一教会信者に会って、話を聞き続けているのはこれが理由です。そのような話をすると、西田教授も大きく頷いてくれました。
「そういう問題意識は、私は正しいと思いますよ。窪田さんが言っていることはいわゆる現場主義ですよね。メディアの人間としてすごく大切なことです」
暴力的過激主義者が作られる仕組み:西田教授の「ABCD×H理論」
では、洗脳やマインドコントロールとは何かということを探っていくための「現場」とはどこでしょうか。西田教授に現在、注目を集めている分野やテーマについて質問をしたところ、こんな答えが返ってきました。
「今の話にもちょっと関係をしますが、陰謀論ですね。私の研究というのは心理的法則というものを見つけていくことで、陰謀論を信じていく仕組みというか、ある種の法則性のようなものがないかということです。そこに加えて、"過激化"がどうやって起きるのかということも研究しています」
「過激化というと、政治信条や陰謀論を信じてテロを起こすようなことですか?」
「そうですね。たとえば、自爆テロなどをするイスラム原理主義者を調べると、もともとは原理主義者でなくただの一般的なイスラム教徒ということがあります。テロ組織に入って3か月とか1年とか訓練を受けるなかで"戦士"になるのです。そこで行われていることなどを研究すれば、人がどうやって暴力的な過激主義者になる仕組みが見えてくるはずです」
そのような研究を重ねた結果、西田教授は独自な「ABCD×H理論」という法則性を見つけた。
まず「A」はAuthority(権威)。教祖や指導者などの権威に服従をしていること。「B」はBelief(信念・価値観)で強い信念を持っているということ。そして「C」はcommitment(責任感)で属している組織への強い忠誠心と責任感がある状態。そして「D」はdeprivation(剥奪)。これは睡眠・食事・娯楽を奪うことで精神的剥奪状態にすること。わかりやすく言えば、「ぼうっとした状態」だそうです。
では、「×H」は何かというとhabituation(習慣化)。つまり、ABCDという状態を長く続けることによって、暴力的な行動をする過激な人がつくり出されるというのです。
A |
Authority(権威)。教祖や指導者などの権威に服従をしていること。 |
B |
Belief(信念・価値観)。強い信念を持っているということ。 |
C |
commitment(責任感)。属している組織への強い忠誠心と責任感がある状態。 |
D |
deprivation(剥奪)。睡眠・食事・娯楽を奪うことで精神的剥奪状態にすること。「ぼうっとした状態」。 |
×H |
habituation(習慣化)。 |
「オウム真理教の地下鉄テロ事件を起こした犯人たちのデータと照らし合わせても同じ結果が得られました。普通の人がマインドコントロールされて、過激なテロリストになっていくのは、このABCD×H理論で説明できると私は考えています」
非常に興味深い話である一方で、聞いていて背筋が冷たくなりました。この「ABCD×H理論」に当てはまる人たちなど、ネットやSNSの世界ではいたるところに存在しています。
たとえば、特定の政治家、特定の国や人種への憎悪を煽るようなインフルエンサーを「権威」として崇めている人にとっては、これは陰謀論などではなく真実だという強い「信念」があります。そしてこの真実を広めることは世の中のためになるという「責任感」もあります。その真偽を調べて正しく判断するには,あふれすぎている情報を丁寧に吟味しなくてはいけないので,様々な関連する知識も要りますし,心身に体力的な余裕がなく「ぼうっとした状態」ではどうしても誤って信じてしまいがちになります。
そして今、「真実を広める」ということは主にネットやSNSで行われます。これはスマホやパソコンが手元にあれば24時間365日「習慣化」することが容易です。つまり、ネットやSNSの世界には「ABCD×H理論」に当てはまる人だらけなのです。
近年、ネットやSNSで得た情報を基にして政治家を狙うテロ行為や、特定の国や人への憎悪が強くなりすぎてヘイトクライムに手を染めるケースも増えてきています。これはもしかしたら過激化の要因である「習慣化」というものが、ネットやSNSの普及でより手軽に、より効果的になっているからのではないでしょうか。そのような懸念を口にしたところ、西田教授も深刻な顔をして言いました。
「おっしゃる通り、ネットやSNSというのは本当に恐ろしいですね。何が恐ろしいのかというと、そこにある情報だけで全てを知った気になってしまう。つまり、現実を見ていないということです」
***
私たちは西田教授に御礼を言って研究室を後にしました。立正大学から駅までの帰り道、私の中では次に行く「現場」がほぼ固まってきました。
ネットやSNSで流れている情報を真実だと信じて、過激な行動をしている人たちです。彼らは世間的に「陰謀論にハマった人」「洗脳されている人」と目されています。マスコミでもそのように警鐘を鳴らしています。しかし、実際のところどうなのでしょうか。
そこで次回からは、実際に「陰謀論」を信じている人たちにお会いして、なぜそれを信じているのか、そして社会から「洗脳されている」と見られていることについて、正直どう感じているのかなど、本音の聞いてみたいと思います。