第172回直木賞受賞予想。杉江イチオシ『よむよむかたる』評価が全く噛み合わない一方、マライ「素晴らしきグロテスク!」杉江「エンタメ復興のためにぜひ」『虚の伽藍』を両者予想
新年あけましておめでとうございます。1月恒例の、チームM&Mによる芥川・直木賞予想対談です。〈職業はドイツ人〉マライ・メントラインと〈書評から浪曲まで〉杉江松恋のチームM&Mが1月15日に選考会が行われる第172回芥川・直木賞予想に挑みます。今回栄誉に輝くのはどの作品か。対談を読んで一緒にお考えください。芥川賞編はコチラ。
■第172回直木三十五賞候補作
朝倉かすみ『よむよむかたる』(文藝春秋)2回目
伊与原新『藍を継ぐ海』(新潮社)2回目
荻堂顕『飽くなき地景』(KADOKAWA)初
木下昌輝『秘色の契り』(徳間書店)4回目
月村了衛『虚の伽藍』(新潮社)2回目
選考委員
浅田次郎、角田光代、京極夏彦、桐野夏生、髙村薫、辻村深月、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき
- 目次
- ▼朝倉かすみ『よむよむかたる』北海道言葉が醸す語りの雰囲気をまず観賞する小説
- ▼伊与原新『藍を継ぐ海』 受賞に文句は出ない、元手がかかった短篇集
- ▼荻堂顕『飽くなき地景』無から有を作り出す並々ならぬ熱量
- ▼木下昌輝『秘色の契り』名作を生み出してきた舞台を現代に蘇らせた労作
- ▼月村了衛『虚の伽藍』無自覚にダークサイドへ転んでしまう主人公が素晴らしい
- ▼直木賞候補作総括●取材力×想像力の相乗効果が問われるトレンドが来た?
朝倉かすみ『よむよむかたる』北海道言葉が醸す語りの雰囲気をまず観賞する小説
杉江松恋(以下、杉江) ではまずイチオシと受賞予想から。
マライ・メントライン(以下、マライ) 濃度と心理的なツボの突き加減、そのトータル評価で『虚の伽藍』『秘色の契り』『飽くなき地景』がほぼ横一線に並ぶ展開。受賞はと問われれば『虚の伽藍』と『秘色の契り』が甲乙つけがたいですが、その中で敢えて『秘色の契り』を推します。
杉江 私はイチオシ・受賞予想共に『虚の伽藍』『よむよむかたる』です。
マライ これ、私は全然刺さらなかったのですよ。本好きの老人たちが集う読書会に接する20代の休筆状態作家を語り手とした「ジジババの表現に接しているうち、若者の胸中にむしろ新鮮で温故知新的な認識が発生して、ココロが豊かに」的な話ですね。刺さる範囲が非常に限定されると思うんです。ああいう読書会に実際に漬かった人にとってのあるある的ネタの羅列みたいな感触で、会話シーンでガジェット的にいまどき語を繰り出そうとしているけど使い方がツボってないし。
杉江 これ、北海道言葉が醸す語りの雰囲気をまず観賞する小説だと思うのです。朝倉さんはデビュー作の『肝、焼ける』(講談社)からそれが美点なので、まずはそこは言っておきたい。生まれ故郷の北海道言葉を使って、地域コミュニティの空気感をいきいきと描いたという点をまず評価します。もう一つは高齢者たちの書きぶり。これ、老人は言うことをきかん、という小説なんですよ。ともすれば高齢者が社会の負債だという論調に誘導されがちな風潮がありますが、そもそも高齢者と下の世代の間に価値観の共有が可能だというのが傲岸だったのではないか、という観点があると思っています。
マライ おっしゃることはわかるんですけど、ツボなリアリティに欠けている感があったんですよ。語り手の Z世代感や老人たちの老害感が希薄なのが演出的な弱みだと感じます。たとえば、語り手の作家ギミックを変形させて「なろうとかカクヨムで投稿を重ねて経験値とビュー数を稼ぎ、電撃文庫でベストなデビュー&ブレイクを狙っている」タイプの言霊師にしただけでも、世代間ギャップの相乗効果が段違いに面白くなると思うんです。でもって一方、90年代的な原体験とノリに固執する読書会の古豪たちは、語り手がここぞという見解を放つのに対し「キサマの居る場所は既に、我々が40年前に通過した場所だッッッ!!!!」とかいきなり烈海王(「刃牙」シリーズ)ばりの超絶マウントをかましつつ、内輪で仁義なきエクストリーム読解バトルを勝手に展開するとか。で、巻き込まれ的に聞いてる語り手にとっては何がなんだかワカんないけど「狂っている! しかしココには何か重要なものがあるっぽい!」と理解以前に思わずシビれてしまうみたいな。そういう内容だったら全方位的に圧倒的に推せたかもですけど、残念です。
杉江 それだとまったく違う小説ですよ(笑)。老人たちは無茶を言うので共感することは難しいが、この人たちのどんな体験や時間経過がそういう風にさせたのだろうか、と下の世代が解釈していこうとする。そういうところに本作の価値はあるんだもの。
マライ 完全に、読んでる時の脳の活性部位が杉江さんと異なっていて、これまでで最強に噛み合わない感がありますね。
杉江 本作の「語り手」は作家としてデビューしていますので、物語というものについてある程度理解しているつもりだったと思います。それが読書会によって違った側面に気づいていくという話でもあります。執筆という行為を通じて小説を理解しているつもりだったが、読書を通じて別の理解もありうる、と気づくわけですから。だから安田を、とにかく書きたい人の類型に入れてしまうと話自体成立しなくなりますよ。
マライ うーん、でも彼の内面はありえんだろ、という思いが最初から最後まで消えなかったんですよ。なんかいろいろ心理設定や人間解釈に、自分と合わない予定調和感があるような気がするのです。「愛」のパターンの既成事実化みたいな。正直、若者である主人公がジジババに対して好意的になる内面描写が、私には作者のご都合主義に感じられてしまいました。
杉江 私はそこは、世代や価値観の違う相手を別の人間として認めているという風に読んだので、予定調和とは感じなかったんですよね。この前の『にぎやかな落日』(光文社)で朝倉さんは、自分の母親をモデルにして、ずるくて手の焼ける要介護老人を書いたんです。それを読んでいるから、無条件に老人を美化しているわけじゃない、と私は感じているのかもしれない。というわけで、議論が平行線だったということで次行きましょう(笑)。
伊与原新『藍を継ぐ海』 受賞に文句は出ない、元手がかかった短篇集
マライ 「過去に生きた人の心情や行為の意味を掘り起こす」ことが共通テーマとなる連作短篇集で、文章の繊細さが素晴らしい。この作品が直木賞を受賞して全く不思議ではないのだけど、今回は社会心理的に深掘り濃度が高いライバル候補が多いので、そのあたりどうなるのか。表題作でありおそらく最高作でもある表題作「藍を継ぐ海」から受ける感銘……少しずつ欠けながら弱ってゆく世界の鼓動、生命の営みの記憶、それを未来に引き継ぐ、透明感に満ちた切なさと美しさの感触が、マンガ『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし/講談社)の特に後半から受けるものとかなり同質で、そして匹敵するかといえば絶妙にそうでもないので、ちょっと私の推しパワーも不足しているかもしれません。
杉江 私は「藍を継ぐ海」よりも「夢化けの島」か「祈りの破片」の方が好きですね。そのへんは好みの問題でしょうが。伊与原さんは、人間の生活のすべては実は科学で成り立っているという事実を小説の形で書くことを発見した作家です。過去にはその路線の短篇集『八月の銀の雪』(新潮社)でも候補になっていますし、ドラマ化(2024年/NHK)された『宙わたる教室』(文藝春秋)」では定時制高校を舞台に学ぶことの大切さを書いています。今回はその人間ドラマ+科学の路線に、その土地で暮らす人たちの歴史を織り込んできました。さらに、長崎なら長崎という実在感ある地名を入れ、毎回方言や風俗も取材した上で書いている。元手がかかった短篇集だと思います。これが直木賞を獲っても文句は出ないでしょう。
マライ 丁寧で、環境や人間や歴史というものへのリスペクトが感じられます。
杉江 原爆被害や郵政民営化の弊害というような、歴史や社会の問題をきちんと扱っている点も評価すべきですね。頭でっかちにせずに、そこにいた人々の言葉で語っています。
マライ 同感です。謎っぽい情報断片に肉付けがされていく手際が素晴らしい。
杉江 誠実な書き方ですよね。マライさんもおっしゃるように、他にもっと押し出しの強い作品があるわけなんですが、それらがぶつかりあって合意に至らなかったときは、じゃあ『藍を継ぐ海』でいいじゃん、みたいにこの作品が評価される可能性もあるかと。
荻堂顕『飽くなき地景』無から有を作り出す並々ならぬ熱量
マライ 今回の候補作で目立った、「組織や社会の腐敗・自壊のピンチに挑む」的なコンセプト作品群のひとつです。ゼネコン系特権階級の一角に生まれて数奇な人生を歩む主人公による、美はモノに帰着するのかココロなのか、という問いを大きな軸とした、戦前・戦中期から現代に至るまでの日本の建築産業文化の精神的裏面史のような内容です。第170回芥川賞を受賞した「東京都同情塔」(九段理江/新潮社)評で以前触れたかもしれませんが、私は建築マニアなので、その面でも本作のコンセプトはとても興味深い。この角度からモノとココロの相克を描き抜くという発想自体に図抜けたものを感じます。あと、連綿と続く内面描写の技巧が印象的で、なにやら芥川賞向きの言霊ジェネレータを駆使して350ページ超を書きおおせた感があるのも興味深い。ただ、日本の産業精神史で最も重要な節目のひとつだったバブル期についてなぜか完全スルーしているのが、個人的にやや納得いかないですね。バブル期とその遺産のアレコレに触れるとあのオチにはつながりにくいかもしれないけど、それで無視した現実の空白が悪目立ちするデメリットのほうが、深掘り系の読者にとっては大きい。
杉江 荻堂さんはデビュー作からずっとSF的な題材を盛り込んだ作品が続いていましたが、4作目にして純粋な現代小説を出してきました。今ここにないものを書き込む、無から有を作り出すということに注ぎ込む熱量は並々ならぬものがあると思っています。それを認めた上で言うんですけど、本作に限って言えば饒舌の弊害も感じました。饒舌なだけならいいんですけど、それが観念的に走って読者に伝わらないような箇所が散見されるのが気になりました。たとえば214ページ。ここで主人公が腹違いの兄の挙動に、DVの父親に対して自分が見せた卑怯な振舞いを重ね合わせる文章があるんですけど、なぜその像が浮かんだのか、私にはよくわからなかったんです。
マライ あれはリアルな像なのか思い込みなのかが曖昧で、人間の業のループみたいなものを表現したかったのかなと思いました。
杉江 曖昧ですよね。文章に勢いがあるのでそのまま読めてしまうんですけど、こういう細部が気になります。過去作を見ても、荻堂さんはもっと的確に書けるはずなんですよ。
マライ 心理面や行動描写のアンリアルな個所が気になるということですね。
杉江 良作であることは認めますが、そうなんです。もう一つ、視点の〈僕〉がいつの〈僕〉かわからないのも疑問でした。3章構成でそれぞれ1950年代、1960年代、1970年代の話なんですけど、〈僕〉はそれぞれの時制の人なのか、それとも終章、2002年に入ってからの〈僕〉なのか。どの〈僕〉も基本的に精神年齢が一緒なので、三つ子の魂百まで、ということで作者があえて同じにしているなら、それはそれでいいんですが。でも作者が納得したのと同じ腑に落ちる感じを読者である私にも欲しかったんですよね。
マライ 面白いけど、詰めの甘さがあちこち小骨のように引っかかる感じでしょうか。
杉江 そうですね。戦後高度成長期の変貌する東京を、都市計画者と、それを批判的に見ている人物の側から書くというありようは面白かったです。
マライ そう、着想と設定は良いのです。でもバブルが(以下略)。
木下昌輝『秘色の契り』名作を生み出してきた舞台を現代に蘇らせた労作
マライ 『飽くなき地景』と同じ「組織や社会の腐敗・自壊のピンチに挑む」作品です。江戸時代、藍という特産物を持ちながら政治の腐敗が固着しててヤバい徳島藩を舞台に、藩主の代替わりを契機として構造改革に奮闘するサムライ行政官たちのドラマです。新藩主の真意の読めないトリックスターぶりが大きなポイントでしょうか。マイナー史実の妙なポイントをピックアップして巧みに膨らませる手際も特筆すべきでしょう。本作で大いに魅力を感じたのは、先が読めそうで何気に読めない地味ツイストぶり、そして悪役敵役の独特なキャラ立ち感です。共に類型の境界線を見事に料理している感があって素晴らしい。キャラクター面では、たとえば食客でありながら態度が超でかい、お公家様ビジュアル剣鬼・細川孤雲の存在感が、中二病的マインドを萌えさせる面もあって素敵です。ストーリー上の外患代表というべき大坂商人の唐國屋金蔵もいいですね。また、最高幹部たる徳島藩の家老たちが単純に善悪で分けられる存在ではなく、敵方ながらポテンシャルありありな人もいるなど、人間模様のつれづれも味わいぶかい。あと、結末がまたいいんです。アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』 (シャフト)のラストにも通じる、大きなせつなさを伴う充足感みたいなのがあって、すんごくいい。正直、ここまで面白いとは最初予見できませんでした。
杉江 蜂須賀重喜は謎が多くて、よくわからない人なんですよね。その人物像を矛盾なく書いた点が素晴らしいと思います。ちょっとマニアックなこと言ってもいいですか?
マライ どうぞどうぞ。
杉江 徳島藩というのは浄瑠璃や講談、大衆文芸の重要な舞台になっているんですね。「傾城阿波の鳴門」という浄瑠璃がありまして、その中の徳島藩から逃れた藩士夫婦が巡礼に身をやつして自分を捜しにきた娘と再会する「巡礼お鶴」の段が泣かせどころです。この浄瑠璃も、本作に書かれた御家騒動を元にしているんですね。内容はちょっと違っていて、その逃げた藩士は盗賊に身をやつして藩の宝を捜すという筋立てなんです。お家騒動に盗賊がからんで、という構造はそこと呼応しています。藩士が盗賊になって、というのではリアリティがないですが、18世紀の藩財政崩壊という史実に近づけている点がいいですね。
マライ おお、深い。
杉江 官僚系なサムライがしっかり活劇する展開もよかったです。18世紀は幕藩体制のゆるみが明らかになった時期で、作中にも出てくる郡上八幡の一揆では金森藩が取り潰しになっています。そういう風に、過去の平穏にあぐらをかいて民の声を聴かなかったさむらいたちが自分の欺瞞に気づかされる、と言う内容は令和の現実を批判しているようにも読めました。あともう一つ。この時期の徳島藩は大事な作品を生み出しています。吉川英治『鳴門秘帖』(講談社文庫)で、これは幕府転覆を企む徳島藩を調べるために隠密が阿波に潜入するという話なんです。こっちでは重喜は敵側。そんな風に、さまざまな名作を生み出してきた舞台をちゃんと現代に蘇らせた、労作だと思っています。
マライ なるほどです。個人的にはもうひとつ推し要素があります。私は『週刊文春CINEMA 2024冬号』で、『侍タイムスリッパー』(監督・脚本/安田淳一)を今期ダントツ1位の映画に挙げました。大傑作なんですがひとつだけモヤる点は、「映像作品としてのいわゆる時代劇は完全にオワコン」という悲しい前提ありきということなんです。あの映画が評価されたからといって時代劇の復活につながるわけではない。それでいいのか、と思っていたところに、この作品が来た。もしうまく映像化したら無茶苦茶いい感じの「時代劇再構築」に仕上がるんじゃないかしら、と思うんですね。ここで描かれているのは、国際文化がうまく言語化できないまま待望している「サムライ魂」に極めて近いと感じるのです。その海外紹介ムーヴの最初の契機としても直木賞受賞の流れが出来たらなぁ、というのが私の極私的で勝手な文化的野望です。
月村了衛『虚の伽藍』無自覚にダークサイドへ転んでしまう主人公が素晴らしい
マライ これも「組織や社会の腐敗・自壊のピンチに挑む」コンセプトの一作で、バブル期から現代にかけての巨大仏教宗派が舞台です。主人公が割と早期に無自覚にダークサイドへ転んでしまう点が素晴らしい。しかもそのまま「これぞ正法の教え!」とばかり、大小の危機を切り抜けつつ権力階梯を登りながら悪の組織改革と宗派の拡大、社会的伝播に邁進・成功してしまう展開がたまらない。ナチズムや共産主義の「中の人」の話にも通じますけど、なんというか「これぞ善の最たるもの」と真顔で信じ込んで免罪符を売りさばいた、昔のキリスト教会の聖職者の内面とはこういうものだったかも、と感じさせるリアルな凄味がある。無自覚に他人を騙す人々の内面を描いた点が重要で、カルトの原動力を問う意味で強い時流マッチ性も感じられます。主要登場人物が、主人公含めてほぼ全員悪党か、途中でおかしくなっちゃう人で基本的に誰も救われない、という割り切りもいいです。今回の候補作中でたぶん一番長いし、情報濃度も凄いんですけど、まったく飽きさせず一気読みでした。第169回候補作『香港警察東京分室』(小学館)とは段違いの惹きこまれ方でした。受賞も全然アリでしょう。
杉江 これ、主人公はかなり早い時点で気が狂ってますよね。どんなことがあっても仏法に照らし合わせば正当化されるとか、あなたたちは僧兵だからと言ってヤクザを雇うとか。どうかしているとしか言いようがないです。
マライ 自分を騙す天才の物語です。その天才をちゃんと天才として描けていますね。
杉江 組織の腐敗と戦う小説の多くが、主人公は正しいという図式ですから、そういう話だと思い込んで読んだ人は、主人公の狂い方に途中まで気づかないでしょうね。マライさんのおっしゃるとおり、これは恐るべき「中の人」小説ですよね。主人公が怪物すぎて、自分もこうなるかも、とはまったく思わなかったけど(笑)。構成はかなり単純で、プロットで読ませる小説じゃない。事件の面白さだけで突き進んでいますね。
マライ そうなんです。不謹慎な面白さでここまで駆け抜けてしまう力量には唸らせられます。そう、やっぱほかの歴史社会的悪との連想が発生する作品は、傑作なのです。怪物感が卑小感と融合している、主人公のキャラクター性の妙も評価高い。
杉江 主人公の内面が、実家の復興以外にほとんど個人的な要素なしで書かれるところもすごいと思いました。途中で愛人を作るから、あ、そういう展開か、と思っていたら単に成法のための修行に過ぎないという。自分が頂点に上り詰めるということ以外、ほとんど何も考えてないんですよね。自分以外の人間はほとんどモノとして扱う態度が凄いです。
マライ それはマジヤバな独裁者のひとつの類型ですね。しかも主観的には、自分は多少私利私欲はあるが、人間愛溢れるやつだとか思ってるわけですよ。素晴らしきグロテスクさ!
杉江 とにかく肥大した自我の書きようが凄いですね。月村さんは昭和以降の犯罪・社会史に題材をとった作品が多いんですが、こまでフィクション性高く別の京都を作っちゃった点もすごいですね。これを読んで誰も「●●寺を侮辱したな」とか怒らないでしょう。月村さんは現代風の小さくまとまった小説ではなく、山崎豊子とか城山三郎といった昭和の柄の大きなエンタテインメントの再興を目指しています。これはその道を究めた作品だと思います。理屈抜きでおもしろい。これで直木賞獲ってもらいたいですね。逆に言うと、これに反対する選考委員がいるとしたら誰なのかということを知りたいですよ。主人公がさしたる破綻なく上り詰めていく展開が劇画調だとか、そういう批判は出るかもしれませんけど。エンタメ復興のためには本作に受賞させるべきだと思います。柄の大きな小説に。
マライ 同感すぎます!
杉江 でも、映画化とかしたら京都の寺院はロケに協力してくれなさそうですね。
マライ その場合、アメリカの砂漠に作るんですよ(笑)
直木賞候補作総括●取材力×想像力の相乗効果が問われるトレンドが来た?
マライ ここ数回の候補作でやたらと重視されていた、現代的な生きづらさに苦しむ個人が云々、というテーマがスパッと消え失せて「手持ちの材料でどう生き抜くか」「蓋然性の高い正解とは何か」といったベクトルへのシフト感が見受けられたのが興味深い。巨視系になったというか。最近の社会不安の内容的変化や国際情勢とも何かしらリンクしているのかもしれないけど、いざ書くとなるとかなり多面的で深い知識見識が要求されるのでなかなか大変だなと思います。取材力×想像力の相乗効果が真に問われるトレンドが来てしまったのかもしれません。あと、『藍を継ぐ海』『飽くなき地景』『虚の伽藍』に見られる、ここ数十年の日本社会とは何だったのかという回顧検証感には、読みながら強く惹かれるものがありました。今の日本社会が醸し出す混迷・混乱感から生じる、ナチュラルな知的需要なのかもしれません。杉江さんのご指摘通り、時代小説である『秘色の契り』にもそういう要素が窺えるわけですし。
杉江 がらりと様変わりしたので、この先がちょっと読めなくなった感がありますね。逆に本来の直木賞らしい候補作が増えたとも言えますが。今後を占う意味でも何が受賞するかに注目したいです。
第172回芥川賞候補作を読んで徹底対談はコチラ。