第10回 9カ月 ラクをする工夫
こんにちは、宇沢です。いやはや、年末です。
全国で交わされているであろう「早いねぇ」という会話、SNSの投稿数みたいに数値化したら、きっと物凄い数なんでしょうね。
前置きは短めに、早速、先月の続き。
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「売れてない本探しは、新刊・話題書コーナーも一緒ね。
ってか、新刊・話題書コーナーの方が大事か。こっち先に話すべきだったかも」
「それぞれの棚のエンドを、新刊と話題書の場所にしてます」
「うん、まぁそれがオーソドックスだよね。うちもそうだよ。
問題は、ちゃんと売れてますか? ってこと」
「平台の話を聞いた後なので、分かります。
なんとなく惰性でエンドに出しっ放しの本が、結構あります」
「まぁ、それをゼロにはなかなか出来ないよね。
でも〝 減らそう 〟という意識は持ち続けた方がいいよ」
「はい。そこまでは僕でも分かるんですけど、
代わりに積む商品がなかなか無い、と言うか......」
「そう、ソレだ。
Aという商品の売れ行きが鈍ってきたから、他の商品と入れ替えようと思った時に、
〝 他の商品 〟ってのは、自動的に入って来る訳じゃないんだぜ」
「はい......?」
「多分、T君、〝 何か売れそうな本が入ってきたら、Aと入れ替えよう 〟って思ってない?」
「思ってます」
「売れそうな本が入ってくるのを待ってちゃダメなのよ。発注しないと、自動的には入って来ない。
で、さっきも言った通り、代わりの商品は何でもいいのよ。
何でもいいっつーと語弊があるけど、売れていない商品を積みっ放しにしとくぐらいなら、
とにかく、別の本と入れ替えちゃった方がいい」
「あぁ、さっきの平台の話と一緒ですね」
「そう、そういうこと。
エンドを見渡して売れていない本があったら〝 君は二軍落ちだよ 〟つって、
例えば元の棚前でコンスタントに売れているヤツを、試しに一軍に上げてみる」
「ナルホド、一軍、二軍ですか。
僕、サッカーが好きなんですけど、J1とJ2の入れ替え戦みたいですね」
「まぁそこは、サッカーでも野球でもいいよ(笑)。とにかく大事なのは、
①エンドみたいな〝 いい場所 〟に置いてやってるのに動きが鈍い商品を見つけて、
②逆に、棚前で1面積んでるだけなのに頻繁に積み足してる商品に気づくこと、
の二つかな。下手な新刊よりも売れる既刊って、あるじゃん」
「ありますね」
「だったらその〝 下手な新刊 〟をいい場所に出しておくより、
地道に頑張ってる既刊を目立たせてやった方がいい、という状況もあると思うよ」
「ナルホド。でも、新刊なのに新刊台から下げちゃうのって、ちょっと勇気が要りますね」
「うん、やり過ぎると新刊台が新刊台じゃなくなっちゃうから限度があるけど、
そもそも俺たち程度の規模の店だと、全ての新刊を新刊台に出せはしないでしょ」
「はい、新刊台が狭いから、〇〇文庫とか▽▽文庫は最初っから棚前の平台です」
「どうせ全部の新刊をエンドに出せはしないんだったら、少し開き直ってもいいんじゃないかな」
「売れない新刊は降格させて、動きのいい既刊をJ1に昇格させるんですね」
「そう、そういうこと(笑)。
文庫でも文芸でもいいんだけどさ、週間ベストを出した時に、
エンド台とかの〝 いい場所、目立つ場所 〟に出したものが、ちゃんと上位に来てますか?
ってのを意識してると、おのずと展開する商品が違ってくると思うよ。
俺は仕事しながら〝 新刊ってだけでいい場所にいられると思うなよ 〟
とかって、心のなかで本に向かって叱咤してる」
「そこだけ切り取ると、アブナイ人みたいですよ(笑)」
「平台の件もそうだし新刊台でもそうなんだけど、トコロテン式なんだよ」
「はい?」
「いや、動きの悪い本があっても、それをなかなか下げられないなら、
先に動きが良さそうな本を発注しちゃえ。
その商品が入ってきたら、嫌でも動きの悪い本をどかさなきゃいけなくなるじゃん。
J1J2の例に置き換えると、J2から昇格する本が、J1の最下位を押し出す感じ」
「あぁ、それでトコロテンですか。ナルホド」
「で、同じ話の繰り返しになっちゃうけど、昇格させた本も動きが悪ければ、次をまた発注する。
そうやってるうちに〝 ちょっと売れてるかも 〟って本が現れるから、それは大事に育てる」
「分かりました。動きが悪い本を押し出すために、先に別の本を発注しちゃうんですね。
早速、今日からでもやってみます」
「平積みに関しては、こんなとこかなぁ」
「ありがとうございます。次は何でしょう?」
「めっちゃ細かいことだし、必ずしもやらなきゃいけない訳じゃないんだけど、
講談社文庫のビニールパック、あれ、俺ぜんぶ剝がしてるよ」
「え、全部ですか!?」
「棚に1冊差す分は全部。積む商品は、一番上は必ず剥がす」
「クレームとかになりません? 確か講談社からは
〝 読者にキレイな商品をお届けする 〟みたいなアナウンスがあったと思いますけど」
「タテマエだろ(笑)」
「タテマエ?」
「だって〝 読者のために 〟って言うなら、中身も見せずに買えって方がよっぽど不親切じゃね?
ビニールパックしておけば、返品で戻ってきた本を再出荷する際に、
帯とかカバーとか、かけ替えなっくて済むじゃん。
それだけで相当なコスト削減になるんだろうなと、俺は勝手に思ってる。
こういうのを〝 おためごかし 〟と言うんだぜ(笑)」
「おためごかし?」
「あ、分からないか。スマホで調べてみ、すぐ出てくるから」
「はい......えーっと
〝 如何にも相手のためを思っているかのように見せかけて、その実は自分本位であること 〟
だそうです(笑)。キビシイ(笑)。
だけどお客さんから〝 ビニール剥がすな 〟みたいなクレームになったりしません?」
「今んところ、一度も無いな。
むしろ、平積みの一番上のビニール剥がしてるヤツを気にせず買ってく人が結構いて、
気づくと中身を見られる本が無くなってるから慌ててまた剥がす、みたいなことは頻繁にある」
「はぁ、そういうもんですかね」
「少なくとも俺は、たとえ好きな作家でも中身を全く見ずに買うってことは無いんだよね。
だから、ビニールパックでキレイな本を云々ってことよりも、
中を見ずに帯の惹句と表4のあらすじだけで購入を決めろって方が、遥かに不親切だと思う。
ましてや初めての作家だったら、文章の相性もあるし、
ストーリーの大略と帯のコピーだけで判断できるのか? と講談社に問いたいね(笑)」
「確かに、僕も中は見ますね、好きな作家の新刊でも」
「まぁこれは店の方針とかもあるかも知れないから、店長とか他のスタッフとも相談してみて」
「分かりました」
「ついでに言うと、文庫・新書の帯とかダブルカバーとかで背番号が見えなくなってるヤツも、
俺は棚に差す時は剥がしてる。
昔は、っつーと年寄り臭いけど、20年ぐらい前までは、
棚に差す時は帯を外すってのが、どこの文庫担当者にとってもセオリーだったんだけど、
最近は、帯のある無しを気にするお客さんが増えたし、
映画化ドラマ化で購入を決めるケースも多いみたいだから、
背番号が隠れない限りは、帯はつけておくけどね」
「確かに、背番号が隠れると、棚に差す時も不便ですよね」
「うん。不便だなと思ったからやってる。
お客さんも元の場所に戻しにくいから、棚も荒れるし。
自分で解決できる不便なら、解決の手を打ってみるといいよ。
その繰り返しが、仕事をやりやすくするし、売り場の完成度を上げていく」
「自力で解消できる不便は、不便とは言わないんですね」
「お、なんか名言っぽいな(笑)。
あと気になったのは、ストッカー、汚ぇな」
「汚いですか?」
「あ、汚れのことじゃなくて、整理整頓が出来てないってこと。
平積み期間が終了して棚に1冊だけなのに、ストッカーに10冊とか、要らんだろ。
余分なストックって、仕事の足を引っ張るよ」
「と言うと?」
「棚に1冊、ストッカーに10冊とかって持ち方してると、
棚の1冊が売れた時に自動発注が飛ばないじゃん、在庫があるから。
そうすっと、在庫があるのにお客さんの目には触れないという、一番悪いパターンになる。
すぐに気づいてストッカーから棚に補充出来ればいいけど、なかなかそうはいかんだろ。
在庫が無くてお客さんに見て貰えないのはしょうがないけど、
ストッカーに在庫があるのに、棚に出てなくて見て貰えないってのは、一番バカバカしいよ」
「そうですね、スミマセン。なかなか整理する時間がとれなくて」
「そりゃそうだ。昔と違ってどこの本屋も人件費削ってるからね、
今日は14時から15時までストッカー整理の時間です、なんて予定組める訳がない」
「そうですよね」
「だから、〝 ついで 〟を上手く使うんだよ」
「ついで?」
「例えばさ、新刊が入って来ました、
全部は積みきれないので棚に1冊、平台に6冊、残った3冊はストッカーに、みたいなケースで、
ストッカーを開けた時に、目についた要らん在庫を抜いちゃうんだよ」
「はぁ、でも新刊出すのに精一杯で......」
「いや、細かくアレコレやろうとしなくていいんだよ。
取り敢えず目についた余分なストックを5冊でも10冊でも、
片手でつかめる数をパッと引っこ抜いちゃうんだよ。
新刊の余りを3冊しまって、ついでに不要のストックを5冊引っこ抜けば、
2冊分だけ在庫が軽くなるじゃん。
それを、ストッカー開け閉めする度にやってりゃ、そうは溜まらないよ」
「ナルホド、どうせ開けたんだったら、閉める前に何か抜け、と」
「こういうのも業務の効率化だと思うんだよな。
頭のいい人たちって〝 効率化 〟っつーとすぐにパソコン触りたがるけど」
「ナルホド、確かに効率はいいですね」
「それこそ〝 ついで 〟だから、少し〝 効率化 〟の話をしようか」
「是非是非」
「ここにABCDEって棚があるとして、Aから順に在庫チェックなり品出しなりを進めている、と」
「はい」
「で、Dの棚でお客さんがじっくり本を選んでいる。絵で説明した方が分かりやすいかな」
「技巧派の絵ですね(笑)」
「だろ(笑)。で、ABCと仕事が終わって次はDって時、
そのまま〝 失礼しま~す 〟って声かけちゃうと、お客さん、Eの棚前に移動しちゃうじゃん」
「はいはい」
「そうすっと、Dの棚の在庫チェックが済んだ時には、また〝 失礼しま~す 〟になる訳だ」
「はい」
「こういう時はCの棚が終わったところでお客さんの背後を回って、
Eの棚前に移動して、そこからD前のお客さんに向かって〝 失礼しま~す 〟とやるんだよ。
するとお客さんはCの方にずれてくれるから、自分はD→Eと続けて仕事が出来るじゃん」
「おぉ、奥が深いですね」
「深くねぇよ(笑)。でも、動き方としては断然効率いいでしょ」
「そうですね。なんかサッカーで背中でディフェンス抑え込んでクルっと回って背後に出てパス貰う、
みたいな感じですね」
「なんだよそれ。分かりにくいよ(笑)。でもまぁ、これも一種の効率化だ」
「そんなことまで考えて在庫チェックしてるんですね。すごいな」
「すごくないよ、その方がラクだからだよ。
〝 効率化 〟なんてカッコつけた言葉使うから難しく考えちゃうんであって、
要は、どうすればラクに早く仕事が進むかって話でしょ。
ラクに仕事をこなすために工夫することと、手を抜くことは全然別だよ。
手抜きはいかんけど、ラクする工夫はむしろいいことなんじゃないかなぁ」
「ナルホド、僕も手抜きをせずにラクする方法を考えます」
「それを1年、2年と続けてごらん。仕事が格段に早くなると思うよ」
「はい、頑張ります」
「で、失礼しま~すで思い出した。これまた〝 ついで 〟だけど、
〝 いらっしゃいませ 〟を、もうちょっと上手く使えるようになるといいね」
「どういうことでしょう?」
「例えばさ、お客さんが既に棚の前で商品を選んでいるところに行って邪魔するケースは、
〝 失礼します 〟でいいと思うんだ」
「はぁ......」
「じゃあ、こっちが先に居て作業してる横に、後からお客さんが来て本を選び始めたら?」
「う~んと、何でしょう?」
「ここで〝 失礼します 〟は変だよな、こっちが先に居たんだから。
でも、無言で作業続けるってもの、なんか不愛想だよな。
お客さんによっては過剰に店員に気を遣っちゃう人もいるし、
逆に〝 店員が邪魔で本を選べない 〟みたいなクレームになることもあり得るじゃん」
「経験したことはないけど、ありそうですね」
「そういう時に、〝 いらっしゃいませ 〟って一声かけとくんだよ。そうすると
〝 私は作業を続けてますけど、あなたを無視してる訳じゃないですよ 〟
〝 存在には気づいてますから、何かあれば声をかけて下さいね 〟
っていうメッセージになるんだよ。
そこまで深読みするお客さんはいないだろうけど
〝 無視されてる訳じゃない 〟ってのは分かって貰える。
一声かけるだけで、お客さんは安心するし、こっちも気兼ねなく仕事を続けられる」
「ナルホド」
「飲みに行ってさ、〝 すいませ~ん 〟って呼んでもなかなか気づいて貰えないのとか、嫌じゃん。
それとか、注文した料理がなかなか来なくて〝 忘れられてんじゃね? 〟みたいな時に、
店員さんが〝 すみませんね時間かかっちゃって、間もなくですから 〟とかって、
通りすがりに一声かけてくれたりすると、安心するじゃん。それと一緒だよ」
「あー、そういうことありますよね、混んでる居酒屋だと。ナルホド~」
「売り場で台車を押して歩く時も〝 失礼しま~す 〟つって通るじゃない」
「はい」
「それで間違いじゃないし全然OKなんだけど、時には〝 いらっしゃいませ~ 〟も使ってごらん」
「それはまた何故?」
「〝 失礼しま~す 〟ってのはさ、翻訳すると〝 台車が通るからどいて下さい 〟ってことだよね。
〝 いらっしゃいませ~ 〟ってのは〝 ようこそおいで下さいました 〟って意味しか無いんだけど、
それだけでも、声を聞いてスイッとよけてくれるお客さんってかなり多いのよ、やってみると。
で〝 いらっしゃいませ~ 〟にはこちらの〝 要求 〟の要素は無いから、聞こえ方が柔らかい。
〝 台車通るからどいてどいてー 〟って言うより〝 ようこそ当店へ 〟って方が、感じがいいじゃん」
「そんな細かいこと、気にしてませんでした」
「いや、義務じゃないと思うけどね。その方が気持ちよく働けるから、俺はやってる。
あと、店内を歩いてて、何気なくお客さんと目が合っちゃった時とか」
「あぁ、何となく気まずいですよね」
「いや、気まずくなる必要無いのよ、悪いことしてる訳じゃないんだから。
目が合ったら、〝 いらっしゃいませ~ 〟って会釈すれば、向こうもこっちも気持ちがいい」
「ナルホド」
「そこでニコッと笑顔になれればベストなんだけど、男はなかなか難しいよね。
だから、その分きちんと頭を下げる」
「はい」
「つっても最敬礼する必要は無いんだよ。会釈でいい。
但しその会釈が、首だけコックリの〝 うなずき会釈 〟になってる人が結構いて、
どうせ頭下げるんだったら、きちんと腰から折った方が、見栄えもいい。
〝 うなずき会釈 〟の人ってどこの店にもきっといるから、観察してごらん。
なんかだらしなく見えるっつーか、カッコワルイから(笑)」
「腰からですか。かなり意識しないと、なかなかクセが抜けないかもですね」
「まぁ特殊な技術ではないから、意識してればよくなるよ。
レジで〝 いらっしゃいませ 〟 〝 ありがとうございます 〟って頭下げる時も、
きちんと腰からね」
「はい、意識します」
「で、よほど急いでるんだか〝 ありがとうございます 〟って言う暇も無いぐらい、
ダッシュでレシートも受け取らずに退店する人っているじゃない」
「結構いますね」
「そういう時も、その去ってゆく背中に向かってきちんと頭下げて、
〝 ありがとうございます 〟ってやった方がいいよ」
「そういうもんですか」
「お客さんが背中で聞いている、なんて言うつもりはないのよ。実際、聞いてないだろうし。
だけど、その他大勢のお客さんたちが見てる」
「次に並んでるお客さんとか、ですか」
「そう。あと、レジの近くの棚で本を選んでる人とか」
「立ち去ってゆく背中に向かって頭を下げている姿で印象アップってことですね」
「そういう効果もあるんだろうけど、俺はもっと自分ファーストな動機でやってる」
「自分ファースト(笑)?」
「例えば、次のお客さんの会計の時に、ちょっとしたミスをやらかしたとするじゃない。
大ポカじゃなくて、あくまでも、ちょっとミスったっていうレベルね。
ポイントつけるのにてこずったとか、図書カードとQUOカード間違えてもたついた、とか」
「まぁ、時々ありますね」
「そういう時にさ、さっきお客さんの背中に頭を下げてるのを見ていた人なら、
〝 通常はちゃんとしてる従業員なんだろうけど、今はちょっとしくじっちゃったのか 〟」
ぐらいに思ってくれるかも知れないじゃん。
同じミスでも〝 いつもいい加減な仕事してるっぽいスタッフが、またテキトーなことやった 〟
って思われるのとじゃ、雲泥の差だよ」
「その後のコミュニケーションのしやすさが、全然違いますね」
「あとはね、〝 こちらこそ 〟も、使い勝手がいい言葉だから覚えておくといいよ」
「あんまり......てか、1回も使ったこと無いかもです」
「お客さんが〝 ありがとう 〟っていってくれるケースって、結構あるじゃん。
目当ての本を探し当てた後に〝 ありがとう 〟とか、レジで会計の最後に〝 どうもね 〟とか、
俺たちにお礼言ってくれるお客さんって、かなりいるよね?」
「いますいます。レジでカバーかけただけで〝 ご面倒おかけしました 〟とか、
逆に恐縮しちゃいますよね」
「そうそう、そういう時だよ。〝 こちらこそ~ 〟って言ってごらん。
目当ての売り場までご案内して〝 ありがとう 〟って言われたら〝 こちらこそ~ 〟。
こちらこその後には〝 うちの店を使ってくれて、私に訊いてくれて、ありがとうございます 〟
って言葉が省略されてるんだけど、そこら辺はいちいち説明しなくても汲んでくれると思う。
レジでカバーかけて〝 ありがとう 〟って言われた時も〝こちらこそ~〟って」
「ああ、いい感じですね」
「逆に、お客さんが〝 すみませんねぇ 〟なんて時も、〝 こちらこそ~ 〟は使いやすいよ。
時々あるのはさ、お客さんが探している本の情報が曖昧で特定に時間かかっちゃったりした時に、
〝 お待たせ致しました、こちらの本ではないでしょうか? 〟
〝 あぁこれですこれです。すみませんねぇ、お忙しいのに 〟
〝 いえいえ、こちらこそお時間取らせちゃってすみません 〟
みたいなコミュニケーション。
こういう風に問い合わせを終えると、やっぱり気持ちはいいし、お客さんも嬉しそうだし、
お互いに得だよね」
「ナルホド〝 こちらこそ 〟は、いいですね。構えなくても口から出てくるように練習します」
「で、そうやって問い合わせを終える最後の段階、本を差し出す時は両手でね」
「あ、どうしてたっけな、あんまり気にしてませんでした」
「つっても、恭しく捧げ持ったりしなくていいよ。
本を持った右手に、ちょっと左手を添える程度。あんまり仰々しくやると、却って変だから。
でも、もう片方の手をちょっと添えるだけで、格段に丁寧にみえるよ。
ってか、逆に片手でホイッて感じだと、場合によってはぞんざいに見える」
「そこまで気が回るかな。大変だな」
「いや、義務だと思うとキツいのよ。
そうじゃなくて、さっきも言った通り、無駄なクレームを避けたいのと、
もう一つは、お客さんが笑ってくれれば、こっちも気持ちよく仕事できるからさ。
お互いにムスっと会話を始めて必要最低限のやり取りだけしてムスっとしたまま終わる、
なんてのが、1日中続いたら、結構疲れると思うよ。だったら、
〝 ごめんなさいね、お忙しいのに 〟
〝 いえいえ、こちらこそ手間取っちゃってすみません 〟
〝 いーえとんでもない、助かりました 〟
〝 ありがとうございます 〟
ってな会話をした方が、お客さんのためと言うよりも、俺自身がラク」
「あぁ、さっきとはまた違う類の〝 手を抜かずにラクをする 〟ですね。
それにしても、細々とよく気がつきますね」
「いや、これまで散々失敗してきたんだよ。
忙しい最中に問い合わせ受けてイライラが顔に出たり、
面倒臭ぇなってのが態度に滲んじゃったりして、
お客さんからお叱りも受けたし、上司に絞られもした。
で気がついたのは、接客で手を抜いたり面倒臭がったりすると、後でもっと厄介なことになる。
そういうのって結局、自分が損することになるなと思って色々考えた末の話。
つっても、未だにカリカリしたままお問い合わせを捌いて、
お客さんには不愉快な思いさせて自分自身も嫌な思いして、
ってなことがあったりするけどね。でも減らしたいと思ってやってる」
「いやぁ、よく分かりました。接客も、自分のために丁寧にやってみます」
「ざっとまぁこんなところかなぁ。
上司部下の関係で、毎日一緒に仕事してればもっとアドバイス出来るんだろうけど、
今日ほんの数時間一緒にやった範囲で気づいたことは、一通り話した気がする。
あと、他に何かある?」
「1か月に何回か、納品が猛烈に多くて、何から手をつけていいか分からなくなって、
半分パニックになることがあるんですけど、そうことありませんか?」
「あるある。どこの店のどこの担当者にも多かれ少なかれあるんじゃないか?」
「そういう時、どうしてます?」
「まぁ、諦めるね(笑)。〝 今日は、この仕事とこの仕事は捨てた 〟つって(笑)。
何が何でも全部やり切ろうと思い過ぎると、
ピリピリした雰囲気が職場仲間にもお客さんにも伝わって空気が悪くなるし、
自分自身も楽しくないし」
「そうなんですよね。他の担当者から〝 〇〇って文庫が見つからない 〟とか言われて、
内心〝 もっとしっかり探してくれよ 〟とか思っちゃう時、あります」
「人間だからね、ある程度は仕方ないよ。
だけど、〝 自分が大変なら、周りの人を不愉快にしてもいい 〟なんて理屈は無いからね。
大変でも出来るだけ大変そうじゃなくやってれば、見てくれてる人は見てくれてる、かも知れない。
あとこれはあんまり積極的には勧められないんだけど......」
「何でしょう、秘策でもありますか?」
「そんな大げさな話ではなく、だな。
例えばここに5つの仕事があるとする。それぞれの所要時間を優先順位通りに並べると、
優先順位① 100分
優先順位② 40分
優先順位③ 15分
優先順位④ 60分
優先順位⑤ 50分
だったとするでしょ。で、しゃかりきになってやっても今日中に終わるかどうか分からない、と」
「そうそう、そういう日がありますよね」
「そういう時、俺は、どうしようもなければ優先順位を無視して、簡単な仕事から先に片づける」
「簡単な仕事?」
「上の例で言うと、15分で終わる〈 優先順位③ 〉の仕事を真っ先にやる。
次に所要時間40分の②の仕事、その次が50分の⑤の仕事......って具合に、
すぐにケリがつく仕事から片づけて、仕事の総量ではなく、仕事の種類と言うか数を減らす。
100分かかる①の仕事は、他を全部片づけてからじっくり取り組む。
その方が、精神的にラク」
「あ、またラクをする工夫ですね」
「昨日なんかも、納品が台車にてんこ盛りだったからさ、
どこに何面積むかしっかり考えなきゃいけない新刊は後回しにしちゃった。
もともと平積みしてある商品の補充で、何も考えずにただ重ねて積むだけ、
みたいな簡単なヤツから先に片づけていった」
「それでも許されるんですね」
「いや、本当はやらない方がいいのよ。てか、優先順位がはっきりしてるんだったらそうすべきなの。
だけどその結果、明日に仕事を残しちゃうぐらいだったら、多少の順位の入れ替えには目をつぶって、
どんどん片づけていった方がいいかな、と。あくまでも非常手段だよ」
「分かりました、覚えておきます」
「そんなとこかなぁ」
「僕も今は、教えてもらったことを消化するのに精いっぱいで、質問すら出てきません」
「あとはまぁ、何かあったら電話でもメールでも頂戴よ。同じ会社にいるんだし」
「はい、宜しくお願いします」
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といった具合に、発作的研修は無事に終了した次第。
当時は思い当たる順にベラベラ喋り散らしたから、実際はここまで整然と説明出来た訳ではなく、話はあっちに飛んだりこっちに転がったりを繰り返したんだけど、それをまぁ、可能な限り順序だてて再構成したらこうなった、って感じかな。
T君にもくどいほど念を押したんだけど、私の説明が必ず正しいという保証は無くて、もっと上手いやり方、もっといい方法はきっとあるだろうから、これをお読みの方々もくれぐれも洗脳されたりせず、一歩、二歩引いた目で眺めて、使えるところは使って、改良が必要なら改良して、それぞれの仕事に役立ててくれると嬉しい限り。
しかし、喋り散らしたのを文字にするとこんなに字数多くなるんだな。長々とお付き合い頂き、恐悦至極でございます。
それでは皆さん、良いお年をお迎え下さい。また来年(^^)/