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第52回:町田 康さん (まちだ・こう)

町田 康さん 写真

作家であり、ミュージシャンであり、俳優でもある町田さん。人間の滑稽さをさらけだし、ユーモアとウィットと悲哀に満ちた独自の文章世界、小説世界で多くの人々を魅了し続け、さまざまな文学賞も受賞。第一線で活躍する町田さんが読んできたものとは、そして読書スタイルとは。谷崎潤一郎賞を受賞した長編小説『告白』についても触れていただきました。

(プロフィール)作家、ミュージシャン。1962年大阪生まれ。高校時代より町田町蔵の名で音楽活動を始める。97年に処女小説『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2000年には「きれぎれ」で芥川賞を受賞する。01年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、02年「権現の踊り子」で川端康成文学賞を受賞。他に『夫婦茶碗』『屈辱ポンチ』『パンク侍、斬られて候』『テースト・オブ・苦虫1』など多数。


【 本のお話、はじまりはじまり 】

天才バカボン (1)
『天才バカボン (1)』
赤塚 不二夫(著)
竹書房
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あしたのジョー (1)
『あしたのジョー (1)』
高森 朝雄, ちば てつや(著)
講談社漫画文庫
693円(税込)
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わるいやつら〈上〉
『わるいやつら〈上〉』
松本 清張(著)
新潮社
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――文章や言葉に触れた最初の記憶は、いつ頃ですか?

町田康(以下 町田): : そうですね…。小学校低学年ぐらいの時は、漫画を読んでいましたね。『少年マガジン』、『少年サンデー』…。断片的にしか覚えていませんが、『あしたのジョー』や『天才バカボン』という時代だったと思います。毎週は買っていなかったと思っていたんですけれど、後日大人になってから『あしたのジョー』を読んでみたら、全部知っている。ということは、毎週読んでいたんでしょうね。

――どんな少年だったのでしょう。

町田 : いま書いているものの姿勢というか、萌芽があったのかもしれないと思うのは、当時の言葉で“ストーリー漫画”と“ギャグ漫画”があったのですが、圧倒的に『天才バカボン』などの“ギャグ漫画”が好きだったこと。ナンセンスなもの、日常からちょっと飛躍しているものが好きでした。

――小説は読んでいたのですか?

町田 : 同じ頃、読んでいましたね。当時は野球が全盛だったんです。別に道具を持っていなくても、みんな三々五々集まってやっていた。私はどういうわけか野球が好きではなくて、やらなかったんです。参加しないので暇なので、本を読んでいました。

――どのようなものを?

町田 : 親に買ってもらったものですね。『名探偵シャーロック・ホームズ』、『小公女』、『十五少年漂流記』…。学校の推薦図書だったのかもしれませんが、『日本の民話』『世界の民話』シリーズも読みました。他には、『発明王エジソン』などの偉人伝。同じ本を何度も読んでいましたね。子供ですから、そこにあるものを疑いもせず、ただそのまま読んでいたんだと思います。

――他の子に比べて、読書家だったんですか。

町田 : 野球をやらない分、そうでした。

――その頃、将来なりたいものって何だったんでしょう。

町田 : まったく覚えていません。でも高学年の時に書いた、将来何になりたいかという作文に、カメラマン、とあるんです。カメラマンのはずはないんですが(笑)。

――作文は得意でしたか?

町田 : 自分で得意だと思ったことはありません。作文って型があって、先生がこういう型で書きなさい、と言うのに従って書けば、いい点が取れる。勉強ができる子はそこをうまく抑えてきれいな作文を書いていた。でも僕はそういうことに、子供の頃から反発していました。思ってもいないことを型に当てはめて書くのは、くだらないと思っていたんです。ただ、中学校の時に、一回作文コンクールで優勝したことがあります。でも自分はそのことを知らなかった。応募したことも優勝したことも、何の大会かも、教師は教えてくれなかったんです。盾をいただいたんですが、それも卒業した時にもらいましたね。

――高学年以降は、どんな本を読んでいたのですか。

町田 : 自分でも買って読むようになっていました。中学年くらいの時に、日本の歴史を子供用に書き下した物語風のものがあって、それを読んだので日本の歴史のことが頭に入りましたね。それで、中学校の時に司馬遼太郎の歴史小説などを読んでいた気がします。一方で、自宅にあった本で繰り返し読んだのは、当時流行っていた松本清張の『わるいやつら』。虚無的な男が次々と女を殺していく話です。石川達三の『骨肉の倫理』は、引退した男の人の子供たちが遺産目当てにいろんなことを言ってくるという内容で、それも何度も読みました。

【音楽の道&読書道 】

――音楽に興味を持ち始めたのはいつ頃なんですか。

町田 : 中学生くらいの時に友達の影響でビートルズやストーンズを聴きはじめました。特に自分でやる気はありませんでした。当時、ロックというのはマニアックのもの、ある特殊な文化で商業的なものではなかった。ですから、聴きたいと言ったら親切にいろいろ教えてくれる人がいたんです。10・イヤーズ・アフターやマウンテン、マハビシュヌ・オーケストラ、クリーム…。もうほとんど忘れましたけれど、そういうものも聴いていたと思います。

――はじめてバンドを結成されたのが16歳の時。きっかけは何だったのでしょう。

町田 : クラスや同じ学年に何人か、あとは違う中学や高校で知り合った人たちと話をしているうちに、やろうということになって。直接的なきっかけは、当時、セックス・ピストルズを中心とするパンク・ロックのムーブメントがあって、それまでのバンドの技術は高かったけれど、パンク・ロックは下手だったんです。これだったらできるんじゃないか、と気分になったうえに、「あそこのスタジオを使うといいよ」などと教えてくれる人もいて、やることになったんです。

――詞を書くようになったのは?

町田 : 16歳の時です。でも、詩を書いている奴なんかをバカにしていました。そんなことを書いてもしょうがない、と思っていたのです。自分は完成度が高いものを目指したりせず、思ったことをそのまま書いていました。ただ、思ったことをそのまま文字にするためのルートというのは必要です。それまで読んできたものが、そのルートの開拓に役立ったとは思います。

――「町田町蔵」というお名前や「INU」などのバンド名は、どのようにして決めたのですか。

町田 : まったく何の意味もないですよ。パンクというのは自己否定的で、空中に放棄してしまうようなところがある。普通に自分に拘泥すれば、グループの名前や芸名はこだわりを持ってつけると思うんですけれど、“自分が好き”ということがカッコわるい、というのがパンクなんです。だからあえてカッコ悪い名前をさらりとつけたりするんです。

――中学生から高校生時代は、どんな本を読んでいました?

町田 : 一番読んだのは筒井康隆さんかな。

――筒井さんのあの作品が好きだった、というのはありますか。

町田 : 全部好きでしたよ。好きな系統とかは特に意識していませんでしたね。今の子のように何かを読んだり聴いたりする時に、それを分析だてたり系統だてたりはしていませんでした。“読んでいる自分”“聴いている自分”という自意識もなかったですね。いまは何を聴くかで自分のことが逆算されていくところがありますけれど、あの頃は牧歌的で、何でも面白いと思ったものは抵抗なく聴いていたし、読んでいました。

――読む本などはどうやって選んでいたのですか?

町田 : 友達が「これ面白いよ」と言ってくれたんです。中学校の時に、松原君という友達が筒井さんを教えてくれ、楠木君という友達には「野坂昭如が面白い」と言って貸してもらったりして。自分でもなんとなく本を読むのが好きなんだなあと思い始め、書店に行って面白そうなものを手に取ったりもしました。背伸びをして大江健三郎さんの小説も文庫化されていたので読んだのですけれど、よく理解できなかった。でも他の小説と違う言葉遣いに、非常に惹かれましたね。何度も読んで、言葉やフレーズを覚えました。

――大江さんの文章というのは、詞を書く際にも影響があったのかもしれませんね。

性的人間 改版
『性的人間 改版』
大江健三郎(著)
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町田 : 16歳か17歳くらいに書いた歌詞に、“映画の中の天皇陛下”という言葉があって。レコードにする際に「不敬な感じがする」と言われて、自分では不敬なつもりはまったくなかったんですけれど、少し変えました。大江さんの『セブンティーン』という小説で、右翼の少年たちが、天皇が出てくる映画を見て、天皇が自分の兵隊を見る時に非常に慈愛深げな目で見ていたな、という会話を交わすんです。そのイメージを借用した、ということはあったと思います。他にも、忘れているものもありますが、そういうイメージの交通のようなものはあったでしょうね。読書で体験した風景が、自分の中で言葉になっていくことは多いですね。

――そして、20歳過ぎで東京に移り住んだのですよね。

町田 : デモテープを録りにこちらに来たんですが、その間に人が辞めたりして、じゃあ、じっくりやろう、ということで部屋を借りました。その頃住んでいたアパートは住人が男性ばかりで、みな同い年くらいで。フレンドリーでしたね。鍵もかけずに勝手に人の部屋に出入りして、レコードや本を貸し借りしていました。その人の趣味で選んでいる本ですから、それまで読んだことのなかった本などがあって。久生十蘭やカート・ヴォネガット…。村上春樹も読んだかな。中上健次を読んだのもその頃だったと思います。あと、『やし酒飲み』『乳房になった男』その他。

【 読書とは、そして執筆に関して 】

――読書が日常のこととなっていたようですが、衝撃を受けたり、目から鱗、というような体験はありましたか?

町田 : それは、読書がどういうことか、ということだと思うんです。10代前半から30代まで、結構本を読んでいましたが、それは引きこもりみたいなものだったんですよね。他に何もできなくて、世の中に出ていけないから本を読む。悪い言葉で言うと“現実逃避”です。本を読むことは、今この世の中、この現実から一旦降りる、脱落するということ。もうひとつ別の次元に行く体験だと思うんです。昨今、本を読んでいないのは40〜50代の人だという記事を読んだんですが、考えてみれば当たり前で、その世代の人たちは忙しくて脱落している時間がない。人間は二つの時間を同時に体験できないから、今の時間から降りて他の時間に行ったら、いろんな人がいろんな思惑で動いていることを自分だけ知らないことになる。要するに出世競争に敗れてしまう。
 でも、読書は単なる逃避でもない。小説はどうやって書かれているかというと、現実を参照にして書かれてある。そこに何らかの現実につながる回路があるんですよね。だから全然現実とは別のものということでもなくて、もうひとつの現実なんです。もうひとつの現実を体験するということは、二つの時間を持つということ。ひとつの時間にしか生きていない人より二つの時間に生きている人のほうが、いろんなことを分かっていたりする。そして、小説が文字を使って書かれている以上、読んで別の時間に逃避しても、文字の力によってどうしてももう一回現実の時間に押し流されてしまうところがある。自分が変わるということは、そういうことなんだと思うんです。
 だから、あなたの言うように、本を読んで目から鱗、ということはないですね。例えば、大きさがほぼ同じ茶碗を流しで洗っていたら、たまたまガチッと組み合わさってしまってどうしてもとれなくなったとします。それが、本を読んだら「こうすればとれますよ」と書いてあった時に、うわっ、って目から鱗が落ちる。でもそれは生活の知恵ですよね。読書というのは、もっと深い体験だと思います。瞬発的な知識ではなく、じわじわと嫌な形で体にまわって、二日酔いのようになった状態でもう一度、現実に帰っていかなければならない。それが読書だと思います。

――人に勧められて文章を書きはじめたとのことですが、書くときに影響を与えられたりはするのでしょうか。

町田 : 何かを始めるとき、ずっとできなかったことが、お手本をなぞること。習字なんかもお手本に習って書くことが絶対にできない。楽器もいくらやっても上達しない。小説でいうと、これまで読んできたものの文学的ムードというのを自分で感じていればいいけれど、感じていないのに既存の文学風な書き方というのはできないんです。むしろそういうものを避けたい気持ちはありました。といって、そう思って何かをしようと思って書いたわけではないです。ただ小説を書こうと思って、書きました。

――本当に、独自の文章世界をお持ちだと思うのですが。

町田 : 自分の中で何層にもなっているものが混ざって文章の形になっていると思います。

――落語もお好きですよね。他に古典芸能でお好きなものは。

町田 : 落語は子供のときから好きでした。関西では普通にラジオやテレビで流れていましたから、意識していなくても自然と耳に入ってきましたし。他に好きなのは浪花節ですね。大人になってから好きになりました。小さい頃から河内音頭が好きで、浪花節はその親戚みたいなものですから。

――そういうものの口調やリズム感も作品に反映しているのかもしれませんね。

町田 : そうですね。

【 その後の読書歴 】

ラブイユーズ―無頼一代記
『ラブイユーズ―無頼一代記』
バルザック (著)
藤原書店
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四十日と四十夜のメルヘン
『四十日と四十夜のメルヘン』
青木 淳悟(著)
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幕末単身赴任 下級武士の食日記
『幕末単身赴任 下級武士の食日記』
青木 直己(著)
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石牟礼道子全集・不知火 (第7巻)
『石牟礼道子全集・不知火 (第7巻)』
石牟礼 道子(著)
藤原書店
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――小説をお書きになったのが30歳過ぎとのことですが、その前後の読書歴はどういうものだったのでしょうか。

町田 : 20代後半から30代前半の10年間はわりと日本文学を読んでいました。暇だったので。井伏鱒二、太宰治、梅崎春生、大阪ということで織田作之助。内田百閧燗ヌみましたね。図書館に行って、全集で読んだりしていたので、作品名が何だったのかはなかなか思い出せませんが。

――ご自身もお書きになるようになってから、読書スタイルに変化はありましたか。

町田 : いけないなあ、と思うのは、書評を頼まれたりすると、本を読むときに気が散ってしまうんです。あとで原稿を書かなければと思うと、線を引いたりメモを書いたりと、別の次元、別の自分が入ってきてしまう。あと面白いのは、他人の文章を読んで影響されること。考えが変わるということはありませんが、ちょっと読むと、見事に自分の文章が変わります。

――では、執筆の直前には本は読めないですね。

町田 : わざと読んで、無茶苦茶にするんです。とんでもなくひどい文章を読んだりしますね。そうすると、自分の文章が変わってくる。しばらくすると立ち直ってくるんですが。文章が揺れたことによって、内容も変わってくるので、それに反発したりして、また変化が生まれてくる。後から読み返してみると、まるで計算したかのようになっている(笑)。

――執筆前に必ず読書する…などと、読書スタイルは決まっていますか。

町田 : 以前は時間があったので、読んでみて面白いとなるとすべてのことをやめて、午後から朝まで読んで、寝て起きてすぐ読んで、…と、一気に読んでいました。最近は時間が細切れになってしまっているので、一気に読む、ということがなかなかできませんが。ただ、意外に読めるのが電車の中ですね。じゃあ新幹線で2時間腰据えて読めるかというと落ち着かず、地下鉄などのほうが読めるんです。まあまあの本はそのまま目的地に行って用事を済ませ、帰りの電車の中で読みますが、面白い本であれば目的地に行く前に公園で読んだりもします、時間がある場合は。

――そんな風に一気に読んだのは、最近では何でしょう。

町田 : やめられなくなったのはバルザックの『ラブイユーズ』。ストーリーの力で引っ張っていくということもあるし、訳が分からなくてやめられなくなった、ということもあります。青木淳悟さんの『四十日と四十夜のメルヘン』も、訳の分からない話なんですけれど、先が気になって、ずっと読んでいましたね。

――あと、幼い頃から、一冊を何度も繰り返して読まれているようですが…。

町田 : 1回読んで、再度読むと、また違ったりするんですよね。二人のギタリストが同じフレーズを弾いたとき、それは同じものとは言えない。いろんな絶妙な間とかちょっとしたタイミングの外し方、音色など、人間というのはいろんなことをやっていて、それは人それぞれ異なっている。小説の作者もいろんなことをやっていると思うんです。それを読みとると面白い読書になるんでしょうね。小説を分析的に読むのもいいけれど、そうした、それぞれがやっていることを読みとるのが面白い。だから、“読めたな”と思うのは怖いことですね。分かってしまった、と思うのはつまらない。分からない方がいいですね。なんだろう、と思って読むほうがいい。だから、何度も読むのかもしれません。

――最近は、本はどうやって選んでいるのですか。

町田 : 現物を見て、面白そうだなと思ったら読みます。ノンフィクションなどは、書評で面白そうだなと思ったものをチェックしています。最近チェックしたのは、『幕末単身赴任下級武士の食日記』とか(笑)。バカバカしい事件ばかり集めた『大江戸曲者列伝』も買おうと思っていました。あと、『風水講義』『数寄の革命』『言行録』『樺太人』などです。

――小説では、好きな作家さんとかはいらっしゃいますか。

町田 : 中原昌也の小説は好きですね。あと笙野頼子さんの『だいにっほん、おんたこめいわく史』がよかった。文章でいろいろやっているのが好きなんです。それと、中島らもさんは残念でした。もっと読みたかった。

――最近読んだ中で、おすすめの作品はありますか。

町田 : 石牟礼道子さんは、水俣病を書いた『苦海浄土』が一番有名ですが、最近『あやとりの記』を読んで、これが非常によかった。村の話で、子供が主人公なんですが、出てくるのがアウトサイダーばかりなんです。そして、生命の不思議や人間と自然の関係など、いろんなことが書かれている。山の精霊や、そういうものとの交通のあり方も、きっちりと、リアルな、よく理解できる感覚で書かれている。ファンタジーとしてでなく、実感的なものとして書かれてあり、人の死も、生ということも深く書いてあって、感動しました。

【 谷崎賞受賞作・『告白』 】

告白
『告白』
町田 康(著)
中央公論新社
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――『告白』は、1行目から引き込まれてどっぷりと世界に浸かって一気に読みました。河内音頭のスタンダードナンバー「河内十人斬り」がモデルになっていますよね。河内音頭が好きだった、ということですが、いつかは書きたい、という気持ちがあったのですか。

町田 : ありました。河内音頭を書きたい、と同時に、大阪弁が出てくるものを書きたいと思っていました。「十人斬り」は子供の頃から音楽としてなんとなく耳にしていて、中学生くらいから好きだなと思って意識的に聴いていたんです。聴いていると自分の中に何か残るものがあって、それを小説なりなんなり、形にしたい、というのがありました。

――主人公の熊太郎は思弁的な人間で、自分の心情をうまく言葉にできないと感じている人物。その彼が最後の最後で、思っていることを言葉にしようとする。そこにタイトル『告白』の意味があるのかと…。

町田 : 彼が最後に本当にどんな言葉を出すのか、それを書けるかどうかにかかっていました。彼はいろんなことを思い、言おうとする。でも本当に自分が思っていることは何かということを、告白できるかどうか。それを告白するときは、死ぬときなんだ、と。

――最後に彼が何を言うかは、町田さんご自身、最後まで分からなかった。

町田 : 分からなかったです。それが出てくれば、小説はかけたことになるんじゃないかと思っていました。作者としても、彼をそこまで追い詰めていくのは辛かったですね。最後は辛くて、3行書くごとにそのへんにある本を手にして読んでいました。三島由紀夫の伝記など、分厚い本を手にしていました(笑)。

――町田さんの作品は、人間の滑稽な部分はとことん滑稽に、情けない部分はとことん情けなく書かれている印象があります。でもだからこそ、登場人物たちが憎めなくもなってくる。

町田 : 格好つけるのが嫌いなんです。格好つけている奴がいると、嘘つけ、と言いたくなる。実際上はそうじゃないだろう、と。別に面白く書こうとしなくても、事実を書こうとすれば、人間はやっぱり滑稽だったり可哀想だったりするんじゃないでしょうか。

――印象深いのは、キーパーソンでもある人物の、葛木ドール、モヘアといったネーミング。それらもツボなんですが、どのように発想されたのでしょう。

町田 : あまりヘンな名前でも難しいですよね。雰囲気と全然違っていたら、読んでいるほうも違和感を抱いて、物語に入っていけなくなる。でも普通の何でもない名前だとそのまま忘れられてしまう。その世界にとって、その人がその名前である、というものがあると思うんです。まあ、瞬間的に思い浮かぶかどうかですね。直感です。ダメなときもあります。そういうときは後から全部、名前を変換して直します。

――お書きになる際は、プロットを緻密に組み立てるのですか、それとも流れに身を任せるところも多いのですか。

町田 : 長編の場合はある程度枠組みを作って、到達するところもだいたいは外れないように、と考えています。ただ長編の場合は、いくつも道筋があって、わりと険しい道を行くか、素直に真っ直ぐ行くかで分かれてくると思うんです。真っ直ぐに、いろんな人がすでに通った道を行けば、早く確実に安全に着くし、途中で道の駅とかがあったりするのだけれど(笑)、そんなことをやっても面白くもなんともない。誰も通っていない険しい道を行き山の中に入っていくと、道無き道を行かなくてはなりませんが、そのかわりカモシカに出くわしたりする。真っ暗な道で雪崩に押し流されて行けなくなって終わりそうになって、でも行くとやっぱり面白かった…というようなことだと思います。

――『告白』は、かなり険しい道だったのですか。

町田 : ここに行くとその先道はないだろうな、と思っていたらあったりしましたね。

――さて、今後の刊行予定を教えてください。

町田 : 小説はいま書いているところなので、刊行は先になりそうです。3月にいしいしんじさんとの対談の第二弾『人生を歩け!』が、5月には『テースト・オブ・苦虫』の第二弾が出ます。その後もいろいろ出す予定です。

人生を歩け!
『人生を歩け!』
町田 康 (著), いしい しんじ (著)
毎日新聞社
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テースト・オブ・苦虫〈2〉
『テースト・オブ・苦虫〈2〉』
町田 康 (著)
中央公論新社
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(2006年2月24日更新)

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