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第45回:鹿島 茂さん (かしま・しげる)

鹿島 茂さん 写真

新作エッセイ集『モモレンジャー@秋葉原』でも、メイドカフェから独裁者のイコンまで森羅万象を縦横無尽に分析し、なるほどとうなってしまう膝ポンな仮説を示してくれる。本職は女子大でフランス文学を教える大学教授だが、いったいこの人の頭の中はどうなっているのか?
その莫大な蔵書はどう整理されているのか? 一体どんなキッカケで読書狂になったのか? 読書道を神保町の事務所で聞いてみた。

(プロフィール)
1949年、神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。フランス社会、文学を研究。現在、共立女子大学の教授として教鞭をとりつつ、19世紀のフランス風俗を描くエッセイや小説、書評、翻訳などの執筆活動を行う。古書のコレクターとしても有名。『馬車が買いたい!』で第13回サントリー学芸賞を受賞。『子供より古書が大事と思いたい』で第12回講談社エッセイ賞を受賞。近著に『モモレンジャー@秋葉原』。講談社から往年の日本映画の脇役をテーマにした本を出版予定。


【 もう整理できる状態を超えちゃった 】

――去年、神保町に事務所を開かれた。

鹿島茂(以下鹿島) : そう。横浜の家があるんだけど本が増えすぎてもう整理できる段階を超えちゃったのね。とうとう完全に。アナーキーな状況になって住むところがなくなっちゃったわけ。そこで、職場に近い神保町周辺で物件を見ていたら結構安くてね。

『鹿島さん 仕事場』 画像

――でも、この事務所も本だらけじゃないですか。引越し大変だったでしょう。

鹿島 : エレベーターがないでしょ。300箱くらいの本を運び込んだけれど、引越し屋さんが最初二人でやってきたわけ。多分、無理だろうなと思っていたら、やっぱりダメで最終的に応援が七人やってきて十人がかりの仕事で夜の十時までかかった。

――どの本がどこにおいてあるか分かるんですか?

鹿島 : まあ、大体、分かるんだけれども、うーん、確かに分からなくなることもある(笑)。だから、以前は写真を撮っておいたね。本棚の写真を撮っておくの。アルバムに貼っておくわけだ。アルバムを見れば本を探せるわけ。今なら、デジカメでやるのがいいんだけれどね。

――この事務所でも写真を?

鹿島 : ここはね、周りは全部本棚で囲んじゃったけど、まだ大丈夫なレベルだから、写真は撮ってない。理想はね、一望千里。自分の机を真ん中に置いて、周囲を本棚で囲む。椅子を回すと全部が見える状態がいい。

――世界の中心に自分がいる状態ですね。でも、どうしてもお目当ての本が見つからないことってあるんじゃないですか?

鹿島茂さん 写真

鹿島 : 全然見つからなくて同じ本を何冊も買っちゃうことはしょっちゅうだよ。見つからない時は本当に見つからない。だから、よく使う本とかは、3,4冊買っておくといいね。いろんなところに置いておく。でもね、数冊あっても全部見つからなくなることがあるから不思議なんだよ。爪切りと同じだね。姿隠しちゃうんだね。そういう時は、昔は何時間もかけて探すしかなかったんだけど、ここに引っ越してきてからは、すぐに買いに行けるのがいい。見つからないと、さっと東京堂に買いにいくわけ。でもね、時々、東京堂にもないことがあるの。そうなると今度はどこ探してもない。ナイナイスパイラルに陥るわけ。スタンダールの『赤と黒』の文庫はあるんだけど、著者の写真が必要になった。文学全集には若いときの顔が載ってるわけ、でも、文学全集が見つからない。

――え〜、どこにでもありそうですが?

鹿島 : それがね、そういうときに限って姿を消すわけ。あれは不思議な現象だよね。

――でも、神保町は街全体が書庫状態ですから便利ですよね。

鹿島 : そう、本屋のオヤジより書棚を知ってるよ。でもね、永遠にそこにあるようでも必ずいつかは売れるんだよね。当たり前だけど。 東京堂の書棚なんてほとんど頭にはいってる。自分の書棚と違ってプロが整理しているから覚えやすいし、ちゃんと補充してくれるでしょ(笑)。

【 小学生で雑誌王に! 】

――いつから読書癖がついたのですか?

鹿島 : あのね、じつは小学校のころ、家には一冊も本がなかったんだよ。見事に一冊も。童話とか伝記もないの。でも、伝記で感想文を書けっていう課題が出たから、「航空情報」って雑誌に載ってるロケット王・フォンブラウンの話の感想を書いて提出したらこんなの伝記じゃないって怒られたことがある。小学校五年生の時かな。

――マニアックな雑誌ですね。

鹿島 : 「航空情報」は叔父さんが持ってたんだよ。そのころは雑誌は立ち読みに行っていた。

――立ち読みですか?

『100万人のよる』 書影画像

『笑の泉』 書影画像

鹿島 : そう、家の隣がね、書店というか雑誌屋さんなわけ。本はなくて、全部雑誌なの。テレビもなかったから、昔の小学生は暇でしょ。だからそこにある雑誌を全部読んだ。漫画は当然でし蛛Bお次はスポーツ系の「ベースボール・マガジン」「リング」「ボクシング」、それから映画系。「スクリーン」、「映画の友」。次に芸能系「平凡」や「明星」。

――小学生のころからアイドル情報に詳しかった。

鹿島 : そう、詳しいよ。僕は芸能人のスキャンダルとか物書き業界では日本で一番詳しい!吉永小百合と渡哲也は何回報道されたとかね、結構詳しいんだよ。芸能情報のあとは、「主婦の友」、「主婦と生活」この身の上相談というのがなかなかエロで好きだった。後は本物のエロ本だね。「百万人のよる」とか「笑の泉」「実話と秘録」とか、もう全ジャンルの雑誌を読んだね。毎日通うわけ。

――小学生でエロ本ですか?

鹿島 : スケベに目覚めるのが早かったからね。小学生の友達をね、その雑誌屋にご招待してね、一緒に読ませてあげるわけ。

――どうやって立ち読みしたんですか、エロ本を?

鹿島 : まあね、こうやって、漫画にはさんでね(笑)。友達にも挟み方とか教えてやる。しかし、「百万人のよる」や「笑の泉」はレベル高いよ。最近、古書で手に入れたんだけど、エッセイとか一流のメンバーが書いている。こういう文章を日々読んでたわけ。僕の文章力はそれで鍛えられてるのよ。

【 文学全集がコレクター癖のはじまりだった 】

――一般の書店にはいつごろから行くようになったんですか?

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鹿島 : 中学は私立の栄光学園を落ちて公立の中学校に行ったんだけど、そこでは立ち読み少年改め激しいガリ勉になったんだ。で、また感想文書いて来いって言われて、うちの町には本屋がなかったから京浜急行に乗って隣町の杉田というところの本屋にいったんだよ。そしたら、そこの本屋が商売上手なのか、「今度、文学全集が始まるから、それを読みなさい」ってね。筑摩文学全集、全69巻。これを購読することになった。それがはじめての本屋体験なんだね。

――えっ、いきなり全巻購読ですか?

鹿島 : そう。第一巻は芥川龍之介だったと思うよ。初めてだから面白くもなくて全部読む、当時はガリ勉モードだったからとにかく読むわけだよ。それで、『河童』かな、感想文を書いて、コンクールで横浜市3位になった。まあ、小学生のころ「百万人の夜」で文章力を鍛えてたから。

――その後も読み続けたんですか?

鹿島 : 全69巻だから、中学一年の時から5年くらいかけて全部読んだね。谷崎潤一郎の『痴人の愛』とかよかったね。毎日、ガリ勉終ると、夜寝ながらね、文学全集を片っ端から全部読んだわけ。立ち読みで速読も鍛えてたから、とにかく早く読む。僕はね、読むのは早いよ、たまに電車の中で隣の人が漫画読んでいるのを覗き込むといらいらするんだよ、遅くてね。「早く次のページ」と声をかけたくなる。

――高校生になっても続けた?

鹿島 : 湘南高校に入ったんだけど、授業を受けるのが嫌で、図書館にエスケープしてそこで読書していた。家には日本の文学全集があったけど、図書館では外国モノを読もうと思ってね、図書館の中庭のベンチに寝っころがって、猫に餌をあげながら読んだ。棚の端から端まで。

――図書館でも手当たりしだい読んだんですか?

鹿島 : そう。サルトルの『嘔吐』に独学者が出てくるでしょ。独学者はABC順に本を読んで、ひたすら独学している。ぼくもまあ似たようなもので、棚まるごと読書。人ってなかなか、駄目な作品を読む機会はないじゃないですか。でも、ABC順ってとりあえず、いいものも悪いものも全部読めるっていうメリットがある。まあ、一種のコレクター癖だね。映画も中学のころから凝り始めたんだけど、僕は同じ映画は二度と見ないでどんどん本数を増やす主義。それと同じだね。文学全集のリストを次々消していく快感。今は、締め切りを消していくのが快感だけど。

――一度読んだ本は全部記録しておくんですか?

鹿島 : 映画はリストにしているよ。本も書いていたんだけど。

――それを書く時、たまらないわけですね。

鹿島 : そう、たまらない。でも、今はさすがに間に合わない。読み終わったらすぐに原稿書かなきゃいけないし。

【 神保町、党派機関紙、映画、そして読書党へ 】

鹿島茂さん 写真

――そして、東大に進まれる。

鹿島 : 雑誌読んで、家では日本の文学全集、図書館で洋物、週末は映画とジャズにはまってよく東大に入れたと思うよ。

――神保町と出会ったのは大学時代

鹿島 : そう、大学にはいった年に学生運動が激しくなって、ストライキが長引いてね、アテネフランセでフランス語をやり始めて、神保町に出入りするようになった。毎日、授業が終わるとぶらぶらしていた。芳賀書店の前あたりに新聞・雑誌の専門店があってそこで古い雑誌のバックナンバーを集め始めたのが古本屋デビュー。古本じゃないだよね。最初は雑誌。それから、僕の貴重なコレクションは学生運動の各党派の機関紙。

――党派機関紙?

鹿島 : そう。これはかなり貴重なコレクション。69年くらいから左派セクトがどんどん分裂していくでしょ。細胞のように。そのたびに機関紙がでるわけ。その機関紙を創刊準備号から買っていくわけ。大体、半年ぐらいで終わっちゃうんだけどね。

――中には、創刊準備だけのものもあったり。

鹿島 : そう、あるある。あの手のやつは色調がはっきりしていて、ロゴも面白い。風邪ひいて一号分、買い損ねちゃうとどうしても、全部揃えたくなる。しかし、後からほしいですなんて行ったらオルグされちゃうかもしれない。さもなきゃ警察のスパイとまちがえられる。でもどうしても欲しいなんてジレンマに陥った。

――ここでもコレクター癖が発揮されたんですね。当時、左翼の機関紙を読むって普通のスタイルだったんですか?

鹿島 : そうだね。さすがにコレクターしているやつはいないけど。左翼学生ではごく普通だったよ。
でも、その当時は本より映画に夢中だったな。ストライキで、やることないから映画に行って。大体400本から500本くらいみたな。それも、ビデオとかない時代だから全部、映画館。

――それは洋画ですか?

鹿島 : いや、洋画、邦画を含めて、全ジャンル。ロマンポルノもあれば、日活と東映のやくざ映画まで。やくざ映画はかなりの本数見てるね。75年くらいまではありとあらゆる映画を見ていたなあ。

――どこから映画狂から読書党になっていくんですか?

鹿島 : 僕は東大で蓮実重彦さんの最初の弟子だったの。意外に思うかもしれないけど、修士論文は蓮実さんに見ていただいたんだよ。で、「エピステーメ」なんて雑誌でなんだかわけの分からない映画理論とかを蓮実さんに頼まれて翻訳したこともある。75、6年かな。81年に白水社からでた『映画と精神分析』っていう本が自分の最初の翻訳本。多分今、稀覯本ですよ。2000部刷って、1500部配本とか。タイトルはカッコいいんだけど、難しいのよ。それをやっているうちに映画がやんなっちゃって。俺、こういうの向いてないかも。いや、絶対に向いてないと思って。あんまり難しかったんで、翻訳している間に胃を壊しちゃって、僕は「翻訳性胃炎」と名づけたんだけどね。で、止めました。本に方向転換です。

【 一度地獄を見ないと 】

鹿島茂さん 写真

――そして、ついにフランスの本にはまっていくんですね。

鹿島 : でも、最初のうちは自分が古本が好きかどうかわからない。ルイ・シュヴァリエの『歓楽と犯罪のモンマルトル』(文藝春秋)、の翻訳を始めたとき、ぼくは、完璧主義者的なところがあるんで本に出てくる、当時のカフェやキャバレーの場所とかを知りたくなって、パリ関係の本を集め始めたのが、古本に入っていく・・・。きっかけ。そう、世間一般のイメージよりも遅いんだよね。意外と、古本にはまるのは。

――何にはまったんですか?

鹿島 : まずね、第一の驚きはね、19世紀の本が買えるということ。それが驚きだった。5万円くらい出せばバルザックの初出本が買える!で、当時、給料が15万円とかなんだけど、15万の本とか買っちゃうんだよ。こりゃあ、どうしようもない。

――それからズルズルと。

鹿島 : ズルズルとね。何事にも徹底しているところがあるから古本の前に新刊を買っておこうと。日本の洋書屋でもらった、著者別、タイトル別、テーマ別の「LIVRES DISPONIBLES」(また新刊在庫目録だね)を熟読して、を片っ端から買ってくわけ。すごいよ、19世紀の本が新刊で届くんだよ。

――え、新刊が?

鹿島 : まだ、在庫があるんだよ。それで、だいぶ買ったよ。端から端まで主義者だから、面白いのを片っ端から。とりあえず、昔の本だから安いんだ。とにかく19世紀の本が新刊本として届くのが面白かった。

――そしてパリにいってしまう。

パリのエッフェル塔 模型です。

鹿島 : 84年から一年間パリに行ってね。これはもうねえ、徹底的に古本屋を歩こうって決めてた。しらみつぶし。子供を日本人学校に連れて行ってから行動開始。9時でしょ。カフェに行ってどこの古本屋に行くか決めるんだけど、これがむずかしい。開いている時間と開いてない時間があって、朝から夜まで順番を考える。これで、パリの地理は全部覚えちゃったね。本屋もアル中みたいなばあさんとかがやっているようなヤル気のない所もあった。でもそういうばあさんがすごい本を持っていたりして。あれ、感動的だったな。

――相当な冊数を持って帰ってきた。

鹿島 : そのときは、そんなに買ってない。買ったのは、だいたい一千万円くらい。

――一千万って買ってますよ!!

鹿島 : 日本に送るのはサックポスタルっていう南京袋に25キロまで本を入れられるわけ。勿論、船便でね。郵便局員がその送り方を知らなくて、いちいち説明したり大変なんだよ。

――じゃあ、そのころから家はこんな状態に・・。

鹿島 : そうね。いやその前から大変にはなってた。小さいマンションだったから、廊下はカニ歩き。帰ってきてからが大変だよ。カタログが毎日届くわけ。フランスから。それを読む時間がすごいんだよ。カタログばっかり読んでて、書く気がしない。金がなくても当時はバブルだから金を貸してくれるんだよね。こっちはいい気になって本を買うために借りてさ。並大抵の額じゃない。恥ずかしくていえない金額。

――すごい。

鹿島 : それで、しようがないから書く気になったわけ。でも、また書いちゃうと今度はまた本が増えていくから悪循環だね。本を買うことに比べたら、本を書く快楽は100分の一くらい。買うこと、あんな快楽はないね。俺は億万長者になったら絶対に書かないと思うよ。

――いやあ、勉強になりました。本を読むならそこまでしないと。

鹿島 : そう、一度地獄を見ないとだめだね。命懸けないと(笑)。

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撮影 : 大川英恵 (2005年7月29日更新)

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