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第42回:垣根 涼介さん(かきねりょうすけ )

垣根 涼介さん

04年には『ワイルド・ソウル』で三冠を達成、今最も注目を浴びるエンタテインメントの旗手、垣根涼介さん。が、最新刊ではテイストを変えて、犯罪の匂いのない、リストラをテーマにしたユーモアたっぷりの小説を上梓。とはいえ、根底にある、書こうとしているものは、どの作品も同じのよう。彼が小説に求めるものは、その読書道をうかがうなかでも、垣間見えてきます。

(プロフィール)
1966年長崎県諫早市生れ。筑波大学卒業。仕事と執筆の二重生活で書き上げた作品を投稿して、2000年『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞。04年『ワイルド・ソウル』で、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞と、史上初の3冠受賞に輝く。著書に『ヒートアイランド』『ギャングスター・レッスン』『サウダージ』『クレイジーヘブン』がある。

【本のお話、はじまりはじまり】

――垣根さんは長崎のご出身ですよね。

垣根 涼介(以下垣根) : はい。すごく田舎の子供でした。子供の頃、隣りの家ではまだ牛を飼っていましたし。畑なんかもあって、お腹がすいたら黙って西瓜を持ってきて親に怒られていましたね(笑)。

――読書は…。

月と六ペンス
『月と六ペンス』
モーム (著)
岩波書店
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垣根 : 絵本や少年探偵団モノなんかは読みましたけれど、特別本を読む子供ではなかったんです。ただ、小6か中1の時に、ちょっと読み始めました。親の書棚から借りたりして。1番最初に衝撃を受けたのは『月と六ペンス』。お袋の本だったんです。実のお袋は死んじゃってもういなかったので、なんとなく、何を読んでいたんだろうと興味を持ったんですよね。内容も知らずに手にとって、最初のうちの章は難解でとばしたのですが、途中から面白くなって。子供ながらに、何か感じるものがあった。でも、何を感じているのかは分からなくて。確か読書感想文を書くために読んだのですが、難しくて書けなくて、他の本にしたと思います。

――その後読み返したりしました?

垣根 : 5回くらい読み返したと思います。高校、大学、社会人…。節目節目で読みましたね。最初は訳が分からなかった。2回目に読んだ時は確か、女の人ってこんなくだらない男のほうが好きなのかって考えてた気がする(笑)。彼はなんでこんなことやっているんだろう、人生って分んねえよな、とか。ある程度成長して、世の中や人間に対する理解力が高まらないと見えてこない状況ってあると思う。だから、成長の度合いによって、読むたびに新しい発見があったんですよね。

――今でも読みます?

垣根 : ここ5年くらいは読んでいません。考えてみると、作家になってから読んでいませんね。ただ、一番最後に読んだ時に思ったのは、ああ、彼は幸せだったんだなってこと。この人は、いい絵を描くために、リアルな世界での人間的な良心や道徳心、魂を売り渡しちゃっていて、世間一般的にはひどい人間だったかもしれないけれど、彼自身は幸せだったんだな、と。高校生くらいで読んだ時は、彼のことを不幸な人間だと思っていましたが。

――彼は幸せだったんだという結論が出たから、もう読まなくなったのかもしれませんね。

垣根 : そうですね。ずっと分からない部分があったからこそ、何度も読み返していたのかもしれません。

垣根 涼介さん

――その後の読書道はどうですか?

垣根 : 中高生の頃は年間10冊くらいのペースでした。

――ほかに部活とか、夢中になっているものがあったりとか?

垣根 : いや、部活はせずに、友達と田舎のアーケードの喫茶店で時間つぶして、友達の家にいってそこのかあちゃんが飯を出してくれるので食べて、テレビ見て、時折誰かが買ってきたエッチな本を見て(笑)、9時くらいに家にかえるという生活でした。部活は、中学が卓球部、高校が合気道部に入ったんですが、どちらもすぐに辞めたんです。スポーツは好きなんですが、先輩だ後輩だ、というのにうんざりして。訳の分からない根性論は嫌い。辛い中に喜びを見出そうとするマゾ的な考えって格好悪いと思う。新入部員は球拾いをしなくちゃいけないなんて、おかしいじゃん、と思ってました。

君たちに明日はない
『君たちに明日はない』
垣根涼介 (著)
新潮社
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――大学に入ってからは?

垣根 : 単車に夢中でした。学生って1年のうち3〜4か月は休みですけれど、その間はずっとテント道具背負ってツーリングしてました。学校がある時期は、ツーリングのための費用を稼ぐためにバイトをしていましたし。本は読まなかったですね。

――新作のリストラ専門会社に勤める青年が主人公の『君たちに明日はない』に出てくる女の子は、その時に出会った子がモデルだとか…。

垣根 : 桂浜で自動車会社の子に出会って、可愛いなと思って声をかけたら、コンパニオンなのに正社員だって言うんです。で、話を聞いたら、もともと水泳の選手として入社したという話で…。それをヒントにしました。で、その子が司馬遼太郎を読んでいるというので『国盗り物語』を読んだんです。面白かったですね。その子のことが好きだったから読んだだけなんですけれど(笑)。でも、また日々の忙しさにかまけて本は読まなくなりました。

【読書を自分に課した時期】

――社会人になってからはどうですか。

垣根 : きちんとした読書生活が始まるのは、社会人になってからなんです。某情報出版社に入社して、広告を作る仕事になったんですね。最初1か月くらい研修してすぐディレクターになって、訳が分からないままデザイナーやカメラマンやモデルをやとって広告を作るわけですが、なめられているのを感じるんです。スタッフたちは僕に頭を下げているのでなく、その会社の看板に頭を下げている。僕自身は軽んじられているわけです。となると、もう自分が船頭にはなれず、後からよろよろついていくしかない。結果、統一感のない広告が出来上がって上司に叱られる。もう、くやしいんですよ。でも何をすればいいのか分からない。デザインのことも写真のことも分からない、でもせめてひとつくらい自分が威張れるものを作りたい。そう思った時、文字だな、と思って。それで、1日1冊読むことを自分に課したんです。勝手なイメージで、エンタメよりも純文学のほうが文章の精度が高いという思い込みがあったので、丸山健二や村上春樹、池澤夏樹なんかを一生懸命読んで。2年間で700冊読みました。

――1日1冊を続けていくのは結構キツかったのでは。

垣根 : キツかった。でも電車の行き返りの2時間と、夜寝る前の1時間を読書にあてれば、1冊は読めました。あとは休日にかため読みですよね。だから土日もほとんど遊ばなかったです。まあ、何回かは合コンにも行きましたけれど(笑)。当時寮に入っていたんですが、土日はすごく寂しかったですね。みんなどこかに遊びに行っていて、ガランとしてしまって。好きな単車にも乗らず、シンとした中で本を読んでいました。でも、給料もらっているからしょうがない。給料分働けと言われているとむかつくでしょう? 頑張らなくちゃって。

――本はどうやって選んでいたんですか?

垣根 : 土日に本屋に行ってまとめ買いしていました。それまで本を読んでいなかったから、どこの本屋に行っても知らない本ばかりで。『スティル・ライフ』って何?『ノルウェイの森』って何? って感じでした。

――その頃で印象に残っているのは?

スティル・ライフ
『スティル・ライフ』
池澤 夏樹 (著)
中央公論新社
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イリュージョン
『イリュージョン』
リチャード・バック (著)
集英社
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垣根 : 今も挙げた池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』、リチャード・バックの『イリュージョン』、丸山健二さんの『さらば、山のカモメよ』なんかは面白かった。その頃になると、文章の精度を見るようになってましたね。正直、つまらなくて金返せ、と言いたくなる本もいっぱいありました。それで、純文学ばかり読んでいてもしょうがないと思って、ミステリーも読み始めました。リチャード・ジェサップの『摩天楼の身代金』や、テリー・ホワイトの『真夜中の相棒』なんかを読みましたね。なんとなくひかれるタイトルで選んで、気に入ったらその作家の本を読む、という感じでした。あ、そういえばアレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキンの『スペードの女王』なんかも題名が気に入って読みました。

――ハマった作家さんは?

垣根 : 司馬遼太郎、モーム、テリー・ホワイト、村上春樹、山田詠美、丸山健二…。丸山さんなんてデビュー作を読んで、この枯れた感じを22、3歳で書いたのかとびっくりしました。

【某情報出版社を辞めてから】

悪党パーカー/電子の要塞
『悪党パーカー/電子の要塞』
リチャード・スターク (著)
早川書房
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戦争の犬たち (上・下)
『戦争の犬たち (上・下)』
リチャード・スターク (著)
角川書店
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――義務感から始めた読書に、いつのまにかハマっていた感じですね。

垣根 : そうなんです。文章のテンポなんかを知るために読んでいたのが、いつのまにか夢中になっていて。その後会社は辞めて一年間プータローをしていたんですが、その頃も週に2冊くらいは読んでいましたね。その頃ハマっていたのは、リチャード・スタークの『悪党パーカー』シリーズ

――当時、警察小説なんかも流行っていたのでは?

垣根 : 僕、警察ものは苦手なんです。犯罪モノが好き。基本的に警察って体制側でしょう。読んでいておしつけがましく感じることがあるんです。主人公は犯人を追う立場にあって、彼自身のポジションは安泰で、自分の立ち位置を疑問に感じることがあまりない。少なくとも自分の存在を社会から否定されはしない。そこがお気楽だなと思って。結局、高みから見ているだけでしょう。僕は、主人公の内面の自意識なり葛藤なり変化なりというものが、文字で見せられる最大のものだって思う。だから、自分の立ち位置を疑わないような主人公の内面は読みたくない。自分の存在の疑問を感じないタイプは。だから、苦手になっちゃったんです。

――内面の価値観やものの見方の変化が描かれているものが読みたい、と。

垣根 : その人が見ている自意識のフレームがゆらぐ瞬間が読みたい。例えば大学受験で、合格発表を見に行くまでの道のりと、発表を見て合格したことを知った後の帰り道では、同じ道でも世界がまったく違って見えると思うんです。僕自身も、そこを描きたい。だからこれまでいつも、犯罪や冒険小説で主人公をギチギチの状態に追い込んできたんです。

――会社を辞めた頃から、小説を書くことは意識していたんですか?

垣根 : うっすらと書ければとは思っていました。でも実際は、ほとんど単車転がしてプール行って、毎日ブラブラしていました。で、そんな生活が一年つづいてお金がなくなって、また就職したんです。でも2回目の会社は入ってすぐに嫌になって、3か月で辞表を出しました。その後、旅行会社に入ったのですが、そこは気に入って、7年半いました。

――その頃も、本は読んでいたんですか?

垣根 : もうクセになっていましたからね。ただ、会社の人間は、例えば当時も今も一番有名な宮部みゆきさんの名前を出しても「え、その人って女優?」みたいな感じでしたから(笑)、特に自分が本を読むことも言いませんでした。その頃で印象に残っているのはフレデリック・フォーサイスの『戦争の犬たち』。なぜ人は戦争を起こすのかという話があって、そのフレーズがすごく気に入ったんです。大義のためにやるんじゃない、みんなお金のためにやるんだよ、って。アメリカがベトナム戦争をするのも、ウォール街の株価のためなんだよ、と。ああ、それって本当だな、と思いました。それが、作者があの作品の中で一番書きたかったことなんだろうと思った。その言葉を日本や、世界中のいろんな戦争に置き換えても、同じことが言えますよね。

――エンターテインメントであっても、社会批判など主張が込められているものが心に響く…。

垣根 涼介さん

垣根 : 社会批判でなくても、その作者がいいたいことがある作品が好きです。彼がその作品を書くに値すると思って書いている作品が。そういうのって必然的に熱がこもる。ただ文字面を埋めるために書いているものなんて魅力がない。 『スティル・ライフ』なんて1行目からビリビリきてる。「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。」なんて。熱がある。文字面、行間から放熱しているという感じが好き。それは冷たい熱でもいいんですけれど。いいたいことがある人っていうのはそうした熱が出るし、それが気に入ろうが入るまいが、いいたいことのある人の作品に引き込まれる。その、いいたいことに対するバイアスのかけ方を読むのが、僕にとって小説を読むことの意味ですね。彼の目には今、世界はこう映っているんだ、と現実世界の新しい切り取り方を感じることができる。それが本を読む楽しみです。そうした熱っていうのは、エンターテインメントにもあって、例えば『不夜城』なんて、1回目読んだ時はびっくりしましたね。狂ったような熱を放っていた。主人公の目に映る世界は、凄まじい怒りをはらんでいて。そのバイアスのかけ方にたまげました。

【小説を書き始めたきっかけ】

垣根 涼介さん

――そうした作品に触れるうち、ご自身でも書こうと思うように?

垣根 : どこかで書ければ、とは思っていたけれど、直接の原因は違うんです。バブル期だった28歳の時にゆとりローンでマンションを買ったんですが、その後不景気になり、給料も減って。しかも転勤になってしまい、自宅は人に貸したんですが、ローンの支払いと家賃の支払いで赤字になってしまって。しかも、5年後には月々の返済額がガンと上がる予定なのに、労組からは3年後の給料はさらに下がる、という数字が伝わってくる。もう、明らかに3年後には破産なんです。ギャンブルをするでもない、女遊びをするでもない、真面目に働いているのに、破産。理不尽だ、と怒りにかられましたね。で、それまで専業主婦だった妻も働きに出始めたりして、これはヤバイ、仕事以外で何か金を儲けなければ、と思って、小説を書きはじめました。朝8時半から夜10時まで会社にいて、帰宅した12時すぎから2時3時まで書く、という生活が2年続きました。

――作家になれるという確信はあったのですか?

垣根 : 確信はないですよ。でも、ならなくちゃいけなかった。ウジウジ悩んでいる時間があるなら、その時間で、とにかく努力をしたほうがいい。そう思っていました。

――確か、書き上げた作品を、応募前に3人の人に読んでもらったとか。

午前三時のルースター
『午前三時のルースター』
垣根涼介 (著)
文藝春秋
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垣根 : そうなんです。応募することが目的じゃなくて、応募して、賞をとって、お金をもらうことが目的ですから。当然、成功の確率をあげなくちゃいけない。書き上げた作品も、自分がいいと思っても、他の人が読んだら違うかもしれない。ならば応募する前に人に読んでもらうのが一番。読んだ感想を聞いて赤を入れ、また同じ3人に読んでもらいました。2回目で、3人が3人とも「ま、今度はいいんじゃない」というので応募することに。

――そして応募した『午前三時のルースター』で見事、サントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞。

垣根 : お金をもらいました(笑)。

――その後、お勤めはどうされたんですか。

垣根 : 辞めました。このまま給料が減り続ける職場にいるよりも、1発目でここまで来れたんだから、方法論と目的さえ間違わなければ、努力次第でもっと上にいける、と思ったんです。

――それからは順調ですね。ただ、2作目の『ヒートアイランド』と3作目の『ワイルド・ソウル』の間は2年あいていますよね。金銭的にはどうだったんでしょう…。

垣根 : 火急のローンは支払っていて、あと2年は暮らしていけるお金はあったんです。とにかく3作目までは、一作ごとに明らかにステージを上がるような感じでレベルアップしていかなければいけないと思っていたんですが、『ヒートアイランド』の次に書いた作品が、少しはレベルアップしたものの、その上がりかたが納得いくものではなかった。それで、自分で没にしたんです。この仕事をやっていくには、そこまで追求していかないと、と思って。

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『ヒートアイランド』
垣根涼介 (著)
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『ワイルド・ソウル』
垣根涼介 (著)
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【作家になってからの読書道】

――それからの読書生活はどんなものだったのでしょう。

垣根 : 結構いろんな本を読みました。でも、明らかに読み方は以前とは変わりましたね。この作者はどういうつもりで書いているのだろう、ということを探りながら読むようになりました。

ラブストーリーを読む老人
『ラブストーリーを読む老人』
リチャード・スターク (著)
新潮社
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――印象に残っているのは。

垣根 : チリのルイス・セプルベダ。『ラブ・ストーリーを読む老人』を読んで衝撃を受けましたね。ほかに『パタゴニア・エキスプレス』や『センチメンタルな殺し屋』、『カモメに飛ぶことを教えた猫』という著作があります。読んで、あ、この人は独自の世界を見ているなと思いましたね。この人じゃないと書けないものを持っている。例えば目の前にカップがあるとして、僕が見ると普通のカップなんだけれども、彼が見るともっと違う形になるんだろうな、という印象を受けました。それが見事にきちんと文章世界にあらわれている。ピノチェト派の軍人に捕まって刑務所にぶち込まれ、生爪をはがされるような拷問を受けたこともあったらしいのですが、それでも自分を変えていない。そこまでして守りたい世界が彼にはあるし、その世界観が作品によく出ていると思います。

――最近読まれたのは?

垣根 : ノンフィクションが多いですね。アロンソ・サラサールの『暴力の子供たち』とか。コロンビアの少年ギャングの話です。

――南米が好きなんですか。

垣根 : 悲惨な生活をしているけれども安易に自己憐憫にひたらず、クールに、そしてある程度気楽に自分たちを客観視している、というのが好きなんです。自己憐憫からは何も生まれない。悲惨な状況の中でも、自分を客観的に見る目を保てているほうが好きですね。

【最新刊について】

――そういう意味では、『君たちに明日はない』も、リストラされてしまう人々が多数出てきますが、ユーモアを交えて書かれていますね。クスクス笑えて、これまでの垣根さんの作品とはまた違ったテイスト。

垣根 : 深刻な話だからこそ、笑える話にしたかった。深刻な話を深刻にするのは嫌。惨めに書くより、自己憐憫にひたるより、みんな元気に笑えたほうがいいと思って。僕はそのほうが好きなんです。まあ、「冬ソナ」でボロボロ泣いたりもする自分もいますけれど(笑)。

垣根 涼介さん

――リストラされるって、ある意味極限状態ですよね。

垣根 : 僕は徹底的な極限状態に追い込まれた時、その人のフレームに世界がどう映るかということ、その人の自意識が変わるところが書きたいんです。こう言うと語弊があるかもしれないけれど、情愛や性交なら、犬でもできる。でも他の動物と人間の違いって、自意識があるかないかだと思うんです。人間は自意識があるから、鎖につながれるのを嫌がる。そして自意識があるから、その人の持つフレームが、ぐしゃっとゆがむ瞬間がある。その瞬間を書きたい。これまでは罪を犯したり国家と対峙したりする人たちを書いてきたけれど、よく考えてみたら、そうした自意識が変化する瞬間って、日常の生活でもあるんですよね。例えば、会社から首を切られる瞬間とか。そう思って、今回の設定にしました。首を切られた側の変化がどういうものか、それと同時に、それに接している首切り担当の面接官の、内面の変化も書きたかった。

――そう、リストラされる人々が主人公なのではなく、首を切る側のリストラ請け負い会社の社員が主人公、というところが面白い。しかもまだ若い、今どきの青年で。

垣根 : 首を切られる側だけじゃ話が平面的になってしまう。切る側、切られる側両方の事情を書いて、はじめて話(仕事に関する諸々のテーマ)が立体的になると思ったんです。

――彼の好みが、年上の女なんですよね。相手となる陽子さんも、気が強くていいキャラクターです。

垣根 : 今の世の中、そうそう聞き分けのいい女なんていないもんです(笑)。よく小説を読んでいると、『今どき、こんな女いねえよ!』って苦笑することが多いですから。『もしいたら、おれが是非お付き合いしたいよ』って。男の手前都合な女性像は書きたくない。多少がさつでも性格がキツくても、もっとリアルな、闊達な人物としての女を描きたかったですね。

――女性からの共感を得そう。これまでの作品は男性読者のほうが多かったと思いますけれど、これは女性読者にもおすすめですね。

垣根 : そうですね、僕の読者は女性が少なかったので…。

――これはぜひ、シリーズ化してほしいですね。

垣根 : 女性読者がつけば、頑張ります(笑)。

(2005年4月更新)

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