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第17回:北村 薫さん (きたむら・かおる)

北村 薫さん

『スキップ』『冬のオペラ』『盤上の敵』の北村薫さんの登場です。最近では『詩歌の待ち伏せ』で短歌や詩への愛をつづられたり、ミステリだけでなくそのフィールドはますます広がっています。もちろん、どのフィールドもベースにあるのは本を読むこと。インタビュー中、高校の先生をしていたときの教え子にラーメンズがいることが判明。本についてのどんな話をしていた先生だったのでしょう?

(プロフィール)
1949(昭和24)年、埼玉県生れ。早稲田大学ではミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、'89(平成元)年「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。'91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。'93年から執筆に専念。作品に『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』(以上5作"円紫さんと私"シリーズ)、『覆面作家は二人いる』のシリーズ、『スキップ』『ターン』『リセット』(以上、時と人の3部作)、『盤上の敵』など。読書家、本格推理ファンとして、評論、アンソロジーにも腕をふるっている。

【本のお話、はじまりはじまり】

トッパンの絵物語 イソップ1
『トッパンの絵物語 イソップ1』
イソップ(作)
川端康成(文)
村上松次郎(絵)
トッパン
三国志物語
『三国志物語』
園城寺健(作)
講談社
『少年少女世界文学全集 ドイツ編(6) 』
ケストナー(作)
講談社
自作のカバー
自作のカバーを掛けたエラリー・クイーンの『シャム双子の謎』と『黙阿彌名作選(三)』

――北村さんと本との出会いはどのような形だったのでしょうか?

北村 : 5,6歳のときだったと思います。兄がおりまして、彼が漫画を読んでいたんですね。それを見て、私も「本が欲しい」と父親に訴えまして。それで買ってもらったことを覚えています。

――その本は何だったのですか?

北村 : これです、『トッパンの絵物語 イソップ1』です。『北風と太陽』や『よくばり犬』が入っています。文は川端康成ですよ。

――それを買ってもらった時は、もう大喜びだったわけですか?

北村 : それがですね、私がイメージしていたのはマンガ本だったんですよ。なのに、絵本だったものですから、ガッカリして泣いてしまいました。親は子供が本を欲しいなんて言い出したら、喜びますよね。それで、マンガよりも絵本にしたのでしょうけど。涙を流している私を見て、母親がイソップを読んでくれました。そしたら面白くて、すぐに泣き止んだそうです。

――北村ワールドの原点は、お母さんに読んでもらったイソップ童話だったのですね。

北村 : それから小学校に入ると、『名作物語文庫』というシリーズがありまして、その中でも印象深いのが『三国志物語』ですね。『三国志』というといろんなバージョンがありますが、私にとってどれがいちばん面白いかというと、これなんですね。子どもの頃に本当に物語の中に入り込んで読んだからでしょうね。ちょうどその頃に図書館に行くようになって、児童文学全集なんかを読みました。学校の図書館には東京創元社版の文学全集があって。しかし、今でも忘れられないのは、ケストナーの『飛ぶ教室』『点子ちゃんとアントン』『エミールとかるわざ師』が入っている講談社版の全集の『ドイツ編(6)』です。今、手もとにあるのは高校時代に手に入れました。それを持っていた友人が本を処分するというので、懐かしさもあってもらったんです。

――今もそのケストナーが、本棚に並んでいるのですね。

北村 : 到底、全部は残してられませんから、そのときそのときに読んだものの一部をとっておくようにしています。その後は、芥川龍之介を読んだり、雑多に読むようになりました。文庫に自分で作ったカバーをしてみたり。

――これですね。『黙阿彌名作選(三)』、こっちはエラリー・クイーンの『シャム双子の謎』。読むだけでなく、装丁にも手を出されていたと。

【ナウシカ』や『北斗の拳』で国語の授業?】

詩歌の待ち伏せ
『詩歌の待ち伏せ(上)』
北村薫(著)
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――たとえば『ミステリは万華鏡』などを読むと、高校時代には古本屋さんをまわってミステリを集めたり。北村さんに小説を書こうと思わせた本を具体的にあげていただくとすると。

北村 : どの本がきっかけなんてことは言えませんね。読んだ本すべてがそうですから。最近の本で言えば、『詩歌の待ち伏せ』にしても、短歌や詩の本を書こうと思って関連する本を読むわけではないですから。これまでに読んできたものが影響し合って出来てゆくのですから。

――母校の高校で国語の先生をされていたときには、学生に本をすすめたりということはあったのでしょうか?

北村 : 強くすすめるということはなかったのですが、本の話はしていたようですね。たとえば、ラーメンズが教え子で、私が授業の最初、「起立、礼、着席」が終わるやいなや、「『ナウシカ』の5巻が出ました」と言ったという話をしてました(笑)。今では、こっちが「ラーメンズ、面白い」っていう側ですが。『ナウシカ』の他にも、『北斗の拳』を例に出して「ひでぶ」とか「あべし」とか、あのマンガでしか聞かない言葉は奇声に聞こえるかもしれないけれど、本当はすべての言葉がそうなのだ、「おはようございます」にしても、そういう言葉だと知って使っているから不思議に感じないけれど、意味も何も知らなければ変に聞こえますよって話をしたり。

北村さん

――その授業、出たかったなぁ(笑)。

北村 : 本というのは、世の中にいっぱいある面白いことのひとつなんですよ。ですから、私は書くことよりも読むことを大切にしたいと思っています。本を書くことを仕事にしてしまうと書くこともバトルですが、読むこともバトルなんです。まだ読んでいない本が家にもたくさんあって、その前であとどれだけ読めるんだろうなんて考えてしまいます。書いてる場合じゃないなって(笑)、読ことは素敵なことなんですから。

【読むことは素敵なこと】

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――最近の読書についてお聞きしたいのですが、本を探されるのは?

北村 : 地元の本屋にも行きますが、図書館もよく利用します。小説のシーンに登場させたこともある場所です。図書館の価値は棚に並んでいる本だけではなくて、蔵書に何があるかです。書庫の本を検索してかりることが多いですね。

――そのとき、そのときで読書の傾向のようなものはあるのですか?

北村 : 書くものもミステリーだけでなく、『詩歌の待ち伏せ』のようなものもありますからいろいろなのですが、自分では意識はしていないんですね。自分が好きなことを書いて、自分が読みたいと思うものを書いているだけなんです。読むのもそう。自分が読みたいものを読んでいるだけです。でも、芯はやっぱり北村薫というひとりの人間なんだと思いますけど。全集ものを読む楽しさってそういうものじゃないですか、ひとりの作家のひとつひとつの作品は関連がないように見えても、実はテーマが重なっていたり、ディテールがつながっていたり、そういうところからその作家が見えてくるときがあります。

――点と点をつなぐ、まるでミステリのようですね。

北村さん

北村 : そうですね。私はいい本格ミステリは2回読めるという意見なんです。トリックやストーリーがわかったうえでもう一度、楽しめるかどうか。犯人がわかった2回目のほうが細部に目が届きますから、作家の力量や技術も問われるんです。

――より深く読める作品かどうかということですね。

北村 : より深く楽しめるものかどうかということでもありますね。『詩歌の待ち伏せ』なんかを書くと、自分が掘り起こした詩や発見した短歌というのが出てきます。そんなとき思うんですね、自分がいなかったらどうなっていたんだろうと。それらを見つけたことで、これまで楽しませてくれた本の世界に少しは恩返しができたかなって。

――『詩歌の待ち伏せ』の下巻も楽しみにしています。『盤上の敵』が文庫になったばかりですが、2003年の出版の予定を教えてください。

北村 : 『街の灯』という本が出ます。みなさん、買ってください(笑)。読むことは素敵なことですから。

(2003年1月更新)

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