【今週はこれを読め! SF編】困難なミッションに挑む、量子魔術師と個性溢れるメンバーたち

文=牧眞司

  • 量子魔術師 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『量子魔術師 (ハヤカワ文庫SF)』
    デレク・クンスケン
    早川書房
    1,474円(税込)
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 舞台となるのは人類が宇宙へと広がり、複雑な人種的葛藤と利益対立の多国家文明を築いている遠未来。"魔術師"と異名をとる主人公ベリサリウス・アルホーナは、量子的感覚・思考を備えたホモ・クアントゥスのひとりだ。彼はその驚異的な能力をもっぱら詐欺に発揮している。詐欺といってもケチな違法行為ではなく、曲者や権力を相手取った知恵比べといった側面が強い。

 そのベリサリウスに持ちかけられた、訳ありの依頼。それは要塞化されたワームホールに、それを管理している種族の隙をついて、十二隻の戦闘艦からなる艦隊すべてを通すというものだった。正面からの突破は不可能。なんらかの陽動を仕掛け、相手の目が逸れているあいだにひそかに通過させるしかない。

 ベリサリウスには秘策があるらしいが、もちろん、それはクライマックスまで明かされない。ただ、それが途轍もなく大掛かりで、周到な段取りが必要だということだけは察せられる。彼がまず取りかかったのが、この計画に必要なメンバーの招集だ。頭数がいればよいというものではなく、技能や来歴などピンポイントの資質を備えた者をそれぞれ一本釣りで引きいれていく。こんな顔ぶれだ。

○ アイェン・イエカンジカ少佐......ベリサリウスにこの案件をオファーしてきた、サブ=サハラ同盟の軍人。沈着冷静。

○ カサンドラ・メヒア......思慮深いホモ・クアントゥスの女性で、ベリサリウスとは幼なじみ。

○ ウィリアム・ガンダー......ベリサリウスの師匠にあたるベテラン詐欺師。

○ マンフレッド・ゲイツ=15......追放されたパペット族。種族に対し屈折した思いがある。問題のワームホールを保持しているのがパペット族だ。

○ セント・マシュー......文明世界でもっとも洗練されたAIだが、自身が聖書に登場する聖マタイだと信じこんでいる。

○ アントニオ・デル・カサル......腕利きの遺伝学者。ガンダーと旧知。

○ ヴィンセント・スティルス......深海で生存できるように遺伝子操作されたホモ・エリダヌスのひとり。種族のなかでも頭抜けた身体機能を誇る。

○ マリー・フォーカス......爆発物のスペシャリスト。元軍人で、セント・マシューとは過去の因縁がある。

 彼らは決して一枚岩ではなく、それぞれ別個の価値観・行動原理を持っている。それらを踏まえながら、メンバーを計画へと引きこみ、役割を振り当てていく。そこがベリサリウスの腕前だ。メンバーのなかに裏切り者がいる可能性すらあり、局面を追うにつれてサスペンスが高まる。

 そして、このワームホール通過作戦はたとえ成功しても、その先、関わった者に生命の保証はない。なにしろ、依頼主であるサブ=サハラ同盟が目論んでいるのは、文明社会で最大勢力を誇る国家コングリゲートへの独立戦争なのだ。

 いっぽうに計画に関わるメンバーたちの個人的事情があり、もういっぽうに歴史的ともいえる国家間の大きな拮抗がある。こうした背景の置きかたが、なかなか巧い。

 また、この文明社会では超テクノロジーがあたりまえになっている。たとえば、ベリサリウスの能力は、こんなふうに描写される。


パルサーの磁場が、かなり弱いにしても、ベリサリウスの細胞内のマグネトソームに呼応して拍動し、宇宙の両極をはっきりと教え、彼の脳におおまかな航行データを供給している。


 あるいは----


思考を量子論理に切り替えると、まわりの世界が揺らいだ。正確さが弱まるのではなく、正確さがそれほど重要でなくなる態度をとろうとするかのようで、相互作用と関係性のほうがそれ自体の独自性や状態よりも重要になった。


 こんなのも----


フーガ状態に入りこんだホモ・クアントゥスは、量子場を知覚できる、量子もつれを起こした粒子にリンクしているものも含めて。


 物語そのものは直線的なアクション・ストーリーだが、こういった「なにやら凄そう」の雰囲気づくりも、この作品の妙味だろう。もちろん、量子論なんてわかっていなくたってぜんぜんOKだ。さくさく読める。

(牧眞司)

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