書店員矢部潤子に訊く/第2回 注文について(4)その積み重ねがあって本が届くようになる

第4話 その積み重ねがあって本が届くようになる

矢部 毎日忙しくて売り場全体に目配りができなくなると、当然のことですけど、売上げもロスが出てくるようになります。例えば、動きはゆっくりだけれども確実に売れていて、ずっと積んでおきたい本もあるでしょ。文芸書などは売れる売れないという基準でいいかもしれないけれど、専門書はまたちょっと違う。その本が積んであることの安心感みたいなものとか。そういう本は、短期的な売上げで判断するのではない目のかけかたをして、積み続けないとね。

── お店の信頼感を作る本ですね。

矢部 そうそう。ここは難しい。本来は棚下でいつも同じだけ売れているっていうのが一番ありがたいわけです。手間がかからないんだもん。

── 毎週3冊ずつ売れて、3冊ずつ注文を出せばいいみたいな。

矢部 そう。それはつまりロングセラーなんだけど、残念なことに担当の書店員が変わると消えちゃう。あれがダメなんだよね。

── この本は絶対に必要っていうのがわかってない?

矢部 わかってないというよりは、この本いつまでもあるじゃん、みたいな感じで売り飽きちゃって、それでなくなっちゃう。たしかに売行きのスピードがほかの本に比べて格別いいっていうわけでもないからね。

── 野球でいったら8番バッターくらいで、本当はコツコツ打ってるのに。

矢部 それでもう30年やってるみたいな本なのに(笑)。

── たまに新人が来て飛ばすやつがいるとそいつに変えちゃうんだけど、その後そいつはぜんぜん打てなくなっちゃって......。でも結局それまで何年も2割8分打ってた選手のことを忘れちゃう。

矢部 そう、忘れちゃう。新刊の平台に関しては売れ筋の1位から20位までがあればいいっていう単純な話もあるんだけど、棚下の平台に何が積んであったらいいのかっていうのは、また別の話になる気がします。ちょっと専門書寄りであれば定番のものがきちんと並んでいる必要がある。

── それがあることによって、他の本が見えてくるっていうこともありますよね。

矢部 さっきも話したけど安心感っていうのかな。この本を丁寧に置いている店であれば、こういう本やそういう本も置いてあるだろうって、お客さまも出版社の営業マンだって思ってくれるでしょ。もちろん、定番くん自身もずっとコツコツ稼いでいる。

── 棚下の平台に売れ残りばっかり積んであると、なんか目がすべっちゃって止まらないんですよね。

矢部 そうそう。ちょっと前の新刊がずらっと積んであるというのが一番ありがちですね。

── それはお客さんから見れば、ちょっと前の本だし、すでに終わっているわけで......。

矢部 棚下がちょっと前のヒット作コーナーみたいになっちゃう。

── 例えば150坪くらいの本屋さんだったら、やっぱり新刊の指定注文なんてできませんか?

矢部 それはできないんじゃないかな。

── それを変えていくにはどうしたらいいんでしょうか?

矢部 指定は無理でも、注文を出し続ける。

── えっ?! 出し続ける?

矢部 そして、もし本が届いたら、もらった10冊を無駄にしません、そのためにはこんなことします、あんなことしますというのを言わないまでも、やってみて本当に売り切る。

── 実績を作るわけですか。

矢部 数字に出してみればそれは伝わるからね。大きい書店と同じくらいの速度でちゃんと売り切ります、という努力はやっぱりお店もしなきゃいけないと思いますよ。その積み重ねがあって、本が届くようになるわけでしょ。そういう信用がついて初めて初回指定10冊は難しいけど2冊は入れましょうみたいなことになってくる。それは今の時代では、もうできなくなってるの? どうなんだろう。

── 矢部さんも新所沢や渋谷にいらしたとき、最初から矢部さんの発注だから入れようって出版社は誰も思ってなかったわけですよね? それをどうやって変えてきたんですか?

矢部 まあ、パルコブックセンター渋谷店は特異なものが売れたから(笑)。

── 出版社が売れるとも思ってなかったものを逆に売っていた(笑)。

矢部 そうそう、いや、そこまでじゃない(笑)。小さいお店なら初回搬入でなくても追加で入れてもらうよう注文します。文芸書だったら出版社のPR誌とか文芸誌の広告見て、今月出る本を確認して、それで注文してました。

── 新刊案内だけでなくいろいろなものをチェックしてたんですね。

矢部 あるとき出版社のたぶん偉い人に「矢部さん、そんなに闇雲に言われても、これは専門書ですよ、だから刷部数も少ないんです」って言われたこともあって、でも「うち、この著者の本を前に1冊もらって、それ売れたんです」って言ったら「ええー」とかって驚かれてね。「じゃあ、2冊送ります」って。

── 50冊とか100冊の話の前に、1冊を2冊にしていくことなんですね。

矢部 そう! いいこと言うな。そのとき「ああ、この積み重ねなんだ」と思ったの。出版社の営業担当っていうのが決まっていないようなお店だったから、普通に代表番号に電話して、「これ1冊、これ2冊」って注文していて、それでハイハイって言ってはくれるけれど本が入らないことも多かった。次はある程度配本の厚いお店だったからあまり心配もなかったけど、渋谷のときは新店だったからとにかく何も来なかった。最初は普通の本屋のつもりだったけど、1年くらいしたら、売れるものも変わってきてるのに気が付いて、だいぶ見当がつくようになってきたので、その信用ができて、ようやく本が入ってくるようになった感じ。その代わり、売れ筋はそんなに要りませんって(笑)。0じゃ困るけど、5冊ぐらいでいいからこっちの本をくださいみたいなことをやってましたね。

── 新刊の情報はどうやって手にしていたんですか? 出版社に送ってくださいとか言ったんですか?

矢部 言いました。新刊案内ください、FAXもください、取次にも情報を持ってきてくださいと。

── 何からなにまで。

矢部 あと、広告ね。

── さきほど話されていた出版社のPR誌とか文芸誌の広告ですか。確かにあれは来月の新刊とかがわかりますよね。

矢部 広告だと、銘柄ごとの出版社の力の入れ具合もなんとなくわかりますからね。それで新刊が出る人がわかれば、既刊本を返さないようにするとか、せいぜいそんな程度だけれど気にしてました。まあ、新刊の情報を持っていても、事前に注文して手配がつくことはなかったけど。

── 来ないんですか?

矢部 そもそも事前注文を受けないでしょ。知ってるだけだよね、これ今度出るんだって(笑)。

── 精神安定状悪いかも(笑)。

矢部 とにかく実績と言われるわけだから、売ればいいのね。配本が無かったら、追加でもどうにか1冊入れてもらって、1冊売れました今度は2冊ください、2冊も1日で売れました、ということを積み重ねていって20冊までたどり着くと。

聞き手・杉江由次@本の雑誌社

(第2回終了)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。