第22話 古本社会人

 今朝方、猛烈な音を立てていた雨は強弱をつけながら昼間になっても降り続けている。フロントガラス越しに見る町は暗い夏の雨だ。車を乗り降りするたび、温く肌を濡らす。今日は知り合いの古道具屋からの誘いで、お客さんの自宅まで出張買取。ガレージがある家だったので、本の運搬は比較的楽だった。古い家のなかには大量の絵画や骨董品、家具が所狭しと並ぶが、それは畑違い。古道具屋がさばいていくなかこちらも粛々と古本を整理する。
「どんな本がいいんですか?」
タオルを首に巻いた家主の息子さんが僕に声をかける。
「こんなのは面白いですよねぇ」
 と手に散ったのは小学館が刊行していた、なぜなに学習図鑑シリーズ『世界の大怪獣』と『ウルトラ怪獣大図鑑』。埃をかぶって、棚の奥底に眠っていた。「そんなのがいいんですか⁉」と笑いながら驚いている。「これが、いいんです」僕の頭には欲しがりそうなお客さんの顔がすでに何人か浮かぶ。
 本をひと通り車に詰め込み、買取金額を伝える。すると家主は「もうちょっと」と値上げ交渉を仕掛けてきた。いやぁ、けっこう頑張ってるつもりなんですがと、電卓をたたき直す。実際、店頭に並べることなく処分しなくてはならない本も多い。本の買取というのは廃本回収の体も帯びている。商人の顔をしつつ、金額にすこし色をつけて納得してもらった。
 売り買いの客商売は会話が命だ。お客さんから本の値下げをねだられることもママある。そんな時は真摯に、かつ軽く返したい。見よう見まねの商人トークも年々板についてきた。

 古本仕入れの後は、店へ帰る前に寄り道がしたくなる。寄り道と言っても、そのほとんどが喫茶店だ。煙草を吸い吸い、珈琲を啜る。気になる数冊を店に持ち込み、ページをめくる。束の間の休息だ。平日の昼間にずる休みしている気持ちになる。
 自分は社会不適合者だと思っていたが、この頃は「会社員不適合者」であることに気づいた。常連さんから会社の愚痴を聞き、若い青年から就活の相談を受ける。その度に、就職したことないからとへらへら返す。自分に会社勤めは向いていないと改めて思う。そうかと言え、社会と関わらなくていい商売はそうない。不安定な自営業を続けてこれたのは、町を生きる人たちと、足繫く通ってくれたお客さん達の声のお陰だ。振り返ると思い出の数だけ、僕の社会があった。
 
 店に帰れば、仕入れた本の整理が待っている。本を仕入れて、ほどき、整え、値付けし棚に並べる。古本屋はこの繰り返しだ。この繰り返しの合間に、酒と珈琲、煙草で生活にリズムをつける。ささやかな小商いの毎日が自分の人生となっている。
 カップを持つ手を、ふと見る。汚れた手を見る。こんな暮らしが欲しかったと思う。まだ生きている、と思う。外はまた雨が降ってきた。残りを一息で飲み干す。

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