『負ける技術』カレー沢薫

●今回の書評担当者●文信堂書店長岡店 實山美穂

●カレー沢薫の本を、公共の場所では読まないでください。
●ヒエラルキーの上位者には全く必要のない本です。

 今回、私の言いたいことは、ほぼこれだけです。興味を覚えた人は著者の本を調べてみてください。意外とたくさん出ています。さらに、SNSを検索し始めるともうすでに沼から出られなくなっていることでしょう。きっと本も読んでしまいます。

 とりあえず、私の文章を最後まで読んでからにしてみよう、という冷静な方はもうしばらくお付き合いください。

 まず、カレー沢薫って誰? というところからはじめましょうか。

 生まれて初めて投稿した漫画が新人賞で落選したにもかかわらず、連載化してデビュー。もし同じ新人賞に投稿していて、未だに芽が出ない人からしたら、いつ刺されても全くおかしくない経歴をもつ漫画家。昼間は会社員として働いているが、コミュ障のため、人と会話せずに生きている。合法的手段だったかはわかりませんが、既婚者で夫あり。

 デビュー作『クレムリン』は、かわいいのかどうか微妙な猫たちの、パンクでアヴァンギャルドな漫画です。偶然にも私は、連載された初回から読んでいました。完結後は、掲載媒体がほかの雑誌に移ったため、文庫を見るまでとくに思い出すこともありませんでした。文庫を見たとき、文章も書けるのか、と思ったくらいです。しかし、気になって仕方がない、というたまにおこる衝動に本の前から動けなくなり、何かに操られたかのように、購入してしまいました。表紙の猫に見覚えがあったせいでしょう。

 読んで驚いたのは、著者がパソコンでしか漫画を描いたことがないということです。「パソコンを使って、どうしてこんなヘタな絵が描けるの!?」という意味です。本人曰く、"ヘタウマ"から"ウマ"を抜いた絵を描いているそうですが、ここまでくると天才の域です。一見の価値は......やっぱりないかもしれません。

 驚いたことがもう一つ、それは『クレムリン』を読んでいても気が付かなかった著者の性別。著者紹介の"既婚者で夫あり"の一文を読んでも、女性ということは疑っていました。このご時世偏見はいけません。この著者の場合、嘘なのか本当なのかもわからないので。ですが、この本を読めばわかります。著者は女性です。ただ、ご本人にお会いしたことがないので、オネエの可能性も捨てられませんが。

この本は、生きていくのがツライ人に斬新な言い訳を与えてくれる『負ける技術』です。でも、役には立ちません。言葉の破壊力がすごくて、読んだ後に、その衝撃以外何も残らないのですから。では、なぜ読んでしまうかというと、それは読んだ私にも説明できません。

 以上が、カレー沢薫のコラムを、読み続けてしまった私からのトリセツです。

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文信堂書店長岡店 實山美穂
文信堂書店長岡店 實山美穂
長岡生まれの、長岡育ち。大学時代を仙台で過ごす。 主成分は、本・テレビ・猫で構成。おやつを与えて、風通しの良い場所で昼寝させるとよく育ちます。 読書が趣味であることを黙ったまま、2003年文信堂書店にもぐりこみ、2009年より、文芸書・ビジネス書担当に。 二階堂奥歯『八本脚の蝶』(ポプラ社)を布教活動中。